第446話『固液』
その攻撃を、カリッサが回避出来たのは、本当に偶然だった。
エルフは長寿。カリッサも、見た目はお姉さんだが、今年で一八六歳になる。これまでレイパーだけでなく、狂暴な生物を何度も相手にしてきた。年の功故の勘か。とにかく、本能的に左側に跳んだことが、命運を分けた。
「っ?」
「ライナさんっ!」
一方、ライナも戦いの経験は豊富。しかし若さのせいか、脇が甘いところは割とある。彼女はつい、後方に跳んでしまった。「とにかくこの場を離れなければ」ということで頭がいっぱいで、足が動いたのが偶々そちらだったのだ。
それは勘ではなく、特に理由の無い体の反射的な行動。この奇襲に対しては、悪手ともいえるものだった。
飛んできた白い液体。別々の方向に避けた二人だが、カリッサは躱せ、ライナは直撃してしまう。液体が若干、ライナ寄りに放たれていたことも、二人の回避行動の結果が異なる要因でもあった。
「な、なに、これ……っ?」
全身、ベタベタする白い液体に塗れたライナ。液体……いや、粘液は肌や服に付着したが、粘り気があるだけで、皮膚が焼けたりだとか、服が溶けたりすることはない。
一見すると、大きな被害を受ける攻撃ではなさそうだが――
「こ、これ……固まってきて……っ?」
すぐに、この白い粘液は本性を現した。ライナの体に付いた液体は、まるでセメントのように固まってきて、あっという間に床と足が接着されてしまう。
力を込めて引き剥がそうとするが、びくともしない。
(くっ……これ、あの岩の……っ!)
遺跡の通路を塞いでいた、あの岩。雅曰く、それは白い接着剤のようなもので固定されていたと聞かされていたライナ。今自分にかかっているこれは、まさにそれと同じものだ。
「ライナさんっ! 今、それを何とか――」
「カリッサさん! 危ないっ!」
「っ?」
ライナの警告に、カリッサは慌ててその場を跳び退く。直後、今まで彼女がいたところに、またあの白い粘液が上から飛んできたのだ。
「攻撃、二階から来ています! 多分、私達に奇襲してきたレイパーです!」
「だろうねっ!」
何発も放たれてくる白い粘液を、次々に躱していくカリッサ。
しかし、彼女の顔は険しい。
見えないのだ。肝心の、敵の姿が。
二階の観覧席、その物陰に隠れ、二人に攻撃してきているのは確かだが、姿形も何も分からない。しかも、結構な速度で動き回っているらしく、攻撃が放たれる方向も様々だ。
「ライナさん! 何とか奴を、表に引き摺り出せないっ?」
「やっています! だけど――」
ライナも、苦悶の表情を浮かべていた。
床に接着されたライナは、スキル『影絵』を使い、五体の分身ライナを創り出していた。それぞれの手には、紫色の鎌、アーツ『ヴァイオラス・デスサイズ』が握られており、姿の見えない敵へと飛び掛かっていた。
……が、通じない。
敵は、カリッサに攻撃しながらも、群がってくる分身ライナにも攻撃していた。分身は白い粘液をモロに受け、床や壁に磔にされてしまっている。こうなれば、ライナはその分身を消して、新しい分身を創り出すしかない。結局これが繰り返され、分身の攻撃が敵に届かないのだ。
カリッサの、首に掛けられた星型のブローチが弱々しく煌めく。アミュレット型アーツ『星屑の瞬き』……これを介し、自分が使える光属性魔法を放てば反撃することも出来るが、カリッサはそれをしない。否、出来ない。
劣化した遺跡の中では、下手に強い攻撃すれば大惨事になるだろうから。特に、今はライナが動けない状況だ。そんな中で遺跡が崩れてしまえば、彼女は生き埋めになってしまう。
攻撃するならば、敵の位置を把握し、一発で止めを刺さねばならないだろう。
カリッサは考える。自分に、何が出来るかを。
(……上に行く手段は、ある)
カリッサの後方。そこにある階段が、二階に上がるための唯一のルートだ。
二階から攻撃されているから敵の姿が見えないだけで、上に上がれさえすれば、少なくとも視認は出来るだろう。そうすれば、カリッサも敵に攻撃の狙いをつける行動がとれる。
だが、遠い。絶え間なく放たれるこの攻撃を躱しながら階段へと向かうのは、中々困難だ。
(ライナさんを見る限り、幸い、あの粘液がもつのは接着効果だけで、毒や腐食のような効果はない。多分、私達を動けない状態にして、ゆっくり止めを刺すつもりだ。……これだけしか能力が無いのなら――)
「ライナさん! 少しの間、私を守るように分身を!」
「っ! そっか!」
カリッサの意図を悟るライナは、言われた通り、カリッサの周りに、肉壁として二体の分身を創り出す。
階段へと走り出すカリッサ。
飛んでくる白い粘液を、カリッサの代わりに受けていく分身。
上手く分身を盾にしながら、カリッサは素早く階段へと到達する。
これならいける――一気に二階へと到達したカリッサが、そう確信した刹那。
「――がっ?」
「カリッサさんっ?」
カリッサの太腿に、小さな破片のような、何か硬くて鋭い物が突き刺さったのだった。
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