第433話『壊家』
二月十日、日曜日。午前十時三十二分。
ここは新潟市中央区、紫竹山二丁目。束音雅の家。
やや大きめの一軒家だったこの家は、先日のネクロマンサー種レイパーによる襲撃のせいで、様変わりしていた。
玄関の扉は破壊され、床は抉れ、天井まで罅が入っている始末。
その中でも特にひどいのは、雅の祖母、麗の部屋か。見るも無残な程に、荒れていた。
元々ここには、この世界の広い海にいる、二つに分裂したラージ級ランド種レイパーの片割れを封印している杭が刺さっていた場所。
ネクロマンサー種レイパーは、その杭を抜くために、束音家へと押し入り、その結果――
「……辛うじて、まだ封印の力が施せているって状態ね。ギリギリ、皮一枚のところで繋がっているといって良いわ」
金髪ロングで、白衣のような見た目をした白いローブを纏った女性、ミカエル・アストラムが、苦い顔をしてそう呟く。
ここはリビング。半壊した束音家の中で、なんとか生活出来る場所がここだ。
リビングにいるのは、ミカエルの他に雅、そしてライナ・システィア、相模原優、権志愛、橘真衣華、セリスティア・ファルト、桔梗院希羅々、ファム・パトリオーラの九人。雅の中に存在するカレン・メリアリカも含めれば、十一人か。椅子に座る雅の膝の上には、エメラルドグリーンの毛並みの猫、ペグもいる。
たった今、杭の様子を確認してきたミカエル。その見解を、皆に伝えていたところである。
「抜けたのは、半分くらい。それだけでも、封印の力は大分弱まっているわね。サドの警察からの報告も踏まえると、本来の力の三分の一弱しか出ていないといったところかしら」
「……もう一度、杭を深くまで押し込むのは駄目なんですよね?」
雅が神妙な顔で尋ねると、ミカエルは「ええ」と頷く。
「大きな木を、無理矢理半分くらい地面から引き抜いて、もう一度同じところに戻すようなものなのよ。根がグラついているから、何の意味も無いわ。寧ろ下手に触って、うっかり杭が抜けたりするリスクが大きすぎるし、そもそも人の力で動かせるものでもない。そっとしておくのが現状ではベストよ」
そう言うと、ミカエルは大きく溜息を吐き、続ける。
「あのレイパーは、相当に無理矢理地面から引っこ抜こうとしたようね。見た目じゃ分からないけど、杭自体にも相当ダメージがあったわ。今、ユウカさん達が計算しているけど、もしかするとそう遠くない内に、何もしなくても自然に杭自体が壊れてしまうかも」
「何にせヨ、いつまでもこのまマ、という訳にはいかないんですネ。――それにしてモ」
ツリ目でツーサイドアップの少女、志愛がそう言いながら、後ろを振り返って顔を顰める。
視線を向けた先は……麗の部屋の方。
何やら、やたらと騒がしい。警察関係者の優の両親、優一や優香、優一の部下の冴場伊織、その他警察関係者が今その部屋にいるのだが、実は、家に来ているのはそれだけではない。
ところどころ聞こえてくる、知らない人の声。中には外国語も混じっている。ゆるふわ茶髪ロングの少女、希羅々がそれを聞きながら、フンと鼻を鳴らした。
「全く……ここ、人様の家ですわよ。あんまりバカ騒ぎしていると――」
「どぅどぅ希羅々、落ち着きなって。仕方ないよ、状況が状況だし」
エアリーボブの髪型をした真衣華が、希羅々の背中を優しく擦るが、希羅々は不満そうに唇を噛む。
今回の一件は、新潟県内で収まる話では無い。巨大なレイパーの封印と復活……元々国のトップ層には伝わっていた話だが、こうなった手前、彼らが黙っているはずも無かった。
防衛省所属のレイパー対策本部を始めとし、アメリカやドイツ、中国や韓国、さらにはサウスタリアやイェラニア等の異世界の国々の関係各所が、こぞって束音家に押し寄せてきている。今聞こえてきている声は、その人達のものだ。
「ですが真衣華、そうは言っても、これでは束音さんだって困るではありませんの。家を直そうにも……」
「あぁ、希羅々ちゃん、私は気にしていませんから、大丈夫ですよ。……私の為に怒ってくれて、ありがとうございます」
「……お父さん達が色々交渉して、あんまり変な人達を入れないようにしてくれているみたい。一応、事が事だけに、あの人達も大分気を遣ってくれているみたいではあるよ。……それでも、少し揉めているところもあるみたいだけど」
そう言ったのは、黒髪サイドテールの女の子、優。
志愛と同じ方向に視線を向けており、その声にはどこか隠し切れないイライラが多分に含まれていた。
「……こんな時、レーゼがいてくれたら、何とかしてくれるのかな?」
困った顔でそう呟いたのは、薄紫髪ウェーブの娘、ファムだ。
レーゼは、先日の戦いで大きなダメージを負っており、未だ入院している。意識もあるし命に別状はないが、腕や足の骨に罅が入っており、全快には時間が掛かる見込みだ。今はラティア・ゴルドウェイブが側におり、彼女の話し相手になっていた。
すると、それを聞いていた赤髪ミディアムウルフヘアの女性、セリスティアが、微妙な顔で首を横に振る。
「これに関しちゃ、流石にどうにもなんねーよ。バスターっつー立場上、寧ろ今来ている人らとは上手くやっていかねーとならねぇ。……一応、レーゼにはこのことはまだ伏せておこうぜ。きっと思いつめるだろうし」
「レーゼのせいじゃない、じゃん……。ていうか、誰かのせいってわけでもないし……」
そう呟いたファムの言葉には、あまり力はない。例えそうだとしても、レーゼはやはり気にしそうだというのは、何となく想像がついた。
重くなる空気。
すると、雅が髪に着いたムスカリ型のヘアピンを撫でてから、口を開いた。
「昨日から入れ替わり立ち代わり、色んな人が来ていますよね。今まではこちらだけで対応することを黙認されていましたけど、もうそんな段階じゃないってことなら……もう腹を括るしかない……ですよね」
「えっ?」
「レイパーを輪廻転生させている元凶……あの化け物を、本格的に討伐しないといけないってこと」
雅の言葉に、互いに目を見合わせる一同。
ペグが、少しばかり驚いたように雅を見上げた。
それでも、雅は小さく首を横に振る。
「本当は、もっとちゃんと敵の情報を調べたり、作戦を立てたかったんですけど……もう、そうも言っていられない状況なんでしょう?」
「……そうね。口には出していなかったけど、多分ユウカさん達も、ミヤビちゃんと同じ意見だわ。それに、他国の人達もね。それに、これはまだ内緒にして欲しいんだけど、ブラジルとアルゼンチンは、もう討伐作戦に動いたわ。今活動している方――あいつと、南極の近郊で交戦したのよ」
「えっ? ど、どうなったんですかっ?」
銀髪フォローアイの少女、ライナが目を見開く。そんな彼女に、ミカエルは困ったように目を閉じた。
「それが、全然攻撃が通じなかったようなの。効かなかったんじゃなくて、届かなかったというべきかしら? 奴の周囲には、バリアのように魔力の膜が張られていて、まずはそれを突破しないと駄目そうね。その映像や報告書は、私も見たし、意見も求められたけど、相当に厄介よ。あの膜は、きっともう一段階強くなるわ」
「どういうことですか?」
「分裂した二体が合体したら、さらに強度が増すのよ。今は、半分の魔力だけで膜を張っているけど、合体したら、使える魔力は単純計算で倍になるから。……取り敢えず、今それを攻略するための方法を考えているところよ」
バリアを突破しないことには、討伐も何もあったものではない。なるべく早く見つけてみせるというミカエルの言葉で、一旦は終わりとなったこの話し合い。
――このバリア攻略の糸口は、この数時間後、思わぬところから見つかることとなった。
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