第444話『愚痴』
レイパーの奇襲により、分断された雅、優ペアと、ライナ、カリッサペア。
互いに別々のルートで進み、合流しようということになり……こちらは、雅と優の様子。
「ふぅ、カリッサさんの言う通り、一本道みたいですね。これなら迷わなくてすむかも」
小部屋の到着し、逆側の通路を見ながら、雅は一つ、息を吐く。
しかし、優の顔は険しいままだ。
(……さがみん、ピリピリしてますね)
【敵の正体が不明だから、かな?】
心の中でこっそりと話をする雅とカレン。
あれから、いくつかの通路と部屋を通って来たが、今のところレイパーの再来は無い。だが、これは安心出来ることでは無かった。
まだ、敵が遺跡の中をうろついているということだから。
挙句、相手がどんな姿をしているのか、どんな能力を使ってくるかも分からない。これでは、どんな奇襲がくるか、あらゆる可能性を検討しなければならない。
四方八方、そして些細な違和感が無いか……それに長時間注意するのは、相当にキツいものがある。
(いっそ、ここらで姿を見せてくれた方が精神的に楽……ですよね?)
【あの後も、ずっとスキルを使って警戒してくれているからね。負担、結構大きいと思うよ】
雅の目に映るのは、緑色に光を帯びる優の眼。スキル『エリシター・パーシブ』を使っている証拠だ。敵の位置を把握できるこのスキル……これは言ってしまえば、常に索敵しているような状態。スキルを使ったことによる直接的な負担は無いが、あらゆる情報が常に入ってき続けるのは、辛いだろう。
と、雅とカレンがどうしたものかと考えていると、徐に優が口を開く。
「ねぇ、みーちゃん。ちょっと、ここで休憩しない?」
「えっ? ここでですか?」
呆気に取られたように聞き返す雅に、優は「そうそう」と答える。
確かにキツい状況だが、ライナ達と合流も出来ていないこの状況で、休憩するというのはかなり不安がある。安全を考えるのなら、彼女達と無事に合流が出来てからの方が良いはずだ。
「…………」
だが、優との付き合いが長い雅には分かる。優の目が、本気で休憩をしようと思っている様子ではない、ということは。
なんとなくだが、何か二人きりで話したいことがあるような、そんな感じだ。休憩しようと言っているのは、その話をする口実作りな気がした。
故に、雅は「まぁ、先程休み損ねましたしね」と言って応じる。優とて、自分一人だけなら兎も角、本気で無茶なことは人に提案しない。先程ピリピリしていた様子だったのも、レイパーがこの近くにいないということを、本気で調べていたからなのだろう。その上で、休憩という提案をしてきたのだから、今はある程度安全なのだと雅は思う。
二人は壁際に並んで座り、全身の力を抜くように、石壁に体重を預ける。
「あー……にしても、なんでこんなところにコートマル鉱石が置かれてるのやら。どこかにレイパーも隠れているみたいだし、困ったもんよ」
「レイパーもコートマル鉱石が目当てなんですかね?」
チラチラと優を見ながら、雅は適当な質問を投げかけた。優は「まぁ、こんなところにいるしね」なんて答えるが、きっとこんなことを話すために、休憩しようだなんて言ってきたわけではないだろう。
そしてやはりというべきか、優は細く息を吐くと、「ところで」と切り出し――
「――あんた、無理してるでしょ」
「…………無理、ですか?」
優の質問に、なるべく平静を装って答えたつもりだ。だが、その返事は、あまりにもテンポが遅かった。
それが、優に確信させる。……親友が、自分の心を誤魔化していることを。
雅を半眼で睨んでから溜息を吐くと、優は続ける。
「してるわよ。してないわけないじゃん。家を壊されて、麗さんの部屋を荒らされて、それで平気わけ、絶対ないでしょ」
雅は、そういう人間では無い。家だけなら兎も角、大事な祖母の部屋まであんな風にされて、怒りも哀しみも覚えない薄情者ではない。そんな人間なら、きっと自分との縁は、どこかで切れていただろう。周りに人も、ここまで集まってくることは無かったに違いない。優はそう思う。
「色々やらなきゃならないことが重なって、悔しいって思う暇も、泣く時間も無い。だから、どうにか平常心保たなきゃって思ってるんだろうし、仕方ない部分はあると思う。けど……私さ、レイパーは当然だけど、結構色んな人達に文句言いたいのよ。ズケズケとみーちゃんの家に上がり込む大人達だとか……その中には、私や皆も、きっと含めるべきだと思うし……みーちゃんにも、文句言いたい」
「…………」
「だって、絶対おかしいじゃん。みーちゃん、何にも悪いことしてない。なのになんで、みーちゃんが我慢しなきゃならないわけ? なんであんた、そんなお利口さんにしてるわけ? いや違うじゃん。言ったって仕方ないかもしれない、何も変わらないかもしれないけど……愚痴や不満くらい、派手にぶちまけたって良いよ。許されるでしょ」
雅の性格上、それをし辛いのだろうというのは、優も分かっている。愚痴や不満というのは、聞いている人間も嫌な気持ちになるものだ。
だがそれでも、声に出すべきだと優は思う。そうでなければ、雅の心は、いずれ限界を迎えてしまうだろう。
それを察し、彼女の気持ちを聞いて寄り添うべきは、親友の自分の役目。
それを分かっているから、今がチャンスだと思ったのだ。ここなら、二人きり。他の人の目を気にせず、雅だって言いたいことを言えるはずだから。
こういうのは、時間が経てば経つほど、『もう今更の話だし……』という感じが出てきてしまう。今を逃せば、もう雅がこの件に関して、我慢すること以外の選択肢はなくなってしまうだろう。
だから、優ははっきりと「無理してるでしょ」と言ったのだ。雅に絶対に、ここで気持ちを吐き出させるために。
そしてその意図は、雅にもはっきりと伝わった。
天井を仰ぎ、深く息を吐き、雅は少し考え込んでから口を開く。
「……無理、しているかもしれません。あんまり自覚は無いっていうか、いや違うかも。多分、考えないようにしていただけな気もします」
「……あ、いや、それならごめん」
「謝らないで下さいよ。あそこまでストレートに聞いたんですから、最後まで責任とって下さい。……実際、私は逃げていたんでしょうね。自分の気持ちから。考え出すと、嫌な気持ちで一杯になりそうだったし」
「カレンさん……だっけ? みーちゃんの中にいる女の人。彼女に愚痴ったりしなかったの? 私より付き合い、長いんだっけ?」
「いえ、さがみんの方が長いですよ。私が黒髪だった頃からの付き合いじゃないですか。……でも、確かにカレンさんと、そういうことはしなかったですね。なんというか、結局カレンさんも私と同じ時を生きているから、私と同じで、自分の気持ちと向き合えていなかったんでしょう」
多分、感じていることは同じなのだろうなと雅は思う。つまるところ、カレンも決して他人事の感覚ではない。それが災いして、互いになんと話せば良いか分からなかったと、雅は優に説明しながら、自分の気持ちと行動の理由を理解していく。
「さがみんの言う通り、不満は色々あるんです。ただ、それら全部、根本を辿ると自分のせいだから、誰かを責める言い訳が出てこないというか……。ほら、おばあちゃんの部屋に杭を打ち込んだのって、他でもない、私じゃないですか」
「……でも、それって仕方ないことだったわけでしょ? 誰があの状況で、もっと適切な行動が出来たっていうのよ」
優が口を尖らすが、雅は首を横に振る。
不満があるのなら、そもそもなんであの場所に打ち込んだんだという話なのだ。極論、別の場所に打ち込めれば、束音家も、麗の部屋も、あんなことになることは無かったのだから。
ただ――雅は「それを分かった上で」と前置きし……少し悩んでから、
「おばあちゃんの部屋に杭を打ち込むの、本当は凄く嫌だった」
僅かだけ瞳を揺らし、そう呟く。
「あそこに打ち込んだのは、奴らに見つかり辛い場所で、安全なところはどこかって考えて、咄嗟にあの場所が浮かんだからってだけだったんです。多分、タイムスリップでおばあちゃんと久しぶりに再会出来たからかな。……あの時はもう、仕方ないって思うしかなかった。他に良い案も無くて、一刻を争う状況で……きっとおばあちゃんは許してくれるって思ったけど、本当はもっと別のところに打ち込みたかった」
誰が好き好んで、自分の祖母の部屋の床を引っぺがし、レイパーに狙われそうな杭を打ち込むものか。
もっと時間があれば、優一達に預けるという選択肢もあっただろう。
何か奇跡的に良い場所が見つかれば、そこに打ち込むことも出来ただろう。
そういった『もしも〇〇だったら』という、何にも役に立たない言い訳は、いくらでも浮かぶ。
「おばあちゃんが生きていた頃、あの部屋で偶に、生け花見させてもらっていたんです。さがみんも偶に一緒でしたけど、覚えてます?」
「うん。麗さん、生け花教室の先生もしていたしね」
「昔は、よくあの部屋で何か教えてもらったりもしたんですよね。……でも、おばあちゃんが死んだ後、何となくそれが受け入れ辛くて、私、あんまりあの部屋に入らないようにしていたんです」
「そう言えば、前は私に『一緒に入って』って頼んでたわね。……いつの間にか、一人で入れるようになっていて、ちょっとビックリしたけど」
「レーゼさんがうちに住むようになって、ちょっとしたことが切っ掛けで、しばらくは毎日お線香あげたりしていましたしね。そしたら一人で入ることに、あんまり抵抗も無くなって。で、私、この間まで気付かなかったんですけど、おばあちゃんが亡くなってから、あの部屋で何かした記憶って、異世界から帰ってきた後の方がたくさんあるんです」
いつから、あの部屋に入る抵抗感が無くなったのか、雅は自分でもよく分かっていない。知らない内に、普通に入れるようになっていた。前は強く残っていたイ草の香りが、最近はあまりしなくなっていたことにも、やっと気づいた。
「……やっと、受け入れられたのかなって、思えたのに。お線香だって、ちゃんとあげられるようになったし」
「……みーちゃん」
「私、やっぱり苦しいし、悔しいし、悲しいし、辛い。もうよく覚えていないけど、きっと両親とかおじいちゃんが生きていた時も、あの家でいっぱい遊んだりしたはずなんです。それもひっくるめて、全部無茶苦茶にされて……」
唇を噛み締める雅。
彼女は気づかない。――話ながら、ポロポロと涙を零していたことに。
今まで堪えてきたものが、溢れてしまう。
その後も、麗との思い出や、家のこと等の話が、途切れた文章や単語という形でボソボソと雅の口から零れ出る。
自分でも、何を言いたいのか分からない話もあっただろう。愚痴なのか何なのか、何とも形容のし難いものもある。
優はただただ、それを黙って聞いてくれたのだった。
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