第453話『鹿鳥』
「ちょ、何よあれ! なんか、たくさんいるんだけどっ?」
別のドローンに乗っていた、相模原優。スナイパーライフル型アーツ『ガーデンズ・ガーディア』を抱えながら空を見て、そう叫ぶ。
今し方、雅からエマージェンシーの連絡が届いたのだ。
空から敵がやって来る――そう言われ、慌てて自身のスキル『エリシター・パーシブ』を使ってみれば、確かに無数のレイパー反応がした。空を目視してみれば、何かがやって来ていたという次第だ。
しかも数が多い。三桁で収まるか、優には自信が無かった。
辺りのドローンも、何やら騒がしくなったようだ。雅からの連絡を受け、あるいはレイパーの気配を察知し、彼女達も空からの襲来に気付いたのだろう。
歯噛みする優。己の不覚を酷く嘆いていた。海を泳ぐラージ級ランド種レイパーばかりに気を取られ、他のところからレイパーが攻めてくるという、本来ならすべきであった想定が頭からすっぽ抜けていたのだ。
「……人型? ……いや、違う?」
厳しい顔でそう言ったのは、ライナ・システィア。目を凝らし、敵の姿をよく見ようとするが、一瞬では判別できない奇妙な姿をしていた。
が、そこから奴らが大きく接近してきたことで、その全容が明らかになる。
頭から伸びるは、Yの字をした鹿の角。一方で、体と翼は鳥だ。怪鳥、ペリュトンのような見た目をしている。その眼は濁った光を帯び、歯をむき出しにしてこちらにやって来ていた。空腹の時に獲物を見つけた――まさに、そんな笑みを浮かべているのだ。
分類はまさにそのまま、『ペリュトン種レイパー』だろう。
ペリュトンと同じ特徴があるのならば、一瞬人型と見間違えたのも無理はない。ペリュトンは光を浴びると、人の影を作るからだ。こいつらも、同じ特徴を持っているのだろう。空……雲の隙間からは、僅かに太陽の光が漏れ出ていた。
「ちっ、あいつで手一杯だって言うのに、こんな時に……!」
「多分、奴を守るために飛んできたんでしょうね……。――っ! 本部から連絡が来ました。敵の数、一五〇〇体!」
「はぁっ? こっちの数より全然多いじゃん!」
悲鳴を上げる優。ここにいる大和撫子とバスターの数は、およそ七百人。二倍以上もの戦力差がある。
ここに向かっている援軍も多いが、今はこの人数で凌ぐしかない。しかも、ラージ級ランド種レイパーの相手もしながら、だ。
「あぁ、もう! どうすれば……っ!」
「ユウさんは、奴らの対処を! 私が合図をしたら、意識をラージ級のレイパーに向けて下さい!」
「えっ?」
「どうせ、膜がある内は攻撃なんて通りません。それより一刻も早く、奴らの数を減らさないと。敵の数が少なくなれば、必然的に作戦遂行の方に注力出来る人も増えてきます。――来ますよ!」
奇声を上げてこちらへやって来る、三体のペリュトン種レイパー。ライナは自らの影から、紫色の鎌型アーツ『ヴァイオラス・デスサイズ』を出して、戦闘体勢に入る。
同時に『影絵』のスキルによって、ドローンの上に、三人の分身ライナが出現するのだった。
***
一五〇〇体ものペリュトン種レイパーが来襲してきた、その一分後。空では、激しい戦闘が繰り広げられていた。
各々、剣や槍、銃や魔法等で応戦していた……のだが、
「クッ……マズいでス! ドローンの中にいてハ、埒が明かなイ……ッ!」
ここは、とあるドローンの中。
ペリュトン種一体を、棍型アーツ『跳烙印・躍櫛』で突き飛ばしながらも、権志愛が切羽詰まったような声をあげる。
最低限の広さは確保してあるとは言え、戦いに向いているとは言い辛いドローンの中。特に空中を飛び回る鳥型のレイパーに対しては、相性が悪い。
しかも、一体一体が強い。鹿の角の突き攻撃は重く、鳥の鉤爪による攻撃は鋭い。挙句にタフで、今の志愛の攻撃をモロに受けたレイパーも、ピンピンしている。攻撃を叩き込んだ際に出る虎の刻印も、あっという間に掻き消されてしまった。
知能も高く、ドローンの動力部分や、プロペラやアーム等の飛行に必要な部分にもダメージを与えようとしてくる。これに対処しながら戦うのは、骨が折れることだった。
これは志愛だけの問題では無い。どこもかしこも同じ。もう既に、二機ものドローンが墜落させられた。
「ミカエルさンッ! まだですカッ?」
これ以上は持たないと、志愛が必死な声で、後ろにいる金髪ロングで白衣のようなローブを着た魔女、ミカエル・アストラムに尋ねる。
ミカエルはドローンの中で片膝を付き、赤い宝石が付いた白いスタッフ、杖型アーツ『限界無き夢』を手に、床に魔法陣を創り上げている。彼女はペリュトン種レイパーの存在を確認した後、志愛に「しばらく時間を稼いでっ!」と戦闘を任せ、魔力の集中に専念していたのだ。どうやら、何か策があるらしい。
魔力の集中の進行に合わせ、書き込みが複雑になっていく魔法陣。今の志愛の言葉から二秒後、それがピタリと止まり、激しく発光する。
「――よし、シアちゃんありがとう! 待たせたわね! 皆、これに乗って!」
ミカエルの声が響いた瞬間、無数の赤い円盤型の足場が空に出現する。彼女の魔法である。今回は広範囲かつ、大きなものをたくさん作る必要があった都合で、ミカエルは魔力の相当量をつぎ込む必要があったのだ。
「これなら、少しは戦いやすくなったはず! さぁ、いくわよ!」
「はイ!」
ドローンから足場へと乗り換える二人。少し遅れて、他のドローンからも続々と、戦いやすい足場の方へと出てきた。
志愛とミカエルの前方からは、二体のペリュトン種レイパーが襲い掛かってくる。
ミカエルが火球を放って牽制し、その隙に志愛が棍で強烈な一撃を喰らわせ、さらに別方向から角で攻撃してきた一体の顔面を横殴りして吹っ飛ばす。
怯んだレイパー。そこにミカエルの特大火球が直撃し、二体はあっという間に爆発四散するのだった。
***
その頃、ラティア達がいるドローンでは。
「きゃああっ!」
「ラティアちゃん! 伏せなさい!」
優香がラティアの体を引っ張り、ドローンの後部へと逃がしながら、持っていた試験管をペリュトン種レイパーに投げつける。アーツ『ケミカル・グレネード』。
試験管の中には、黄色みがかかった液体。濃縮された硫酸だ。
試験管が爆発し、中の硫酸が付着すると、レイパーは奇声を上げてドローンから離れていく。その体の表面は、ダラダラに溶けていた。
優香はその後も、何本もの試験管をレイパーに投げつけ、レイパーを遠ざけていく――が、その表情は険しい。
「伊織ちゃん! 後どれくらいっ?」
「十一分っす!」
伊織は、左腕に装着した鉄の格納庫……ランチャー型アーツ『バースト・エデン』に手を添えながら、心底申し訳なさそうな声でそう返す。
バースト・エデンは、ミサイルを敵に放つアーツだが、二十発撃ったら、二十分は使えなくなってしまう。先程のラージ級ランド種レイパーへの総攻撃の際、全弾フルバーストしてしまったため、今の伊織に攻撃手段は無い。
ラティアはランド種の膜を破ることに集中させなければならない都合上、現在このドローンでペリュトン種レイパーと戦えるのは優香だけだ。
だがケミカル・グレネードは、どちらかというと戦闘補助向きのアーツ。これだけでレイパーを倒すのは、かなり難しい。
「優香! もう少し耐えてくれ! もう少しで援軍と合流出来る!」
額に汗を浮かべながらドローンを操縦する優一。少し前まで、護衛のためのドローンが回りを飛んでいたのだが、ペリュトン種レイパー来襲のせいではぐれてしまった。
膜を破れるラティアがいなくなれば、この作戦は完全に失敗する。この状況は、非常にマズい。
「っ? 後ろからも二体来る!」
ラティアの、絶望に染まった声が響き、引き攣る三人の顔。
一体対処するだけでも手一杯なのに、ここで敵の数が増えては、もうおしまいだ。
最悪、ラティアだけでも逃がせないか――優一達が、真剣にそれを考え出した、その瞬間。
「そっちには行かせません!」
「こっちを見ろ!」
二つの声が轟いた直後、緑風で出来た巨大な球体が一体に直撃し、もう一体が突然苦しみだした。
一体何が起きたのか。――ラティアが、攻撃が飛んできた方向を見て、顔を明るくする。
そこにいたのは、
「皆さん! 大丈夫ですかっ?」
「ノルンお姉ちゃん!」
「……私もいるよ」
魔法の絨毯に乗った、二人の女性。
一人は、前髪が跳ねた緑髪ロングの少女。師匠とおそろいのローブを纏い、これまた師匠の持つアーツと形状はよく似た黒い杖『無限の明日』を握った彼女は、ノルン・アプリカッツァ。
さらに横で不満そうに呟いたのは、肩口まで切りそろえた金髪のエルフ。カリッサ・クルルハプトである。
ラティア達のピンチに、助けに来てくれたのだ。ノルンは得意の風魔法で、カリッサは敵の視界を真っ白に染め上げる『光封眼』のスキルで。
そして、助けに来たのは彼女達だけではない。
魔法とスキルに苦しめられたペリュトン種レイパーが、翼をはためかせ、怒り任せにノルン達の方へと突撃しだした時。
弾丸型の白いエネルギー弾が、下方向から二発続けざまにレイパーのボディを撃ち抜いた。
優香がそちらを見て、力強くサムズアップをする。――我が娘ながら天晴。そう思った。
二体のレイパーが爆発四散する中、同じくサムズアップを返してきた優の姿を見て、そう思うのだった。
***
一方、ドローンの外。一際大きな円盤が浮いているところにて。
何人もの女性がレイパーと戦う中に、雅とレーゼの姿もあった。既に二体のペリュトン種レイパーをきっちり撃破し、それでもまだ動きに疲れの色は無い。
「レーゼさん! 後ろから来てます!」
「分かってるわ!」
雅の警告の声が鋭く飛ばされるが、既に背後を振り向いていたレーゼ。忍び寄っていたレイパーに強烈な斬撃を喰らわせ、角を叩き斬る。
さらに素早い二連撃を胴体にお見舞いし、くっきりとした傷を付けてやった。
「伏せて!」
雅がそう叫ぶと同時に、ライフルモードにした百花繚乱の銃口を、今斬られたレイパーへと向ける。レーゼが身を屈めた刹那、桃色のエネルギー弾を、その傷口目掛けてぶっ放した。
百花繚乱のエネルギー弾は、威力はそこまで高くない。が、急所を狙えば、与えられるダメージはそれ相応に跳ね上がる。
着弾と同時に緑色の鮮血が噴き出し、断末魔のような声を上げながら、レイパーは爆発。
しかし、喜ぶ暇は無い。敵はまだ多いのだから。
「ミヤビ! まだいけるわね!」
「勿論です! ――っ! レーゼさん、あっちです!」
少し離れたところ。そこで二体のペリュトン種レイパーに苦戦させられている大和撫子を見て、雅はそっちに銃口を向ける。
エネルギー弾を撃ってこちらに意識を向かせ、さらにレーゼが一気に接近して斬撃。一対二から三対二になったことで形勢を逆転させ、三人で協力して二体のレイパーを撃破。
戦っているのは雅達だけではない。辺りでも、徐々にレイパーが爆発四散していく。最初こそ苦戦させられていたものの、ミカエルが戦いやすいフィールドを展開し、互いに連携も取りやすくなったことで、徐々にだが戦況は雅達の方へと傾いていた。
口角を上げるレーゼ。この調子なら、時間は掛かるが、何とかペリュトン種レイパーは全滅させられる――そう確信した。
だが、その刹那。
「今すぐここから離れてぇぇぇぇぇえっ!」
金切声にも近い雅の声が、辺りに轟く。
雅のあまりの剣幕に、のっぴきならないものを悟ったのだろう。誰もが、それに疑問を挟むことなく、ドローンの方へと戻りだす。
「ミヤビ! どうしたのっ?」
「奴から、でかい攻撃が来ます!」
途端、青い顔になるレーゼ。何が来るのか、雅の言葉で全て悟った。
仲間のスキルを一日一回だけ使える雅の『共感』。それが、ノルンの『未来視』を発動させる。雅の使える『未来視』は、危機を事前に察知し、脳裏にモノクロの映像を浮かばせるという形で伝えてくれるのだ。
――だが、今回見せてきたそれは、過去一、最悪なもの。
雅が下を見る。その方向にいるのは――皇奈によって抑えられているはずの、ラージ級ランド種レイパー。
跳び跳ねることこそ出来ないが、奴は決して、大人しくしていたわけでは無かった。
ラージ級ランド種レイパーの頭部、そのとある一点が光を放ち、底冷えするような空気の圧縮音が小さく鳴る。
直後――
愛理達を襲ったあの潮噴きが、放たれた。
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