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ヤバい奴が異世界からやってきました  作者: Puney Loran Seapon
第51章 太平洋~日本海
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第450話『魔合』

「な、なん……だと……?」


 束音家で、雅が杭を抜いてから、二時間後。


 オートザギアから出発し、太平洋の上空を飛ぶドローンの中で、愛理の声が空しく木霊する。


 視線の先には、ULフォンが空中に出現させたウィンドウ。そこに、優一からの状況報告が記されている。先の愛理の言葉は、それを読んだ直後のものだ。


「どうした? 何があったんだ?」


 震えた愛理の声に、何かが起きたのだと察した泰旿。状況は分からないが、愛理の声を聞けば、決して愉快な話ではないのは分かった。


「……束音が杭を抜き、佐渡の大和撫子を含めた先発隊が、件のレイパーと交戦しました。……が、逃げられたそうです。日本海を北上。恐らく、太平洋の方まで向かうつもりなのでしょう」

「シ、志愛達は?」

「無事です。彼女達が交戦する前に逃げられたらしくて……。今のところ、人的な被害はゼロらしいですが……」


 言いながら、愛理はULフォンを操作する。ラージ級ランド種レイパーの、もう一つの片割れ――キャピタリーク沖で復活した方だ――の行方を調べるために。


「……もう一体は、今はウラから西に離れた海辺りにいるのか。ウラとエンドピーク、イギリスやEU諸国の連合軍が、何とかそこまで追い払ったようですね。だけど、二体は真っ直ぐお互いの方へと泳いでいる。このままだと、後二、三時間で合流してしまいます」

「二、三時間か。……そうなると、合体の予想地点は、中国やアランベルグの辺りになるのかな? 分かった。進路を変更。――本部、応答せよ」


 愛理の報告を聞いた泰旿が、新潟県警察署本部――本討伐作戦の本部が、そこに設置されている――へと連絡を入れ始める。


 それを聞きながら、愛理は唇を噛み締める。


 杭を抜いた後、日本海で復活したラージ級ランド種レイパーの片割れを討伐するというのが、最初の作戦だった。ただ、これは恐らく高確率で失敗に終わるだろう、とも聞いている。故に、この報告が来ることも想定していたはずなのだが……いざそれを知らされると、少なくない動揺が襲ってきてしまう。


 それが現実になったということは、いよいよ本当に、自分がランド種と戦うということを意味するから。


(……勝てるのか、私達は?)


 汗ばむ手。それを制服のスカートの裾で拭うが、すぐにまた緊張の汗が浮かんでしまう。


 すると、ULフォンに着信が入る。――雅からだった。


「束音か。……はい、もしもし――」

『愛理ちゃん! 緊急事態です!』

「うぉぉビックリしたぁっ!」


 雅の突然の大声に、比喩でも何でもなく、愛理は跳び上がってしまう。


 直後、愛理の顔から血の気が引いた。……雅が電話で相手を無闇に驚かせるようなヘマをするような人間でないことを、愛理はよく知っている。そんな彼女が、本気で焦っているのがよく分かってしまった。『緊急事態』と言っていたが、恐らく相当にヤバいことなのだと、話を聞かなくても悟ってしまう。


『私がさっき復活させた方のレイパー、今そっちに向かっています!』

「あ、ああ。今、相模原警部から来た連絡を見たから知っているが」

『違うんです! それから状況が変わって……奴がいきなり、泳ぐ速度をとんでもなく上げだしたんです! 位置情報が反映しきれないくらいの速度になって……!』

「なんだとっ?」


 その言葉に、慌てて二体のラージ級ランド種レイパーの位置情報を再確認しだす愛理。世界地図に映し出された二つの赤い光。これが二体のレイパーの居場所を示しているのだ。――だが、それを見て目を見開く。


 先程まで、一体は日本海を北上し、一体はウラから西の方へと進んでいたはずだったのだが……今は違う。既に二体とも、太平洋辺りに入ろうかという勢いで進んでいた。いや、地図に映し出された赤い光は、愛理が見ている目の前で、今まさに太平洋に突入してしまう。


 表示のバグだと言われた方が、まだ納得できる。一体、どんな速さで海中を泳いでいるのか、皆目見当もつかない。


 分かっていることは、ただ一つ。


「……このままだと、後十五分くらいで奴らは合流する、のか?」

『はい! そしてその合体地点は……』

「今、私達がいるこの辺りだということか……! 逃げる時間が無いじゃないか!」


 遠距離攻撃の手段を持たない愛理。ここでラージ級ランド種レイパーと出くわしても、攻撃の的になるだけだ。当初の予定では、彼女の出番はもっと先になるはずだったのだ。


 愛理の振り絞るような声に、泰旿の息を呑む音がした。


「束音! 応援は、後どのくらいでこっちに着くっ? 流石に、私達だけでは手に負えんぞ!」

『アメリカの戦艦が、イェラニアのバスターと組んでそっちに向かっています! アルゼンチンとオーストラリア、後は異世界のレジガニアって国のバスターも、既にドローンや船を近くに配置させてあるみたいです! どうも、こういう事態を想定していたようで!』

「……見えた! あれか!」


 遠くの方からやって来る、何機ものドローンに、十隻程の戦艦。あれが、今まさに雅が言っていた援軍である。


「束音達は、今どこだっ?」

『今、本州を横断中です! 仙台に差し掛かったところ! 急いで向かっていますけど……!』

「……そこからだと、高性能ドローンでも、ここに着くまで四時間以上はかかるか」


 話を聞いていた泰旿が、思案顔でそう呟く。


『日本の自衛隊や、警視庁の特殊部隊もそちらに向かっています。多分、そっちはもっと早く着くはず!』

「……くっ、仕方ない! 作戦はどうするっ?」

『プランP! 泰旿さんのところにも連絡がいきます!』

「分かった! 何とかする!」


 そう言って、通話を切る愛理。東京の方から援軍が来るまでは、おおよそ二時間といったところだろう。それまで、今の戦力だけで凌ぐしかない。


(……怯えるな、私)


 震えそうになる体に、愛理はそう言い聞かせる。


 この状況は予想外だったが、全部が全部想定していなかったことばかりではない。運悪く太平洋でレイパーと交戦することになってしまった場合のことも、きちとんと考えられている。雅が言った『プランP』……作戦があるというのは、そういうことだ。そしてプランPを含む全ての作戦が、ラージ級ランド種レイパー討伐に関わる全ての国に周知されている。だからこそ、戦艦やドローンが近くに来てくれているのだ。


「権さん……」

「大丈夫だ。さっき、本部からも指示がきた。任せて。このドローンに乗っている限り、墜落はさせない」


 ラージ級ランド種レイパーを、北海道の方まで誘導する。それが、『プランP』の要約だ。愛理は元々新潟で雅達と合流する予定で移動していた。途中で多少の進路変更をしたものの、ここからはレイパーの攻撃を掻い潜り、一旦雅達と合流することになる。


「お願いします。レイパーがこっちに攻撃してきたら、可能な限り防いでみますが……」


 言いながら、愛理の指に嵌った指輪が光を放つ。彼女の手に現れるは、メカメカしい見た目をした刀、『朧月下』だ。


「せめて、誰か一人でも遠距離攻撃が出来る者がいれば、少しくらいは抗えたのですが……」


 ここからしばらく防戦一方になることを強いられると思うと、気が重くなる。そう思っての、愛理の言葉だ。


 と、その時。




「あら、じゃあ、わたくしの出番かしら」




 愛理、二度目の跳び上がり。


 泰旿も思わず声を上げる。


 無理も無い。この場には、二人しかいないはずなのだ。……通話もしていないのに、第三者の声が聞こえるはずはなかった。


 そして、この声に、愛理は聞き覚えがあった。




 愛理の背後――そこに立っていたのは、紫眼をした、金髪ロングの少女。間違いない。彼女は、スピネリア・カサブラス・オートザギアである。




「お、お……王女様っ? 何故ここにっ?」

「ふふん。あなたがこの妙な乗り物に乗った時、わたくしも一緒にいたのよ。姿を隠す魔法を使ってね。何よ、全然気が付いていなかったの?」

「篠田愛理シ、この娘は一体……? 王女様というのは……?」

「オートザギアの第二王女です! 私と一緒の学校で学んでおられまして……! し、しかし王女様! 勝手に着いてきたんですかっ? どうしてこんなことをっ? 遊びじゃないんですよ!」


 確かにスピネリアは、このところ『討伐作戦に参加させろ』とうるさかった。しかし、まさかこんな強引に着いてくるとは夢にも思わず、愛理は怒り半分、恐怖半分の気持ちで大声を出す。


「今すぐ学院に……いや、駄目だ間に合わん! ええい! 一体どうすれば……! いや、大体侍従達は止めなかったのかっ?」

「彼女達にも内緒で動いていたわ。今頃、わたくしを探して大騒ぎしている頃でしょう。通話の魔法も遮断しているし、血相変えているに違いないわ」

「あ、あぁ……そんなことが……!」


 その言葉を聞いて、愛理は頭を抱える。侍従には内緒ということは、当然彼女の両親、つまりはオートザギアの現国王と王妃にも話していないということだろう。当然だ。大事な国の王女候補を、危険な戦いの前線に出す理由がない。


「お、終わった……打ち首、ギロチン、処刑……」

「シノダ……何をブツブツ言っているのよ。大丈夫、わたくしが勝手に乗り込んだだけなんだから、あなたがどうなることなんて無いわ」

「その切っ掛けを作ったのは、私でしょう……っ!」

「アー……状況がよく分からないんだが……これは私も、責任重大ということなのかな?」


 泰旿は平静を装っているが、声は僅かに震え、顔もやや青い。愛理はそんな彼の言葉に、無言で頷いた。


「万が一、王女様に危害が及ぼうものなら、仮に私達が生きて帰ったとしてもどうなるか……」

「ちょ、ちょっと大丈夫よ! 怒られるとしたら、間違いなくわたくしだけよ! それに、シノダ達にとっても悪いことばかりじゃ――」


 と、スピネリアがそこまで言った直後。




 ドローンの外。遠くの海で、爆弾が爆発したかのような轟音が鳴り響く。




「な、なんだっ?」


 慌てて窓を開け、外を見る愛理。


 何かが直撃し、それにより衝撃が発生したのか。自然に吹いたものとは明らかに異なる風を感じながらも、愛理は目を見開いた。


(お、おい……嘘だろう?)


 目に飛び込んできたのは、つるりとした肌の、白い巨大な生物。時折、鯨のような大きな尻尾が海の中から飛び出してきていた。




 ラージ級ランド種レイパー……キャピタリークで復活した方のそいつが、そこにいた。先の轟音は、戦艦に乗っているバスター達がレイパーに攻撃したことによって発生したものである。




 最も、効いている様子は無い。目には見えないが、レイパーは(バリア)に覆われている。いかにアーツの攻撃と言えど、それに阻まれてダメージが通らないのだろう。


 遠くにいるはずなのに、あの巨体からは圧を感じさせる。見る者を怯えさせる、そんな圧が。


 海が激しくうねり、海水同士が叩きつけられ派手な音を鳴る……。


「シノダ! 向こうを見て!」

「っ?」


 愛理とは、反対側の方角を指差してスピネリア。そちらを見れば、まだ遠くにいるが、そこにももう一体、白い巨大生物が泳いでいる。




 そっちは愛理にも見覚えがある方……佐渡の横にいた奴だ。




 二体に分裂しているラージ級ランド種レイパー。それが今、この太平洋の海の真ん中に集まっているのだ。


「マズいな。奴らが合流するまで、後数分も無い……!」


 泰旿が発した、絶望の言葉。愛理は何も答えることが出来ない。


 雅の話では、まだ少し猶予があったはず。しかし、それがもうこんな近くにいる。レイパーが、あの後からさらに泳ぐ速度を上げたということだ。


 このままでは、泰旿の言う通り、合体まで幾何の猶予も無いだろう。


 朧月下の柄を、ギュッと握りしめる愛理。その額には、脂汗が浮いていた。


「二人とも、しっかり掴まって! とにかく、奴らから少しでも離れてみせる!」


 直後、二人が体勢を崩す程の大きな遠心力がかかる。泰旿がドローンを大きく旋回させたのだ。


「ク、権さんっ?」

「大丈夫だ! 幸い敵のあの進路なら、私達のドローンから離れたところで合流するはずだ! 充分に距離をとれる!」


 それでも、ラージ級ランド種レイパーは速い。


 今や、多くの戦艦やドローンの攻撃をものともせず、それらを振り切って片割れの方へと近づいていた。


 逃げる愛理達。レイパーを追う戦艦や他のドローン。荒れ狂う海を掻き分け、合流する二体の化け物。


 直後、


「くっ……気を付けろ! 合体するぞ!」







 復活した二体のレイパーは、海を灰色に染め上げるような鈍い光を放ち、一体へと戻っていく――







 ***




 そこから遠く離れた太平洋の空。


 そこに、何台ものドローンが飛んでいる。大和撫子やバスターを乗せ、ランド種の方へと向かっているのだ。その中には、雅達が乗っているドローンもある。


「愛理ちゃん……っ!」


 そこにいるであろう友を想い、思わずそう呟いた雅。


 空は青く、海はやや荒れているものの、比較的平穏。向こうに巨大生物がいるはずだが、一見すると意外な程に静かだ。


 が、次の瞬間。


「――っ」







 ――遠く……愛理達がいるであろうその辺りの海が、爆ぜた。

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