第49章閑話
「お腹に穴が開いて、『気分はどう?』って聞かれたから、ミーは言ってやったの。『Holyよ』って。引っ叩かれたわ」
「あはは! そりゃあ怒られますよ!」
マグナ・エンプレスの調整が行われている頃、束音家にて。唯一安全なリビングで、妙な一人称を使う見知らぬ美魔女が、雅と話していた。その隣では、優が表情に困った顔で二人のやりとりを聞いている。
「それにしても、流石日本が誇る大和撫子、神喰皇奈さんです。お腹を貫かれた状態でレイパーを倒すなんて、中々できませんよ」
「日本が誇るだなんて、そんな褒めないで。また気分が『Holy』になっちゃうわ」
「あはは!」
再び笑いあう二人に、優は愛想笑いしか出来ない。アメリカンジョークというやつは分からないというのが、優の正直な感想だった。
なお、雅の中にいるカレン・メリアリカなんて大笑いしている。実体があれば、腹を抱えているだろうというくらいだ。アメリカンジョークが余程ツボに嵌ったらしい。
神喰皇奈。
黒髪ポニーテールのナイスバディな三十五歳。目尻が柔らかく、とても強そうには見えないのだが、そこは『人を見た目で判断するな』というところか。
実は彼女は、日本でもトップクラスに強い大和撫子なのだ。これまで千五百体以上ものレイパーを倒しており、彼女が本格的に戦えるようになったのは十歳の頃のため、単純計算で一年に六十体程倒していることになる。
雅が異世界に飛ばされてから今日まで一年弱。それまでに倒したレイパーは四十体程であること考えれば、これがどれだけとんでもない数字か分かるだろう。
「いやぁ、それにしても、まさか皇奈さんがいらっしゃるとは思ってもみませんでした。普段は海外で活動されていますから」
「外務省に勤めていらっしゃるんですよね? でも、やっていることは警察に近いそうですけど……」
「活動場所が海外だから、警察庁だとどうしても面倒な縛りがあるの。仕事の中身は、ミス相模原の言う通り、警察みたいなものよ。――日本から海外に逃げたレイパーや、逆に海外から日本国内に入ってきたレイパーを仕留める。それがミーの仕事よ」
しかし……と言葉を切って、皇奈は別の方向を見た。――丁度、雅の祖母、麗の部屋の方を。
「今回は、特別な要請があったの。レイパーを、輪廻転生させる存在。ランドカテゴリの、あの超巨大なレイパーの討伐を、ね。聞いた時は信じられない話だったけど……。ミス束音、お手柄だったわ」
「みーちゃんにそんな言葉を掛けてくれるの、神喰さんくらいですよ」
優は皇奈の言葉に溜息を吐き、彼女と同じ方向を見た。
ラージ級ランド種レイパーを封印している杭を調べに、色んな人達が束音家に押し寄せている。今も、麗の部屋は少しばかり騒がしいし、人の出入りも激しい。これでも新潟県警の人やセリスティア達が側で見張っているからこれで済んでいる。その前は、リビングでさえ、落ち着ける空間ではなかったくらい煩かった。
そして誰もかれも、最初に来た際に社交辞令的に雅に挨拶した後は、さっさと杭を見にいってしまう。その後は、雅の顔を見に来ることはない。無断で束音家に上がり込み、勝手に去るのだ。彼らの興味は、雅ではなく杭なのだから、そんな態度にもなろう。
来る人来る人がこんななので、ペグ等は嫌がって、なんとファムにリードを握らせて散歩に出ていった始末だ。
しかしそんな中で、皇奈だけは違った。彼女も杭を調べにきているのだが、来た時と帰る前は、必ず雅達と世間話をしてくれる。
皇奈に対しては――アメリカンジョークはともかくとして――優はかなり好印象を持っていた。
雅など、言わずもがな。女性ってだけでも充分なのに、抜群のプロポーションときたものだ。胸元を見て、「これが世界レベルか……サイズが桁違いです」と呟いて、優に拳骨を喰らってしまったレベルである。
「そう言えば、神喰さんは、私の両親と何か色々話し込んでいましたよね? 転移装置がどうとかこうとか。何の話をされていたんですか?」
「ん? あぁ、オフィサー相模原達とは、あのレイパーをどうやって倒すかって作戦を立てていたのよ。彼が、中々良い案を出してくれたの。それを元に、詳しい計画を練っているってわけ。もう少しで詰められるから、そうしたら二人も教えてもらえると思うわ」
「そっか……そこまで話が進んでいるって聞くと、奴と戦うのも、本当にいよいよって感じがしてきますね」
【気合、入れないとね】
カレンの言葉に、雅は拳を固め、心の中で頷いた。
と、そんなことを話していた時。
ピン……ポーン……。
束音家に響く、くぐもったチャイムの音。呼び鈴が壊れており、こんな音しか出ないのだが、それを聞いた雅と優は目を丸くする。
色んな人がここに来ているが、今この状況の束音家に、律儀にチャイムを鳴らす人がいることに、驚いたのだ。
「……誰だろう?」
「ちょっと見てきますね。失礼します」
皇奈に一言断りを入れ、雅はリビングを出て――
「やぁ、久しぶり。……突然ごめんね? 私のこと、覚えてる?」
「あ、あなたは……!」
アングリと口を開ける雅。
そこにいたのは、思ってもみない人物だったから。
百七十センチ以上はある長身に、肩口で切りそろえられた金髪の髪の女性。
そして――人と比べて、明らかに長い耳。
首から星型のブローチを掛けた、その女性は――
「カリッサさんっ? なんでここにっ?」
「あぁ、良かった。私のこと、ちゃんと覚えていてくれて」
カリッサ・クルルハプト。
以前、雅達がオートザギアに滞在し、ハプトギア大森林でコートマル鉱石を探す際に出会った彼女が、雅の言葉にホッと胸を撫で下ろすのだった。
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