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ヤバい奴が異世界からやってきました  作者: Puney Loran Seapon
第49章 アサミコーポレーション
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第440話『小手』

 二月十二日火曜日。午前十時二十分。


 ライナとラティアは、再びアサミコーポレーションに来ていた。――浅見杏から、呼び出されたからである。


 鬼灯淡への復讐を阻止され、自首することになった杏。しかしあの後、鬼灯淡が被害届を出さなかったことや、辛うじて彼女に危害を加える前に優一達が駆け付けたこと等の要因が重なり、不起訴処分ということになったのだ。


「アンズさん、話があるって言っていたけど、どうしたんだろう? もしかすると、長い時間になるらしいって言われたけど」


 ライナに手を引かれ、入口まで歩きながら、ラティアはそう尋ねる。彼女の顔には、少し緊張の色が浮かんでいた。以前の、あの張り詰めた雰囲気の中での打ち合わせの記憶があるからだろう。


「うーん……分かんない。でも、マグナ・エンプレスの小手を持ってきて欲しいって言っていたから、何かあるのかな?」


 ライナが、手に持っていたアタッシュケース――先日、杏から渡されたものだ――を見ながら、首を傾げる。


「でも、驚いた。アンズさん、まだ社長を続けられるんだね。てっきり、辞めないといけないのかと思ったんだけど……」

「辞めるつもりではあったみたいだけど、ユカリさん曰く、社員の人達が強く止めたらしいよ。辞められると困るって。……話には聞いていたけど、社長としての手腕は、本当に凄いみたい」


 社員が何人も辞めていたアサミコーポレーション。しかし、全員が全員、杏を見限ったわけではないのだろう。


 荒れていた時期は多かったが、今はもう、落ち着いているはずだ。業績が回復する日も、そこまで遠く無いだろう。


 すると、


「ライナさんにラティアちゃん! いらっしゃい!」

「あ、ユカリお姉さん!」


 入口の方から、瀬郷由香里が、二人に向かって手招きをしていた。やって来たライナ達が見えたので、出迎えに来たのだ。


 杏の共犯として、病院のセキュリティシステムに細工した由香里。杏の命令であり、主犯では無かったからか、彼女も不起訴処分になっていた。


「ご足労頂いちゃって、ごめんなさい。本当はこちらから出向くのが筋だと思ったんだけど、理由があって……。今、社長室の方へ案内するわね」

「ありがとうございます。急に来て欲しいって言われて、ビックリしちゃいました。……あれから、どうですか? その、色々と……」

「うん。会社、辞めないといけないかなって思ったんだけど……意外と、部の人達も普通に受け入れてくれて……杏社長が、『自分が命令して無理矢理やらせた』って言ってくれたみたい」


 上からの圧力で仕方なく、ということになったのだと、由香里は言う。


「……実際には、そうじゃないんだけどね。私、半分くらいは自分の意思で手伝ったみたいなものだし」

「ユカリさん、動機のところについては自分から話をしていないんですよね? ユウイチさん――私達と一緒にいた、あの刑事さんですけど、彼がそう教えてくれました」

「うん。……正直、自分でもよく分からないんだ」


 由香里は自分の顎に手を添えてそう言いながら、小さく頷く。


「四葉ちゃんを殺した犯人が許せないっていうのはあったんだけど、でも何というか……多分、そればかりじゃ無かったんだと思う。私、結構長いことこの会社に勤めているの。それこそ先代の一護さんが社長をしていた時から」

「イチゴさん……あっ、確か、ヨツバお姉ちゃんのお父さん?」

「そうそう。だから、知ってるんだ。一護さんが病気で亡くなって、杏社長がどれだけ悲しんだか。それでその後、四葉ちゃんの妹……娘の黒葉ちゃんがレイパーに殺されたでしょう? あの時も杏さん、酷く憔悴していて……その後は、四葉ちゃんも……」

「…………」

「私、もう見ていられなくて。杏社長の家族、みんなもう死んじゃっているから……何かしてあげたくて。最近の杏社長、もう本当に辛そうで――」

「ユ、ユカリさん……、もう、大丈夫。無理しないでください」


 段々と、声が苦しいものへと変わっていく由香里が見ていられなくなって、慌てて止めるライナ。


 しかし、由香里は「大丈夫」と首を横に振る。


「でも、なんていうか……私、多分杏社長に、復讐とかして欲しいって思っていたわけでも無かったのかもしれない。手伝っておいて、こんなこと言うのも変なんだけど……」


 あのまま放っておけば、杏は家族を失った辛さに潰されそうで、それだけは何とかしてやりたかった由香里。


 考えた末に、杏の復讐を、途中までは手伝うことにしたのである。せめて、淡と二人だけの状態で話をさせてやりたかった。……怒りをぶつける機会くらい、作ってやりたかったのだ。ただ、彼女が今言った通り、怒りに任せて淡を殺してしまうような未来には抵抗があった。


 だからこそ、警察に話を聞かれた時は、セキュリティに細工した件だけは正直に話したのだ。――優一達が、杏が淡を殺してしまう前に、彼女を止めてくれることを願って。


「途中で挫けそうになって、ライナさんに教えようかとも思ったんだけど……ごめんなさい。大変なことに巻き込ませちゃって。――さ、どうぞ」


 由香里は社長室の扉をノックしてから開き、二人に中へ入るよう促す。


 そこには、いた。


 あの時とは違い、今度はきちんと二人に向かって会釈をする、浅見杏が。




 ***




「ご足労頂いて、悪かったわね。どうしても、ここでないと出来ないことがあって」


 杏は、ソファの方に手を向けながらそう言う。彼女の声は、少しばかり柔らかい。今回は、前のように緊張せずに済みそうだと、ライナもラティアもホッとした。


「話は、大きく分けて二つよ」


 由香里がお茶を入れ始めるのを横目に、杏がそう切り出す。


「まずは今回の事件、あなた達二人を利用したこと……本当に、申し訳ないことをしたわ。ごめんなさい」


 杏はそう言って、深々と頭を下げる。


「警察には話したのだけれど、あなた達には私の口からきちんと説明しようと思うの。……どうして、鬼灯淡に復讐しようとしたのか。あなた達を利用しようと思ったのは、何故か」


 杏の言葉に無言で頷く、ライナとラティア。


 杏は続けようとするが、上手く言葉が出てこない。話をすべきだと分かってはいても、心が二の足を踏んでしまう。……これから話をすることは、杏にとっても、辛いことだから。


 だが横から、由香里の淹れたお茶が差し出された。彼女の目が、伝えてくる。「社長、頑張れ」と。


 杏は、尻込みする自分ごと、お茶を少しだけ飲んでから、再び口を開いた。


「本当は、復讐なんてしないつもりだったわ。復讐に心を奪われて、四葉には大変なことをさせてしまったから。……心が『鬼灯淡を殺せ』と願っていても、どこか冷静な自分が、何とか宥めてくれていた。彼女を許すことは出来なくても、この苦しさは時間が解決してくれるはずだって。……だけど」


 杏はギュッと、拳を握りしめ、唇を噛む。


「……先週の金曜日、私は新潟市の方に用があって、中央区にいたの。そしたら、亡霊レイパーが大量発生する、あの事件が起きて……」

「っ! まさか、アンズさん……!」

「ええ。見てしまったのよ。あの子――四葉を」


 ネクロマンサー種レイパーが、雅の記憶から亡霊という形で呼び寄せてしまった、四葉。


 杏は、偶然にも彼女を見てしまったのだ。


 ライナの隣で、ラティアもブルリと体を震わせる。


「……膝から、崩れ落ちたわ。自分の中にいたはずの『冷静な私』が、その瞬間に消えていった。そこからよ。鬼灯淡への復讐を実行しようとしたのは」


 そして良いタイミングで、偶然にも警察の方からアサミコーポレーションに、マグナ・エンプレスの小手を貸して欲しいという依頼が入ってきた。


「絶好のチャンスだと思ったわ。初対面の警察相手だと、交渉が難航しそうだったから、見知った相手――ライナさんとラティアさんを、ここに呼ぶよう仕向けたの。交渉に有利なカードがこちらにあるから、そこは受け入れてもらえると踏んだわ」


 言いながら、杏の目がラティアに向けられる。


 交渉をするだけなら、ライナだけで良かった。わざわざラティアまで呼んだのは……また別の理由があった。


「本当は、ミヤビさんも来る予定でした。でも、アンズさんの方から断られたと聞いています。ミヤビさんではなく私を呼んだのは、ミヤビさんだと、復讐の計画に気づかれそうだと思ったからですか?」


 一般人の雅と、ヒドゥン・バスターであるライナ。どちらも、杏と面識がある。普通なら、ライナではなく雅を選ぶはずだが――そうしなかった理由は予想出来たが――、ライナを選んだ理由を、ライナは杏の口から聞きたかった。


「ええ。四葉から聞いていたのよ。雅さんは、女性の機敏に鋭い子だって。こちらのペースも狂わされてしまいそうだったし、流石に警戒しておこうと思って。……それに、前に取り乱してしまったところを彼女に見られているし、気まずいというのもあったわ。勿論ライナさんも、こっちの世界でいうところの公安警察のような職業に就いているというのは知っていたから、警戒はしていたのだけど」


 そう言われ、ライナは苦い顔で頬を掻く。実際、ライナは杏の企みに気づけなかった。悔しさと後悔、そして納得の混じった言いようのない感情の表現が分からず、文句の言葉も出てこない。


「後はあなた達とやりとりして、何とか面会を……。私としては、警察さえ自分に引き付けられれば、後は瀬郷に何とかしてもらうつもりだった。最初に高い要求を吹っ掛ければ、その辺りの結論に着地すると思って……」

「……まんまと、思い通りに動かされたわけですか。私もまだまだです」

「本当に、ごめんなさい」


 再び、深く頭を下げる杏。横にいた由香里も、一緒に頭を下げる。


 ここまで正直に話されては怒る気にもなれないと、ライナはお茶を飲み干し、溜息と一緒に口の中に籠った熱を吐き出した。


 すると、それまで黙って話を聞いていたラティアが、ゆっくりと口を開く。


「……ヨツバお姉ちゃんが、前に言っていました。『私みたいに、復讐に捕らわれないで』って。アワイさんを恨まないであげてって。苦しくて辛くてもどかしいけど……私、ヨツバお姉ちゃんと、そう約束しました」

「…………」

「きっと……きっとそれは、アンズさんにも言っていたはずだと思います。アンズさんがその場にいたら、きっとヨツバお姉ちゃんは、私に言ってくれたことと同じ言葉を、アンズさんにも掛けていた。だから、復讐も憎しみも、私は皆に、もうここで終わらせて欲しいって願ってます。今はまだ難しいかもしれない。綺麗事だっていうのも、分かってる。……だけど――」

「……ええ。分かっているわ。あの子もとんだお人よしよ。自分を殺した相手を助けてやってほしいだなんて」


 四葉から、直に遺言を託されたこの少女にこう言われては、頷かざるを得ない。


 困ったものだと、杏は溜息を吐く。


 それにしても、


(――四葉が言っていたけど、こうして会ってみると、あなたはどこか、黒葉に似ているわ)


 ……杏が、わざわざラティアまで交渉の場に呼んだのは、何か企みがあったわけではない。ただ単に、会いたかったのだ。


「……長くなっちゃったわね。この話は、ここで終わりにしましょう。もう一つの話があるわけだし」

「そう言えば、二つあるって仰っていましたね。……もしかして、マグナ・エンプレスのことですか?」


 ライナが、アタッシュケースを見ながらそう聞くと、杏は頷く。


 そして、




「警察の人達を油断させるために渡してしまったのだけれど……実は使うためには、少し調整と訓練が必要なのよ。――ラティアさんが装着するために、ね」




 驚きの声を上げる、ライナとラティア。それ程までに、今の杏の発言は衝撃的だった。


「わ、私が使うんですかっ? 他の大和撫子の人とか、バスターの人が使うんじゃ……」

「いえ、ラティアさんしか使えないの。ほらあなた、一度これを装着しているでしょう?」

「は、はい、確かに使ったことはありますけど……」


 鬼灯淡を止めるため、ラティアは一度だけ、マグナ・エンプレスの小手を装着し、奇襲を仕掛けたことがあった。それが切っ掛けで、雅は何とか彼女をお面から解放出来たのだ。


 杏とラティアが話しているのは、その時のことである。


「マグナ・エンプレスは強力過ぎて、若さと強靭さを備えた人間でないと、アーツが暴走して危険なのよ。だから安全のため、生体認証登録の機能が備わっているわ。四葉以外が、使えないように」


 しかし、マグナ・エンプレスは壊れてしまった。その時に、登録情報も失われてしまったのだ。するとどういう訳か、登録が次に使った者――つまりはラティア・ゴルドウェイブに上書きされてしまったのだと、杏は続ける。


「原因は不明だけど、もうリセットも出来なくて……だからラティアさんしか、もう使えないのよ」

「で、でも私、全然戦えない……。マグナ・エンプレスって、四葉お姉ちゃんくらい強くないと、使えないんでしょう?」

()()()、ね。全身に装着するタイプのアーツは、そういった問題点がどうしても出てくるのだけど、小手だけなら話は別よ。普通のアーツと同じで、誰にでも使える」


 そして、その改造は、既に施されている。マグナ・エンプレス拝借の依頼が来た直後に、杏が開発部に命じて改良させていたのだ。


「……もし、この小手を使うのなら、私はラティアさんに使って欲しい。きっと、四葉もそう言うわ」

「アンズさん……」


 ラティアは眼を震わせ、杏から、アタッシュケースの方へ視線を動かす。


 ゴクリと唾を飲み込んだラティア。――迷っているのだろう。小手とは言え、自分が、果たしてマグナ・エンプレスを使ってもよいのか。使いこなせるのか。


 しかし、


「……護身用のアーツだけじゃ、皆を守り切れないって分かっていた」


 思い出すのは、自分が大盾で、必死に堪えるだけの自分の姿。


 結局、今のラティアというのは、助けが来るのを待つことしか出来ない。ノースベルグで女性を庇った時も、キャピタリークでユリスを守った時も、束音家でネクロマンサー種レイパーからライナを助けようとした時も。


 今のラティアには、力が無い。だが何かをしようとするのなら、誰かを助けようとするのなら……力が必要だ。


「私、使います。戦うのって苦手だけど……でも……!」

「ラティアちゃん……」

「……よし、なら後は、出力等の調整をするだけよ。こればかりはラティアさん自身に使ってもらわないといけない。だから今日、わざわざここにお越し頂いたの。――瀬郷、準備は?」

「ええ、今終わったと、開発部から連絡が来ました」

「そう。じゃあ、訓練場へ行くわよ」


 そう言って、杏は社長室の扉を開けるのだった。

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