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ヤバい奴が異世界からやってきました  作者: Puney Loran Seapon
第50章 カルムシエスタ遺跡
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季節イベント『容器』

「ん? なんでこれがここに?」


 とある日の昼休み。新潟県立大和撫子専門学校附属高校の、化学準備室にて。


 次の授業の準備をさせられていた黒髪サイドテールの少女、相模原優。だるい気持ちを何とか抑え、棚から指示された道具を探していた彼女は、ふとある物を見つけて首を傾げる。


 それは、一本の試験管。だが、一般に使われているものと比べ、どこか洒落っ気のあるデザインだ。そして優は、それには見覚えがあった。


 他でもない、母親の優香が使うアーツ……『ケミカル・グレネード』の試験管だったから。


 ケミカル・グレネードは、指輪から、様々な薬品を詰めた試験管を呼び出し、敵に投げつけて攻撃するアーツだ。今優が見つけたものは、流石に中に入っているはずの薬品は無くなっている。試験管の側面には大きな亀裂が入っており、もう使えないものなのは優にも分かった。


(お母さん、ここの学校の卒業生だったもんね。昔、ここに忘れていったりもしたのかな? ……一応、返しておくか)


 わざわざここに置きっぱなしになっている以上、ゴミというわけではないのだろう。ゴミならば、いつもここを使っているはずの教師がとっくに捨てているはずだ。


 優はそれを制服のポケットに仕舞い、授業の準備作業に戻るのだった。




 ***




「あら、懐かしい」


 その日の夜、今日見つけたケミカル・グレネードの試験管を渡された優香の第一声がこれだ。


「なんか、ずっと棚に置きっぱになってたよ。先生にも聞いたけど、理由が分かんないみたいで、惰性でずっとそのままになっていたんだって言われた」

「あー……そっか。もうあの頃いた先生は、皆別の学校に異動になったか、退職しちゃったものね。もう知っている人もいないのか」


 言いながら、優香はどこか安堵した風を装いながらも、時間の経過を想い、遠い目をする。


 一方で、今の優香の発言を聞いた優は頭の上に『?』を浮かべた。


「ん? もしかして、何か深い事情がある感じ?」

「うん、そうそう。そうね、あれは……あ、いや待った。やっぱやめた」

「え、ちょ、なんで止めるの? 気になるじゃん!」


 しまった、という顔をし出した優香だが、これではい終わりでは優としても消化不良だ。


 挙句、優には何となく分かる。優香が、何か結構なやらかしを隠している時の顔色をしていることに。これは何か、面白そうな話が聞けそうだ。


「教えてよ」「いやこれはちょっと」「そんなこと言わずにさー」「えー、でもー」と、やんややんやと騒ぐ二人。


 だが遂に、


「もう、仕方ないわね……。でも、お父さんには内緒よ?」

「よっしゃ!」


 溜息を吐く優香に、優はパチンと指を鳴らす。


 押し切れたのもそうだが、「お父さんには内緒」とも言われたのだ。優一には知られたくない程のスキャンダルに、優は心を躍らせる。


 ちょっと話が長くなるからと、優香はコーヒーを用意し、話を始める。


「これ、私が中学生の時の話なんだけど」

「中学生? 高校生の時じゃなくて?」

「ううん、中学生。三年だったわね。で、私、優と同じ中学校だけど、五月中旬に体育祭あるでしょ? これはその時のことなんだけど。――当時の私って、結構尖がっていて。実はプチスケバンだったのよ」

「え、嘘? それマジ?」


 知られざる母の過去に、優は目を丸くする。


 これは優の知らない時代の話だが、優香が学生の頃、世間の青年達の間で、プチ不良ブームがあったのだ。


 ブームと言っても、ガチの不良は少ない。リーゼントヘアやビーチサンダル、ロングスカートや潰した学生鞄を身に着けるといった、要はファッション的な意味でのブームである……のだが、中にはガチでヤンキーやスケバンになる者もいた。優香もその一人だ。


「いやー、懐かしい。私、インテリヤンキーに憧れていたから、伊達メガネとか着けちゃって。ほら、勉強全般それなりに出来たから」

「うわ何その自慢」

「理数系……とりわけ化学系に強かったのよね。あの頃からケミカル・グレネードを使っていたから、自然と薬品の名前とかも憶えちゃって。で、中学の時の後輩とか率いて、少数だけどレディースとか作っちゃって、学校の中で結構やんちゃしていたのよね」


 備品は壊すわ他の生徒達と喧嘩するわ、思えば随分と迷惑を掛けたものだと優香は苦笑いを浮かべる。なまじ勉強が出来ていたので、当時の先生方からすれば、さぞ相手にしにくかった生徒だろう。それが今、科捜研の職員をやっているんだから、人生というのは本当に分からないものだ。


 だが、


「中三の体育祭の時ね、私、思っちゃったのよ。――高校生に喧嘩売ってみたいって。ほら、騎馬戦あるでしょ? その時の相手に完勝しちゃって、その場の雰囲気で何となく」

「……あー」


 学校の中で暴れ回ってばかりでは、満足できなくなってきていた優香。「高校生と戦うのは流石にヤバい」と、辛うじて自制心で抑えていたのだが、遂にタガが外れてしまった。――自分の力をもっと試したい。そう思ったのだ。


 最も、勘違いも甚だしいのだが。当時の優香の実力など、今の優と比べても遥かに下だ。学校で誰も優香を止めきれなかったのも、優香が強いと言うよりは、ケミカル・グレネードが撒き散らす薬品が強力だったからに他ならない。


「思い立ったが吉日。二人くらい仲間を引き攣れて、近くの高校……ヤマ専に殴り込みに行ったわ。あそこなら、強い大和撫子がいっぱいいると思ったから。もう特攻よ特攻。警備システムを王水とかで破壊して、玉砕覚悟で突入したわ」

「クレイジーすぎ。ヤバ。……え、それでどうなったの?」

「速攻でぶちのめされたわ」

「うわ、だっさ!」


 ぷっ、と噴き出した優に、優香は僅かながら青筋を立て、娘のおでこにデコピンをくらわした。最も、確かにダサいことこの上ないという自覚はあるのだが。


「一年生が単身で立ちはだかって、こっちは三人掛かりだっていうのに三分も持たなかった。因みに、私をぶちのめした大和撫子、誰だと思う? 優も知っている人よ。喋ったことはある……けど、多分覚えてないわね」

「ん? ……ん? もしかして、みーちゃんのお母さん?」

「大正解! そう、(せん)さんよ」


 うっそー! と口に手を当てて驚く優。


「え、いや待って。スケバンだったお母さんを倒せたってことは……」

「そ、嬋さんもスケバンだったわ。ゴリゴリの武闘派だった。見た目は全然筋骨隆々とかじゃなかったけどね。いやぁ、強かったわ」


 絶句する優。言葉も無いとはこのことか。


 自分と親友の母親が不良だったことへのショックと驚きも勿論あるが……試験管一本から始まった話が、まさか優香と嬋の出会いに繋がるとは思ってもみなかった。


「ち、因みにその後、どうなったの?」

「嬋さんに、実力の無さについてこってり絞られたわ。ただ、三人だけで乗り込んできた度胸と覚悟は認めてやるって言われて、その証だとか何とかで、記念に、その時使った私のケミカル・グレネードの試験管を持っていったの。で、次の年に私がヤマ専に入学した時に教えられたんだけど……嬋さん、当時の化学教師を脅して、準備室に試験管を飾らせたんだって」

「みーちゃんのお母さん、ヤバ過ぎでしょ。てか、え? 殴り込みにいってボコられたのに、ヤマ専受かったんだ。意外」

「うっさいわね。成績は良かったんだから受かったのよ」


 軽口を叩く娘に、片方の頬を膨らませて反論する優香。とは言え、嬋にも驚かれたのだが。


「んーと、じゃあそれから二人は先輩後輩同士、仲良く不良生活を?」

「不良生活って何よ。……いや、実は私が高校に入学した頃から、学生のブームが変わって……あの頃は丁度、お嬢様ブームだったわ。だから嬋さんも私も、無駄に日傘とか差して、『ごきげんよう』なんて上品な挨拶を交わして、味の違いも分かんないのに紅茶を嗜んだりしていたわね」

「えぇ……温度差で風邪引きそうなんだけど」

「そういう時代だったのよ。……まぁ、あの頃の学生達は、皆バカやっていたわ」


 ある種、黒歴史だ。しかし懐かしい。優香は、思わず天井を見上げて溜息を吐く。遂に娘にこのことを話してしまった後悔か、それともなんやかんや昔話を楽しめた幸福感か、どんな気持ちを込めたのかは優香自身にも分からない。


 ただ、改めて話してみて、優香はこう思うのだった。




 ――あんだけ迷惑かけて、バカやって……そりゃ、この歳になってもスキルを貰えないわけよね――と。

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