第49話『結付』
一方、地上では。
数人の女性が、アーツを手にゴブリン種レイパーと戦っていた。
その中には、白衣のような白いローブを着た、前髪にクセっ毛のある緑色のロングヘアーの少女の姿もある。
ノルン・アプリカッツァだ。
彼女はファムやミカエルと一緒にシェスタリアに来たのだが、ファムが一人しか天空島まで運べなかったこと、シェスタリアの街で大量のゴブリン種レイパーが暴れていたことから、地上に残ることを選んだのだ。
そんな彼女は大人達に混じり、赤い宝石のついた黒い杖のようなアーツ『無限の明日』から放たれる強力な風魔法で、次から次へと襲いかかるレイパーを倒していく。
決して弱くは無いが、数が多い分、単体の戦闘力は他のレイパーと比べると一段落ちるゴブリン種レイパー。
こういう相手には、広範囲攻撃魔法が実に効果的だ。
自身のスキル『未来視』により迫り来る危機を事前に察知出来ることもあり、子供とは思えない活躍を見せるノルンに、歴戦のバスターも舌を巻く。
左右から同時に襲いかかるレイパーの攻撃を無駄の無い動きで躱すと、その二体の背中に風の球体を打ちこみ、怯んだ隙に近くにいたバスターが止めを刺す。
爆発四散する音を聞きながら、ノルンは声を張り上げ、遠くからやってくる五体のレイパーに向けて竜巻を放つと、巻き上げられたレイパーが大爆発を起こした。
「次! 行ってきます!」
「ちょ、あなた……ずっと戦いっ放しじゃない! ちょっと休んだ方が――」
「大丈夫です!」
心配そうに声を掛けてくるバスターの人に、ノルンは力強くそう言った。
そして、空に浮かぶ、天空島に目を向ける。
「師匠やファムが……皆が頑張っているから、私だってまだ頑張れます!」
その時、遠くで爆発音が聞こえ、ノルンとバスターは思わずそっちを見る。
「……行きましょう!」
「っ、ごめんなさい! 助かるわ!」
そして、二人は走り出した。
まだ、戦いは終わらない。
***
その頃。天空島。
レーゼ達が神殿の中に入って間もなく、雅はその場所から離れた位置に伸びるレンガの柱に寄りかかって座り、気を失っているライナは雅に膝枕されていた。
しばらく座っていると、どっと疲れが襲ってきて、思わずウトウトしていた雅だが、
「……ぅ、ぅうん……?」
「あ、ライナさん」
ライナは目を覚ましたことで、眠気も吹っ飛んだ。
「……こ、ここは……? 私は……」
「天空島ですよ。ライナさん、体、どこかおかしいところとかありませんか?」
「っ、ミヤビさんっ? ごめんなさいっ!」
「あぁ大丈夫ですから! まだ起き上がらない方が……」
雅の膝を枕にしてしまっていることに気が付いて、慌てて起き上がろうとする彼女を雅は押し留めようとするが、ライナは「大丈夫です!」と口早に言って制止を振り切り上体を起こす。
案の定、少しふらついてしまい、雅が彼女の体を支える。しかしそこで、ライナはふと思い出したように辺りを見渡し始めた。
嫌な予感がする雅。
「お父さんはっ? お父さんはどこっ?」
「ラ、ライナさん、それは……」
「あ、あぁぁ……」
言い淀んだ雅で、全てを理解してしまったライナ。
両手で顔を覆い、俯いてしまう。
嗚咽のような声はすぐに消え、代わりに指の間から流れ出る涙の量が増える。
そんな彼女の姿に、雅も唇を噛む。何もしてやれることは無く、それでも何もしないことが苦しくて、ライナの肩を、雅はそっと抱き寄せた。
***
「……ごめんなさい」
数分後。ライナはようやく落ち着いた。
起き上がると少しふらついてしまったので、彼女は雅の肩に頭を乗せ、座っている。
謝罪に、気にしなくて良いと言うように、雅は首を横に振った。
「悪いのは……私達です。前に戦った時に、確実にあいつを倒していれば……ごめんなさい」
「私も、全然気が付きませんでした……お父さんに、レイパーが取り憑いていたなんて……。ミヤビさんが気にすることはありません」
「…………」
彼女の言葉に、雅は何も返せない。
それでも沈黙が続くのは何となく良くない気がした雅は……少しだけ考えた後、勇気を持って口を開いた。
「教えてください、何があったのか。知りたいんです、ライナさん、本当は何者なんですか?」
ライナは雅の言葉にコクン頷くと、ポツリポツリと話し始める。
ライナ・システィア。
彼女の正体は、見習いの考古学者では無く、セントラベルグのバスターだ。
ただ、一般にレイパーと戦うバスターとは少し異なる位置付けにある。
正式な役職名は『ヒドゥン・バスター』。
レイパーの中には臆病だったり、警戒心が以上に高いため、こっそりと女性を殺す個体が存在する。こういったレイパーは大人数で捜査してもまず見つからない。自分を探していることを知ると逃げたり、ほとぼりが冷めるまで大人しくしているからだ。
そんなレイパーを見つけ出すため、目立たないようにこっそり捜査を行い、敵の隠れ家を見つけ出す。場合によっては一人でレイパーを倒す。それが、ヒドゥン・バスターに課せられた役割である。
場合によっては、無力な女性と思わせてわざとレイパーをおびき寄せる必要があり、危険な役割だ。バスターであることもアーツを持っていることも秘密にして活動しているため、バスター機関の上層部、及び本人以外、誰がヒドゥン・バスターなのか知る者はいない。
そんなライナにある日、上層部のとある人物から指令が来た。
その人物こそが彼女の父――ジョゼス・システィアである。
最近、形状のおかしいアーツを持つ女性がいるため、調査せよという指令だった。その側で一緒に活動している元バスターのセリスティアのことも調べるようにという指示もあったとのことだ。
雅が、少女の姿をしたレイパーなのではないか、と疑われたのである。。
確かに雅の持つアーツは、この世界の物では無い。メカメカしい見た目をしている上、右手の薬指に嵌めた指輪に収納出来るため、初めて見る人は皆驚く。
ライナはその時点では何の疑いも無く、その指令を受けた。
そして、図書館で雅に接触したというわけである。
余談だが、最初はライナはただ雅を観察するだけの予定だった。よもや彼女に食事に誘われ会話をすることになるとは思っていなかったらしい。
その後、ウェストナリア学院で黒いフードを身に付け雅の実力を測るために戦闘。その戦闘を動画で撮って、ジョゼスに報告したところ――ガルティカ遺跡から帰還した後、ジョゼスを含めた上層部は、雅を危険人物として認定したという返答が来た。
決定的な認定理由となったのが、雅がガルティカ遺跡に行った途端、天空島が出現したからということだった。
なお、天空島が出現した時の様子も、動画に撮ってジョゼスに送っていたライナ。
「それで、シェスタリアで私を襲ったんですね」
「はい。私一人で始末するようにとのことでした。その時、なんでシェスタリアのバスターに協力を要請しないのかなって思って父に聞いたんですけど、『手続きに時間がかかっているから』って言われて……その時、おかしいって思うべきでした」
「あのぅ……一応聞きたいんですけど……ライナさんの直感的に、私って怪しそうでしたか?」
ライナの言葉に苦笑いを浮かべながら、恐る恐る雅は聞く。
正直、返答は分かっていたが。
「あの……えっと……ごめんなさい」
言い辛そうに明後日の方に視線を向けたライナに、分かっていても雅はショックを隠せない。
「別の世界から来たって話がちょっと荒唐無稽だったのと……ミヤビさんがガルティカ遺跡に行った途端、天空島が出現したのが私も変だなって思ってしまって……」
「別の世界から来たっていうのは、本当なんですけどねぇ……」
アーツ以外に証明出来るものが無いため、雅はこめかみに手をやりながら目を瞑る。
「今思えば、これらは全部、あのレイパーがでっち上げた嘘だったんですね……」
「ええ。多分ですけど、あいつ、私達から逃げた際、身を隠すためにライナさんのお父さんに寄生したんだと思います。ライナさんがいることを分かって寄生したのか偶々だったのかは分かりませんけど……あいつ、寄生したお父さんを上手く操れば私達に復讐出来ると思って、ライナさんにそんな指示を出したんでしょうね……」
「ここに辿り着いて、神殿の裏口に回った時……足跡がありましたよね」
「ええ」
「あれを見た時、凄く驚きました。お父さんの履いている靴の足跡と同じだったから。何でこんなところに? 何かとんでもないことを見落としているんじゃ……そう思ったんです」
それで動揺してしまい、焦ったライナ。
ライナは敢えて言わないが、実は心の中では、雅が本当に危険人物なのか、疑問を持っていた。証拠こそ無いが、彼女と接するに連れ、自分の根拠に自信が無くなっていたのだ。
そして足跡を見たあの時、父と雅、どちらを信用すべきか分からなくなって、今はその時では無いと分かっていながらも、彼女に不意打ちを仕掛けてしまった。
「後は、雅さんも知っての通りです」
「そっか……。教えてくれてありがとうございます、ライナさん」
「あの……ミヤビさん。一個、教えてください」
そこで、薄ら頬を染めたライナは、どこかモジモジとして呟くように聞いてきた。
「あの時、私……」
何を聞きたいのか分かった雅も、顔を赤くする。
流れる沈黙。
二人の視線が、合ったり逸れたりを繰り返す。
躊躇うように、雅は口を開いた。
「あー……ごめんなさい、ああするしか手が無くて。初めて……でしたよね?」
「あの……はい」
「何の慰めにもならないと思うんですけど……私も初めてで……上手くなかったかもしれないんですけど……あの……嫌、でしたか?」
そう言って、一体自分は何を聞いているのだろうかとすぐに後悔する。
そしてライナが口を押さえてそっぽを向いてしまったのを見て、言いようの無いショックに襲われる雅。
「そんなに……嫌じゃ無かったです」
小さく呟かれたその言葉は、はっきりと雅の耳に届いた。
目を瞬かせる雅。
「あのっ? それって――」
「な、何でもありません! 助けてくれてありがとうございました! それで、これからどうします?」
早口で捲し立てるように聞いてきたライナに、雅はハッと息を飲んで神殿を見る。
「そうだ……! 皆さん!」
ライナが目を覚ましたら行こうと思っていたのに、つい彼女と話をしてしまい、気が付けば結構時間が経っていた。
神殿の中に入ったレーゼ達が出てくる気配は無い。きっと苦戦しているのだ。
ならば、こんなところで座っている場合では無い。
「行かなきゃ……! ライナさんは、ここで待っていてください!」
「ミヤビさん、私も行きます!」
ライナはそう言うと、立ち上がる。自分の影から鎌型アーツ『ヴァイオラス・デスサイズ』を出現させた。
「で、でもライナさんは、さっきのレイパーに……」
「体はもう平気です。私だってバスターだから……中にいるレイパーを、放ってなんておけません」
決意の籠った目で見られ、雅は考え込むように目を瞑る。
「……一つだけ、約束してください」
「え?」
雅は目を開き、ゆっくりと言う。
「絶対、無茶はしないって」
「……多分、無理です。ごめんなさい」
ライナの返答に、雅は困ったように頬を掻く。
なら連れていけない、と言えればどんなに楽だろう。
しかし、ライナの目を見て、言ったところで無理にでも着いて来るのは分かってしまった。
「うーん……困りましたねぇ……。ここは、せめて嘘でも頷いてもらいたかったんですけど……」
「ずっと騙してましたから、私。もうミヤビさんには嘘はつきたくなくて……」
そう言われてしまっては、雅も弱い。
最早、頷く以外に選択肢は無さそうだと悟った……が、素直に頷くのも何となくし辛く、雅は再び目を閉じて唸る。
そして結局、
「あー……じゃあ、約束。これは絶対、守ってください。じゃなきゃ連れていけません」
「……意地でも加勢に行きますよ、私」
「……この戦いが一段落したら、私とデートしてください。いいですね?」
代替案として出された言葉に、ライナは驚いたように目を見開いた。
だが、
「分かりました。約束です!」
すぐに笑顔で、そう頷いた。
「約束ですよ! じゃあ……手を貸して下さい、ライナさん!」
「はい!」
そして二人は、神殿に向かって走り出した。
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