第452話『重圧』
「な、なに、あれ……っ?」
別のドローンの機内。
そこに乗っていた、美しい白髪の少女、ラティア・ゴルドウェイブが、目の前で大ジャンプをかました巨大生物『ラージ級ランド種レイパー』を見て、声を震わせる。
胸元に付けた紫チェック柄のリボンを、縋るように握りしめる。そうしないと、湧き上がる恐怖と不安でどうにかなりそうだった。
「ラティアちゃん! ビビっちゃ駄目っす! うちらがちゃんと守るから!」
檄を飛ばすのは、目つきの悪いおかっぱの女性。新潟県警の大和撫子、冴場伊織だ。
「ラティアちゃん、今よ! 的が大きい内に、早く!」
「そうだ! 我々が付いている!」
優の両親、相模原優香と優一もそう叫ぶ。優一はドローンの操縦役だ。
優香と伊織から、勇気を後押しされるように背中を叩かれ、ラティアは歯を喰いしばり、左手を前に出す。
そこに嵌っているのは銀色の小手……装甲服型、今は小手型アーツ『マグナ・エンプレス』。かつては浅見四葉が使っていたものを、ラティア用に再チューニングされたそれを、ラティアは装着していた。
これが、鍵だ。ラージ級ランド種レイパーは、目には見えないが、身を守るための膜を纏っている。だがそれは、この小手から放つ衝撃波で打ち破れるのだ。
再び海へと倒れ込むように着水しようとする巨大レイパー。優香の言う通り、的は大きい。
震えるラティアの腕。それを支える、伊織と優香。
そして、
「や、やぁぁぁぁあっ!」
自らを鼓舞するように叫びながら、開いた搭乗ハッチから、ラティアは衝撃波を放つ。
吹き荒れる風にも負けず、一直線に飛んでいく衝撃波。
狙いはブレブレ。アサミ・コーポレーションで何度も練習し、こうして二人に補助してもらっているのに、まるで体が言うことを聞いてくれない。
だが、
「よくやったっす!」
「ナイス!」
「上出来だ!」
当たる。ラティアが狙っていたところからは大きく外れたが、それでも敵が巨体であることが、今だけは幸運に働いた。
轟々と鳴り響く風の音から、僅かに聞こえてくる爆音。直後、何かが割れるような、高い音が木霊する。
瞬間、誰かが叫んだ。――今だ、やれ! と。
刹那、周りを飛ぶたくさんのドローンから、一斉に遠距離攻撃の嵐が放たれる。膜を失ったランド種レイパーを仕留めんと、あらゆる殺意が向けられる。
レイパーが海に着水するまでの、僅か数秒。その間に放たれたエネルギー弾やミサイル、魔法やブレス等の攻撃の数、数万。そしてそれら全てが、あの巨体に一発残らず命中していく。誰もがこの瞬間、全力を放っていた。
轟く爆発音。大量に発生する煙。
あらゆる攻撃を受けたラージ級ランド種レイパーは、倒れ込むように海へと落ちていく。
爆ぜるように撒き上がる海水。波が空高く上がり、津波となって全方位に向かっていく。その中で、ラージ級ランド種レイパーの姿は、海の底へと消えていった。
「やったかっ?」
「――いえ、まだね」
興奮したような優一の言葉に、顔を強張らせる優香。
直後、優一は目を見開いた。
一度海に沈み、浮上してきたあの巨体……そこには、何一つとして傷が無かったのだ。
「馬鹿な! あれだけの攻撃を受けて、無傷だとっ?」
再生したにしても、余りにもダメージを受けた様子がなさ過ぎる事実に、愕然とする。
そう思ったのは、優一だけでは無いのだろう。
いくつものドローンからどよめきの様子が伺え、そんなはずはと再びランド種レイパーに向かって攻撃が放たれる……が、
「……効いていない?」
攻撃はレイパーに命中している。にも拘わらず、レイパーは平然としていた。
そして、よく見ると、
「――膜が復活している?」
冷静に敵の様子を観察していた優香が、信じられないという声を上げる。命中しているように見えた攻撃は、直前で何かに阻まれていたのだ。
「ラティアちゃんが膜を破壊した直後に受けた攻撃は、間違いなく当たっていたわ。ただ、その後は、膜を再生させて防いでいたみたいね……!」
「ってことは、ラティアちゃんには定期的に膜をぶっ壊してもらわねーといけねーってことっすか?」
「くっ、そうなるか……! ラティアさん、出来るか?」
「……っ?」
優一の問いに、息を呑むラティア。一度は何とか当てたが、これを何度も成功させられる自信は無い。あの衝撃波は、無制限に使えるものではないのだ。装甲服型アーツの時ならほぼ無制限のようなものだったが、小手のみになった今、一度打ったら三十秒は待たなければならない。短いクールタイムだが、強敵相手には致命的な隙だ。もし失敗したら……その重圧が圧し掛かってきて、腕が重くなる。
頷かなければいけないのは分かっていても、恐怖がそれを邪魔してくるのだ。
すると、
「ラティアちゃん。小難しいことは考えなくていいっすよ」
「……?」
「奴に衝撃波を当てることだけ考えてくれればいいっす。変なこと考えるから、手が震える。今、何をすべきなのか……そこだけ考えてりゃあ、自然と体はちゃんと動いてくれるっす」
「うむ、外すことなんて気にするな。この状況では、十発撃って二、三発当てられれば上出来だろう。私も当てやすい位置にドローンを持っていく。大船に乗った気でいて欲しい」
「次の攻撃準備が整うまで、後少しの猶予があるわ。まずは深呼吸よ」
「は、はい……!」
言われるがままに、大きく息を吸い込むラティア。
そして左手を構え、考える。あの巨体のどこに、衝撃波を撃てば良いのか。――狙うは、ど真ん中。多少狙いが逸れても、そこを基準にすれば当たるはずだ。
いつの間にか、手の震えは止まっていた。ラティアはそのことに、まるで気付いていなかったが。
***
一方、雅達が乗っているドローンにて。
「ちぃ! 奴め、少しくらい効いた顔をせんか!」
ドローンの近くを飛んでいた、山吹色の竜、シャロン・ガルディアルがそう憤る。ラティアが膜を破った時、彼女は雅の側まで来ており、ラージ級ランド種レイパーに雷のブレスを放ったのだ。それを受けてピンピンしているレイパーに、そう叫ばずにはいられなかった。
「海水塗れだから、電撃は効くと思ったんですけどね……!」
ドローンのハッチから顔を出す雅も、奥歯を噛み締める。手には、ライフルモードの『百花繚乱』。その銃身の周りを、まるでリボルバーのように十二個もの雷球がグルグル回っていた。シャロンの使う雷球型アーツ『誘引迅雷』である。先程の一斉攻撃の際、雅もシャロンとの合体アーツで、レイパーに雷を纏ったエネルギー弾を放っていた。最も、それはレイパーを覆う膜によって阻まれてしまったが。
「ミヤビ! シャロン! 連絡が来たわ! 奴の膜は、壊してもすぐに復活するそうよ! だからラティアに何度か破壊してもらいつつ、隙を見て攻撃して、奴をホッカイドウ側に誘導していくわ!」
ドローンの外まで響く、レーゼの声。だが、それにシャロンは低く唸り、後ろを振り返る。
「マーガロイスよ、また奴があんなジャンプをしたらどうするのじゃ? あんなものを続けられては、儂らは良くとも、ニホン等の島国に被害が及ぶぞ!」
既に津波は、日本の方まで襲いかかっている。これ自体は想定されていたことであり、太平洋に隣接する県の警察、そして自衛隊はそれに備えてあるが、それにしたって限界があるだろう。
しかし、レーゼは首を横に振る。
「カミジキさんが、何とかするそうよ! ただ、奴の動きを封じている間、カミジキさんは動けなくなるから、攻撃は頼むって!」
「っ! 見て下さい! レイパーが!」
雅が、レイパーの方を指差し、レーゼもシャロンもそちらを見る。
ラージ級ランド種レイパーが尻尾を大きく振り、再び海に潜ったのだ。
また、あの大ジャンプが来る。
レイパーが海面に頭部を出した、次の瞬間――
ズン……っ、という重い音が響き、ラージ級ランド種レイパーが再び海に沈んだ。
「なんじゃっ? どうしたんじゃっ?」
「……っ! 皇奈さんのスキルです!」
再び浮上してくるレイパー。しかし、その動きは酷く緩慢だ。ジャンプしようとしていたのを、頭から押さえつけられた鈍さとでも言うのか……まるで、何か大きな錘を纏わされたかのような、そんな様子だ。
雅の言葉は正しい。別のドローンに乗っている神喰皇奈が、レイパーに対して強力なスキルを使ったのである。
それは、『アイザックの勅命』。敵にかかる重力を増幅させる効果を持っているのだ。
無論、限度はある。流石にこの巨大レイパーを、海に沈めることは不可能だ。実際、泳ぐ速度は変わっていない。……だが、これでもう、先程のように跳び跳ねることは出来なくなった。あれを気にすることなく、レイパーを誘導させられるのは大きい。
「レーゼさん! 皇奈さんは、どれくらい持ちこたえられそうですかっ?」
「このサイズのレイパー相手に使うのは初めてだけど、六時間は頑張ってみせるって!」
「ならば、それまでが勝負というところかのぉ……っ!」
なんとか活路を見出した、その時。
【ミヤビっ! 空を見て!】
雅の中にいたカレン・メリアリカが、いち早く何かに気づく。
言われた通りにした雅は、直後、目を大きく見開いた。
「っ? ――皆さん、気を付けて! 何か来ます!」
空のかなた。そこから、無数の黒い影がこちらに向かってきていた。――明らかに、こちらへの殺意を持った、人ならざる化け物が。
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