第50章閑話
雅達がシャロン達と合流し、新潟への帰路に着いた頃。ここは、新潟市中央区の、鳥屋野潟近くにある総合体育館。
貸し切りとなっている大体育室では、ハリのある声が響いていた。
「はい、はいはい! そこ、そこよ! ほらミス桔梗院! 腕の力に頼り過ぎよ! 重心の動きを意識して、受け流すように! ミス橘は、動きが乱れてる! 左右の斧の役割を、きちんと分けなさい!」
「は、はい……っ!」
「ふぇぇっ!」
黒髪ポニーテールの美魔女、神喰皇奈が飛ばす厳しい指導の声に、希羅々が、まるで余裕の無い辛そうな顔をしながらも、気合と根性を振り絞った声を上げる。
真衣華は、「もう無理!」と言いたいのを前面に押し出した泣き顔をしていた。
希羅々と真衣華の周りには、大きな丸太の立体映像。これが、不規則に希羅々達へと飛んでおり、二人ともレイピアと斧のアーツでそれを受け流したり、斬ったりしていた。
何をしているかと言えば、端的にこう答えるのが最も適切だろう。――戦闘訓練、と。
来たる大きな戦いに向け、皇奈が希羅々達に戦闘指南をしていた。二人だけではない。午前中は志愛とファム、セリスティアも、彼女から指導を受けていた。
この立体映像はアーツが触れると質量を持つ仕組みとなっている。アーツで受け止めれば、人体もきちんと衝撃を感じるし、アーツで攻撃すれば丸太が壊れる。皇奈が普段、多方向からの攻撃に対する訓練用に使っているものだ。今回は特別に、二人はこれを使わせてもらっている。
戦闘経験が豊富なだけあって、皇奈の指導は中々に的確だ。レイピアや斧、棍等は皇奈の専門外だが、彼女の仲間が使っている武器でもあるようで――希羅々達にしてみれば悔しいことこの上ないが――当人たちよりも、扱いは詳しい。
希羅々達の通う新潟県立大和撫子専門学校附属高校は、学校名が示す通り、アーツを使ってレイパーと戦う女性……大和撫子を育てる学校だ。当然、授業も戦闘訓練に力を入れている。
だが、皇奈の指導は、学校の先生よりも遥かに厳しく、そして適切だ。二人が今まで何となくやってしまっていると自覚していた悪い癖は容赦無く指摘されるし、自覚の無かった無駄な動きや癖も炙り出されてしまう。無論、一朝一夕の訓練や指摘で簡単に強くなれる訳ではない。しかし、そういった指摘が、希羅々と真衣華の実力を僅かでも上げていく。
二人がヒーヒー言いながら、必死で訓練に喰らいついていると、
「いやはや、これはまた、随分と扱かれているようだね」
大体育室に、一人の男が、控えめな動きで入ってきて感嘆の声を上げた。ツーブロックアップバンクというビジネスヘアスタイルをしたスーツ姿の彼は、希羅々の父親、桔梗院光輝。アーツ製造販売メーカー『StylishArts』の社長である。
「あら、来客ね。二人とも、少しブレイクタイムにしましょう!」
「はぁ、はぁ……あ、あらお父様。どうしたんですの?」
訓練に集中していた希羅々は、ここでやっと父親の存在に気が付く。少しショックを受けながらも、真面目にやっていたようで安心した光輝は、スーツのポケットから小箱を取り出し、希羅々達の前で開けた。
入っていたのは、アンクレット。――今まで希羅々達が身に着けていたものと、見た目は同じものだ。
「『命の護り手』の強化が終わったから、急いで皆に届けに来たんだ。従来と比べて、防御力と持続時間が上がっている。一度イージスを発動すれば三十秒は効果がもつし、光の防御力も一・二倍。今まで二つに分かれていたモードを一つにまとめたから、使い方に悩まなくて済むよ」
「『一瞬しか使えない代わりに防御力の高いモード』と『長持ちするけど防御力はそこそこのモード』だったのが、『長持ちするし防御力も高いモード』になったということですわね? 助かりますわ。これなら、少し無茶な攻めをしても、反撃への保険にもなりますし」
「おいおい希羅々。イージスはあくまでも緊急用の盾なんだ。過信するんじゃない」
アンクレットを受け取って、少しばかり挑戦的且つ無謀なことを言う娘に、光輝は目を吊り上げる。事実、命の護り手を使ってもなお、大ダメージを受けて戦闘不能にさせられた事例は何度もあるのだ。
「いやでも、しかし――」と口答えし始める希羅々に、「希羅々、君は――」と厳しく注意する光輝。「まぁまぁ」と希羅々を宥めだす真衣華。そんな三人に、皇奈はパンパンと手を叩いて割り込んできた。
「はいはい、喧嘩しない。――プレシデント桔梗院。命の護り手の量産はどのくらい?」
「あぁ、これはすまない神喰さん。作戦に参加するメンバーの分は、充分に確保出来る。もうコートマル鉱石のエネルギーを充填すれば完成だ。間もなく、各方面へと届けられるだろう」
「仕事が早くて助かるわ。――例の作戦の方は?」
「そちらも滞りなく。少し調整が必要らしいけど、何とか明日までには間に合わせると言っていた。うちの開発部長――蓮を中心に頑張ってくれている」
「オフィサー相模原が良い作戦を練ってくれたし、何としてでも成功させないと。――さぁ二人とも、訓練再開よ! 声出していきなさい!」
「ええっ? まだ全然休んでないよっ?」
「こら真衣華、泣き言を言わない! 神喰さん、お願いしますわ」
再び丸太の大群を相手に喰らいついていく希羅々と真衣華。
そんな娘と、その親友を見て、光輝は頭を掻く。
「心配ですか? プレシデント桔梗院」
「……ええ。親ですし。彼女達には、危険なことはしないで生きてもらいたい。……最も、それが叶わぬことだというのは理解していますが」
「……女である以上、宿命ですから」
「…………」
そんなことは分かっている。……が、男の自分が何を言っても空しいだけだと思う光輝。
それでもただ一つ。せめて、無事に生き残ってくれ。そう願わずにはいられなかった。
***
ここはオートザギア魔法学院。
「ええ、分かりました。しかし、権の父親が迎えに来るのですか。母親はよく会うのですが、父親と会うのはこれが初めてか? いや、前に一度顔を見た気がするな」
普段は使われていない空き小部屋に、三つ編みで長身の女学生、篠田愛理はいた。
彼女は今、ULフォンでミカエルと通話中。近日中にラージ級ランド種レイパーの討伐作戦が始まるということで、オートザギアにいる愛理がどうやって合流するかの打ち合わせをしていたところである。
極秘の話ということもあり、わざわざ空き部屋かつ、授業中にこっそり抜け出して連絡を取っていた。
「まぁ、何にせよ、明日の九時にこちらに来る件、承知しました。覚悟も準備も出来ています。……ええ、ではアストラムさん達もお気をつけて。では」
そう言って、愛理は通話を切る。花摘みを理由に授業を抜け出した手前、そろそろ戻らないと怪しまれてしまうだろう。
「……よし、彼女はいないな」
辺りを見回し、ホッと胸を撫で下ろす愛理。
(あの日から、『自分も討伐に参加させろ』とうるさいからな。流石に一国の大事な王女様に、そんなことはさせられん)
スピネリア・カサブラス・オートザギア。この学院で、ラージ級ランド種レイパーの秘密を知っている数少ない人物の一人だ。先日、愛理がうっかり口を滑らし、その時は「手を引け」と忠告されたのだが、愛理が心中を口にし、身の上話をした後、どういうわけか自ら討伐に参加したいと言われた。
一体どういう心境でそんなことを言いだしたのかは不明だが、そういう訳で、自分が授業を抜けた本当の目的も勘付かれているのではないかと警戒していた。……が、いらぬ心配だったようだ。スピネリアの姿は、どこにも無かった。
早く授業に戻らねばと、愛理は息を殺しつつ、急いで教室を後にする。
――丁度同じくして、別の教室。
「……シノダったら、詰めが甘いんだから」
先生の話を聞きながらそう呟いたのは、愛理が気にしていた少女……スピネリア。
愛理はスピネリアがこっそり付いてきていると思っていたようだが、そんな手間をかける彼女ではない。世の中には、盗聴の魔法というものがあるのだ。……あまり褒められたものではないが。
(明日の九時……か。撒けるかしら?)
スピネリアは、ちらりと教室の外を見る。そこには、自分の侍従達の姿があった――。
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