第451話『跳躍』
「愛理ちゃぁぁぁあんっ!」
「ミヤビ! 落ち着きなさい!」
目の前で起きた大爆発に、思わずドローンの戸を開けて身を乗り出してしまう雅。それを止めるのは、青髪ロングの少女、レーゼ・マーガロイスだ。
一体何がどうなったのかは定かでは無いが、ただ事ではないことは明らか。近くにいた愛理達が今、どうなっていてもおかしくない。……それこそ、死んでいるのだとしても。
雅とレーゼがいる機体の近くを飛んでいるドローンも、騒がしかった。そこには権志愛……泰旿の娘が乗っている。
「レーゼさん! 愛理ちゃん達がっ!」
「まずは安否確認よ! ULフォンがあるでしょう!」
「あっ!」
あまりのことに冷静さを失っていたことを、雅は今のレーゼの言葉で気付かされる。
そんな中でも、レーゼは手早く自分のULフォンを操作して、愛理に電話を掛けていた。
ワンコールがやけに長く感じる。「落ち着け」と雅に言ったものの、レーゼとて心中穏やかではない。
だが、
『も、もしもし……! 誰ですかっ?』
ツーコール目で繋がり、愛理の声が聞こえたことで、レーゼも雅も全身の力が抜けたように天井を仰ぐ。
「アイリ! 私よ! レーゼ! 大丈夫っ?」
『マーガロイスさんっ? こ、こっちは何とか無事です!』
「良かった……! ミヤビがパニックになって、こっちは大変よ……。ミヤビ、シアに連絡してあげなさい。――アイリ、とんでもない爆発が見えたけど、何があったのっ?」
『多分、潮噴きです! 奴が合体して、その直後に派手にぶちまけて……!』
正確なことは、愛理もまだ混乱しており、理解出来ていない。
ただ、ラージ級ランド種レイパーが合体し、シュッという音が一瞬聞こえたと思った時には、レイパーの背中から何かが噴き上げたことは鮮明に覚えている。形容するのなら、まさに潮噴き。攻撃なのか、鯨同様の生理現象なのか……何にせよ、相当な威力かつ、広範囲にわたるものであったのは間違いない。
助かったのは、本当に運が良かったからであろう。泰旿が早い段階でレイパーから距離を取ってくれたことで、直撃する範囲から出ていたこと。それでも潮噴きが掠りそうになったが、スピネリアが魔法で、分厚い氷の盾を出してそれを防いだこと。潮噴きは掠っただけでその盾を粉々に砕いたが、ドローンの方へ飛んできた大きな破片を、愛理がギリギリのところでアーツで破壊出来たこと。……どれか一つでも欠けていたら、今こうして、レーゼからの電話に出られなかっただろう。
最も、
『我々以外のドローンや戦艦は、あの潮噴きに直撃したと思われます。直接見たわけではありませんが……』
「そんな……」
元から一旦距離を取るつもりで動いていた愛理達とは違い、攻めるつもりで動いていた他のドローンや戦艦。離れていても相当な衝撃が襲ってきた。愛理はぼかした言い方をしたが、戦艦等に乗っていた人達がどうなってしまったのかは、もう明らかだ。
『権さんが今、本部に伝えていますが、奴は日本列島の方へと向かっています。このまま奴が進路を変えないのなら、恐らく千葉の北辺りに到着するはずです! 気を付けて!』
「レーゼさん!」
「――アイリ、情報ありがとう。でも、もうおでましよ」
血相を変えた雅が指差した方向を見て、レーゼもそう言って奥歯を噛み締める。
刹那、風景が異様な雰囲気へと様相を変えた。
風が強くなり、突き刺すような寒さが吹きつける。海が上下に荒れ狂いだし、小さなものだが、渦潮と津波が出来上がっていく。
鈍色の雲が空に集まり、あっという間に太陽を覆い隠す中、その遠く。
そこから見え隠れするは、巨大な白い物体。大きな鰭と尻尾が、海水を弾きながら姿を見せる。その姿は、まさに鯨といって差し支えない。
「あれが……!」
ラージ級ランド種レイパー。
レイパーを輪廻転生させ、人類に終わらぬ戦いを強要する、巨大な悪魔。
二つに分裂していた化け物が一つに合体し、日本の方へと向かっている。
「…………っ」
僅かしか見えない姿。だが伝わってくる。そこから迸る、おどろおどろしい威圧感が。それに、雅達は全員、息を呑んだ。
あの鰭や尻尾を持った巨体が暴れたら、どうなるか。
時計型アーツ『逆巻きの未来』は、雅達に見せた。こいつが本気で暴れた際の、その惨状を。
いざ本物を目の前にすると、あれが決して絵空事ではない、本当に有り得る未来なのだということが、これ以上無い説得力となって襲い掛かってくる。見ただけで、その脅威が分かった。
「レーゼさん! 指示が来ました! プランPは継続! まずはラティアちゃんの攻撃で膜を破壊して、一斉攻撃を仕掛けます!」
雅の右手の薬指に嵌った指輪が光り、現れ出でたるはメカメカしい見た目をした銃。剣銃両用型アーツ、柄を曲げたライフルモードの『百花繚乱』だ。
「一斉攻撃? ……成程、これから戦う相手の力を、正確に把握しようってことかしら? 分かった! 奴が攻撃してきたら、私が防ぐ! ミヤビは奴への攻撃に集中――」
レーゼが最後まで言い終わる、その直前。
「きゃぁっ!」
「なにっ?」
ラージ級ランド種レイパーが尻尾を勢いよく海面に叩きつけたことで、世界が揺れる。
遮られる、太陽の光。
高く持ち上がる海水。唸る空気。轟く轟音。
そんな中、雅とレーゼ、そしてこの場にいる全ての者は、信じられないものを見た。
ゾッとする程に真っ白な巨体が目の前で、体を捩じって海面から姿を見せた、その光景を。
ラージ級ランド種レイパーの全容が、露わになっていたのだ。
その全長、凡そ二百五十キロメートル。概ね、新潟県の端から端までの直線距離と同等。
そんな巨大生物が、目の前で大ジャンプしていた。水族館のシャチの芸とは、その迫力も意味合いも、何もかもがまるで違う。
地上から宇宙までが、およそ百キロ。その二・五倍ものサイズである。体を曲げているからか、辛うじて宇宙までは到達していないといったところか。しかし、だからどうしたという話だ。恐るべき巨大生物である事実は、何も変わらない。
この場の者達を震え上がらせるには充分な行為であり、それは雅も例外ではない。
そんな中、
【よく見るんだ、ミヤビ!】
雅の中にいるカレン・メリアリカが、雅を鼓舞するように声を張り上げる。この時、この瞬間……彼女だけは、そうするだけの勇気があったから。
【怯えちゃだめだ! 逃げちゃ駄目なんだ! これが――】
「……っ!」
【私達が倒そうとしている……いや、倒さなければならない、化け物だ!】
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