季節イベント『姉妹』
今回は二本立て!
そして本日で『ヤバい奴が異世界からやってきました』も四周年突破です!
「カレンさんって、ずっと私と一緒にいたんですよね?」
【え? 何いきなり?】
ある日の夜。束音家にて。
もう寝ようかという頃に突如発せられた雅の言葉に、彼女の中に存在するカレン・メリアリカはポカンとした声を響かせる。
過去の事件で、死にかけた雅を救うため、命を譲渡したカレン。その意識は、雅の中にある。今更確認するまでも無い話だ。
「いや、ふと気になったんですよ。私とカレンさんって、つまりは双子なのか、姉妹なのかって」
【さっぱり意味が分からないなぁ】
布団に潜りながらそう言った雅に、呑気な声で返すカレン。ベッドに、緑色の毛並みをした猫、ペグが無言で入ってきて大欠伸をする。
「おぅおぅペグ、お眠ちゃんですねぇ。――年齢的には姉妹がぴったりですけど、私と同じ時を過ごしてきたのなら、何だか双子っぽくもないですか?」
【どう考えても、ギリ姉妹じゃない? 双子はちょっと】
「顔も似ているじゃないですか。っていうか、双子はちょっとって何ですか」
髪こそ、カレンが雅の中に宿ったことで同じ桃色に変化したのだが、それ以外にも目元や口元等の顔の作り、髪の癖の感じ等も似ている雅とカレン。
世界には自分に似た人が三人はいるという言葉がある。雅とカレンは、複雑な事情を抜きにしても、それに当てはまるだろう。雅としては、双子の方がしっくりきた。
最も、
【私の方が年上だっていうのは、紛れもない事実だしねー。お姉ちゃん風を吹かせたいっていうか、なんというかって感じだよ】
「カレンお姉ちゃんって呼ぶのも、それはそれで魅力的なんですがねー。一杯甘えさせてくれます?」
【私がお姉ちゃんなら、きっとそれはもう厳しい姉だと思うよ。私には見える。厳格な雰囲気を纏い、妹から尊敬と羨望の眼差しを向けられる、自分の姿が!】
「いえ、全然イメージ出来ませんって」
ケラケラ笑いながら、雅は部屋の電気を消して、目を閉じる――
***
「――ゃん! ――えちゃん!」
「……んぅ?」
心地良い眠りを妨げるような光の感覚と、煩いながらも決して悪くない聞き心地の声が、微睡む意識を遠くから手繰り寄せてくる。
「お姉ちゃん! 朝だよ!」
「……ふぇ?」
ぼんやりとした視界がはっきりしてきた瞬間、目の前で自分を揺する少女を見て、カレン・メリアリカは一気に覚醒する。
桃色のボブカットに、ムスカリ型のヘアピン。そう、彼女は――
「ミ、ミヤビっ? えっ? どういうことっ?」
束音雅……自分が中にいるはずの彼女が、そこにいた。
雅はカレンの言葉に、ちょっぴり口を尖らせる。
「もう! お姉ちゃんがお寝坊さんだから、起こしにきたんじゃん!」
「えっ? ええっ?」
慌てて周りを見渡し、気付く。
古ぼけた壁紙、ちょっとヨレヨレになったベッド。――そして何より、綺麗に手入れされたヴァイオリンの道具達。
間違いなく、ここはキャピタリークにあるカレンの家……メリアリカ楽器店だった。
「えっ? いや私、ミヤビの部屋に……いや、そんなことよりも……」
「まだ寝ぼけているの? 朝ごはん、もう用意出来てるからね。ほら、早く早く」
「あわわっ?」
半ば強引に掛布団を引き剥がされ、部屋から連れ出されるカレン。
雅が作った美味しい朝ごはんを一緒に食べ、顔を洗わされ、身支度している内に、カレンの頭も段々と回ってきた。
(あー、こりゃ夢か)
明晰夢、というやつだろうか。夢を夢と認識すると、夢の中で自由に動き回れるという、あれである。体もどこかふわふわと浮遊している感じがあり――夢にしてはやたらはっきりとしているのが気になるが――カレンはそう確信した。
この夢の中では、一体となっていた雅とカレンが分離し、それぞれ一人の個人として存在している。そしてどうやら今の自分と雅の関係は、姉妹であることも理解した。雅の名前は何故か、束音雅のままではあるが。
「お姉ちゃん、もう着替え終わった?」
「あー、もうちょっと」
「まだー? 後十分で、お店開けないといけないんだからね!」
「ごめんごめん!」
これから楽器店の仕事。着替えにモタついていたら、部屋の外にいる雅に怒られてしまった。女性相手に甘い雅に、だ。中々に心にくるものがある。
が、それにしても――
(ミヤビのタメ口……。聞くの、懐かしいな)
普段は誰にでも丁寧語な雅だが、家族に対しては当然ながら別。麗が亡くなってからは、彼女が誰かにタメ口で接するところを見るのは、もう随分とご無沙汰だ。
「お姉ちゃん! 早く! もうお客さん、二人くらい来ているよ!」
「えっ、マジっ? ちょ、ま、今行く!」
店員用のエプロンを着けながら、カレンは部屋を飛び出るのだった。
……そして、一時間後。
「あの、すみません。これ、十枚くらい欲しいんですが、在庫ってまだありますか?」
十代くらいの女性客が、カレンにそう尋ねてくる。見せてきたのは、楽器の内部の水分を拭きとるために使う、スワブという布だ。
「ええ、これなら確か在庫は――」
「あ、ちょっと待ってお姉ちゃん!」
カレンがお客さんの言葉に適当に頷いていると、雅がストップをかける。
「お客様、スワブですが、楽器によって、使うものが違うんです。大きさとかが色々あって。もしかして、誰かに買ってきてって頼まれたりしました?」
「ええっ? そうなんですかっ? え、ええ、実はパシらされて……」
「あれ、知らなかった? ――あだっ」
カレンが思わず若干失礼なことを口走った刹那、脇腹に雅の指が抉り込む。
あの体の中を貫いていくような独特な感触にカレンが悶絶している中、雅がお客さんに、どんな楽器を使っているのか等を聞き、適切なものを選んでいく。
「危うく先輩達に怒られるところだった……。本当に助かりました。ありがとう!」
そう言って、女性客は笑顔で店を出ていった。
その背中を見ながら、カレンは口を開く。
「よく気付いたね」
「一度に買うにしては、枚数が多かったしね。指のタコとかも柔らかそうで、若い人だったし、言葉のイントネーションとか顔付きがアランベルグの人っぽかったから、もしかして楽器を触り始めたばかりの学生さんかなって。きっとこっちに留学してきて、部活で始めたんだろうなって思ったら、当たってた。――でも、喜んで頂けて良かった」
「……流石ミヤビ」
夢の中でも、こういうところは流石だと、カレンは舌を巻く。
そして、その後も仕事を続けていたのだが――
「なんか今日お客さん多くない? 開店前からお客さんも並んでいたみたいだし」
ひっきりなしにやって来るお客さんに、休む暇がない。これはおかしいと、流石にカレンは思う。
だが、
「え? いつも通りだよ?」
自分が店員をやっていた時は、もっと閑古鳥が鳴いていたはず……そう思って聞いたのだが、雅は頭に『?』を浮かべていた。どうやら、この夢の中では、メリアリカ楽器店はそれなりに繁盛しているようだ。
扱っている商品は大して変わりが無いから、夢と現実のこの差はまんま、雅の有無ということだろう。実際、雅の接客は実に的確だ。
……本来なら、ここで雅に嫉妬なり悔しさなりを覚えるべきなのだろうが、
「……ま、いっか」
カレンは苦笑いを浮かべながらも、そう呟くのだった。
――その後、閉店時刻が過ぎた後。
「じゃ、着替えたら出ようか」
「えっ? どこに?」
店じまいし、後は休むだけ――そう思っていたカレンがそう聞くと、雅が眉を顰める。
「お店終わったら、アングレーさんと夕飯一緒に食べる約束していたでしょ? 忘れたの?」
「えっ? あぁ、いや、今思い出した! ごめんごめん!」
この夢の中では、どうやらそういう予定らしい。
しかし、カレンは内心でチクリと胸が痛む。……夢の中とは言え、アングレーは今、何をしているのだろう。自分とは一体、どんな関係なのだろう。そう思わずにはいられない。
期待半分、不安半分……カレンは、そんな気持ちだった。
***
「全く、あなたは本当に、妹におんぶにだっこなんだから」
(よ、良かった……)
目の前でやれやれと溜息を吐く、ブロンドの髪をした切れ長の眼の女性を見て、カレンは一人、ホッと胸を撫で下ろす。
夢だから都合よく出来ているのか。
幸いにも、カレンの親友の、アングレー・カームリアは、カレンの記憶そのままの人物だった。以前のように、きちんとバスターもやっている。今日は一人、食い逃げ犯をひっとらえたらしい。
三人は今、キャピタリークにある、服装指定があるくらいには良いレストランに来ていた。アングレーが張り切って予約してくれたという。
スプーンに乗せられた前菜というものを食し――夢だからか、味がぼやけていたのが極めて残念でならない――次の料理を待つ間、三人は他愛も無い話をしていた。
「もっと言ってやってください、アングレーさん。お姉ちゃんったら、いつになっても一人で起きられないし、ご飯だって作れないんですよ」
「いやー、ギリそんなことないでしょ。確かに三日に二日は寝坊しかけるし、お魚とか焼くと、二回に一回は焦がしちゃうけどさ」
「そういうのを、『一人で起きられないし、ご飯も作れない』って言うのよ」
苦し紛れのカレンの台詞は、全く持って反論の余地がないアングレーの言葉にシャットアウトされてしまう。
ぐぬぬ……と口を尖らせるカレン。
よく考えてみれば、夢ではない現実の、カレンの生活の際も、何かとアングレーに面倒を見てもらっていたような気がする。
しかし、今の自分は雅の姉だ。生活はアレでも、他はどうか。
せめて何か、お姉ちゃんらしい頼り甲斐のあるエピソードの一つでも無かったか、改めて、今日の自分の一日を振り返るが――
(……あー、私、結構な駄目姉だったじゃん。いや、ショックー)
まるで何も思い出せない。こりゃあお手上げだと、カレンは天井を仰ぐ。
「……ちょっと言い過ぎたかも。お姉ちゃんごめん。――でも、今日で二十七歳になったんだし、しっかりしないと」
「…………ん?」
何か聞き捨てならない言葉が聞こえた。
瞬間、カレンは視界の端で捕らえる。ウェイターが、何やら大きなホールケーキを持ってきたのを。
「それじゃ、アングレーさん。あれも来たから――」
「そうだね。――せーのっ」
お誕生日、おめでとう!
雅とアングレーの言葉が、重なる。
刹那、周りから巻き起こる拍手。
「えっ? 誕生日? 私の? ……そうだっけ?」
「全くカレン、君って奴は……。自分の誕生日を忘れる人が、どこにいるの?」
「…………」
自分の誕生日なんて、とうの昔に忘れてしまった。雅の中で生きることになったあの日から、雅の人生が、自分の人生となったのだから。
思考がフリーズする。ウェイターがケーキをテーブルに置く光景が、まるで頭に入ってこない。瞬きさえ忘れてしまったカレンに、雅もアングレーも優しい笑みを浮かべる。
そして、
「じゃあ、はいこれ! プレゼント! 私とアングレーさんから」
「…………っ」
雅が、リボンとラッピングで綺麗に包装された箱を渡してきた。
見ただけで分かる。この包装は、雅が自分でやってくれたものだと。彼女が誰かにプレゼントを渡す光景は、今まで何度も見てきたのだから。
「プレゼントはミヤビちゃんセレクト。悔しいけど、私より全然センスがいいし」
「でも、会場のセッティングはアングレーさん。……こんなに驚いてくれるなんて、思ってなかったけど」
「二人とも……」
「これからも一緒にいてね、お姉ちゃん」
「で、でも私、結構駄目なお姉ちゃんっていうか……いいの? こんなのが、一緒にいて?」
あれだけボコスカ言われた手前、そう聞かずにはいられないカレン。
そんな彼女の質問に、雅は「何言ってるの、もぅ!」とクスクスと笑いながら頷き、
「呑気だし抜けているところもあるけど……でも、今はもう、たった一人の家族だし。いなかったら、きっと凄く寂しいよ」
「――っ」
言葉が見つからないとは、まさにこのこと。
心のどこかで、思っていた。もしかしたら自分は、いらない存在なのではないかと。
雅の両親が亡くなった原因を作ったのは自分で、雅の命さえも、自分のせいで一度は失われたのだ。
前に雅は「気にしない」と言ってくれたし、それが彼女の本心だって分かっている。だがそれでも、不安になってしまうのだ。いずれ、自分を恨む日が来るのではと。体の中に別の人間の意思が存在していることを、気持ち悪く思う日が来るのでは、と。
カレンは理解する。自分がどうして、こんな夢を見ているのかと。
(私、きっと……望んでいたのかな)
これは、ある種の願望か。
雅、そして親友のアングレー。彼女達と共に過ごす日を、カレンは無意識の内に求めていたのだろう。
「二人とも、これ開けてもいい?」
カレンがそう尋ねた、その瞬間。
(あ……れ……?)
雅とアングレーが頷いたその景色が、一気に遠のいていく。微睡む意識。明晰夢が、ただの夢、いやそれ以下のものへと変わっていく。
そして――
***
【……ぅ、ん?】
鳥のさえずりが聞こえてきて、カレンは目を覚ます。
「あ、カレンさん。おはようございます」
【……あー、ミヤビ。おはよ。ふぁぁぁ……】
基本的に規則正しい生活を送る宿主は、カレンよりも少し前に、もう起きていた。雅が視界に時計を映してくれる。時刻は今、午前六時五分だ。
「これから朝食を作ろうと思うので、まだぼんやりとしていてオッケーですよ?」
【……あー、うん。大丈夫】
「あれ、珍しいですね。いつもは『じゃあお言葉に甘えて』って感じなのに」
【……まぁ、ちょっと思うとこがあってさ】
段々と意識がはっきりしてきて、夢での雅とのやりとりも思い出してしまったカレン。
何となく、シャキッとしなければという気分になる。
さて、それはそれとして、だ。
【……うわー】
カレンは思わずそう漏らす。これが漫画とかなら、口からエクトプラズマを吐いているに違いない。
……まさか、もう失ったはずの、カレン・メリアリカとしての人生が夢に出てくるとは、カレンは思ってもみなかった。
なんと未練がましいものかと、カレンは己を恥じる。あんな夢は、望んでしまっているから見てしまうのだ。雅を助けたあの時、あの瞬間、きちんと決めたはずの覚悟が揺らいでいる、何よりの証拠ではないか。
……最も、せめて、プレゼントは何だったのかくらいは知りたかったと思わなくもないとも思ってしまうのはやむなしか。
【ねぇミヤビ。昨日はああ言ったんだけど……私やっぱり、双子の方が良いって思えてきたよ】
「えっ? どうしたんですか急に?」
【いやー……なんかさ、威厳とプライドの何もかもが、姉というポジションだと保てそうに無くって。やっぱ時代は双子。対等な関係万歳!】
「は、はぁ」
突然意見を百八十度ひっくり返した上、何だかよく分からない理屈を捏ね繰り回しだしたカレン。訳が分からないとは、まさにこのこと。雅は頭に『?』を浮かべるより他ない。寝起きで回っていない頭では、尚更である。
思い当たることが何か、推理するならば、
「……カレンさん、もしかして変な夢でも見ました?」
【ご名答! いやー、変な夢だった。……いや夢にしてははっきりとしていた気もするけど】
「気になるじゃないですかー。ちょっと、教えてくださいよ」
【駄目駄目、内緒! 私の高潔且つ荘厳なイメージが崩れるもん! ――あぁ、そうだミヤビ】
「教え――ん? なんですか?」
【……ううん。やっぱ何でもない】
――いつか、自分にもタメ口で接して欲しい。あの夢のように。
一瞬浮かんだその言葉を、カレンは飲み込んだ。
……きっと、その言葉を伝えるべき相手は自分ではない。そしてタメ口で接するべき最初の相手も、自分であるべきではない。何となく、そう思ったから。
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