第48章幕間
ネクロマンサー種レイパーが撃破された、その後。二月八日金曜日、午後四時四十四分。
ここは佐渡島の、とある森の中。
普通ならば聞こえないような、何かが激しく砕け、抉れる音が何度も響く。
だがその音に紛れ、聞こえてくるのは……まるで赤子が癇癪を起した時のような喚き声。
「ラ、ラレモエユラヘヅキムゾホレコヒ、ヨボロウデ!」
「ラヲウヘユ!」
鎧を纏った、白と黒の二体のレイパー。『騎士種レイパー』と『侍種レイパー』が、見た目は赤子のような真っ黒い生き物に跪き、許しを請うように何やら叫んでいる。最も、赤子のような生き物……『レイパーの胎児』は、癇癪を収める気配は微塵もない。
レイパーの胎児の前には、折れた杖が置かれている。
T字の形状であるそれは、紛れもなく、ネクロマンサー種レイパーのものだった。
ライナ達がネクロマンサー種レイパーを倒してから、少し後。騎士種レイパーは、人知れず新潟を訪れていた。……ネクロマンサー種レイパーからの定期連絡が、あまりにも来なかったからだ。
途中で気配が消え、嫌な予感を抱きながらも現場に駆けつけてみたところ、これを発見したのである。
人間に殺されたのだということは、すぐに分かった騎士種。
持ち帰り、レイパーの胎児にこれを知らせたところ――こうなったというわけだ。
退治の泣き声に合わせ、辺りの木々は砕け、地面に亀裂が入る。騎士種レイパーと侍種レイパーは、以前カームファリアで大量に女性を斬り殺し、愛理とセリスティアを完膚なきまでに叩きのめした程の実力者だが、レイパーの胎児がこうなっては、嵐が過ぎ去るのを待つが如く、ひれ伏すより他ない。それ程に、レイパーの胎児は強大な力を持っているのだ。
「リ、リリレ! ロタクタルキボ……ッ! ンフンフナラヤトテマアホイラッニ……!」
「ドマキ……ッ! デヲルゾレトンムキユララヒヌモッニラメトボオ……ッ!」
頭を下げながらも、恨みがましくそう吐き捨てる二体。
ネクロマンサー種レイパーが倒されたことを、嘆いているようには見えない。寧ろ、どこか非難するような雰囲気を醸している。
そしてそれは、胎児も同じ。
レイパーの胎児は、ネクロマンサー種レイパーが死んだことを悲しんでいるのではない。レイパーが輪廻転生するための魂を運んでいたあのレイパーが、勝手に殺されたことに怒り狂っているのだ。「あの役立たずめ!」と。
胎児の癇癪は、まだ終わりそうにない。
――夜が明け、騒ぎが収まり……森の惨状に誰かが気付いたのは、その後のこと。
すでに、レイパーの胎児と、騎士種、侍種の三体は、どこかへ姿を消していた。
***
夜が明けた後。午前十時三十分。
ここは、新潟市西区の病院の一室。
「はい、診察終了です。でも、まだ安静にしていてください。――絶対に外には出ないこと。いいですね?」
「は、はい……。心得ております」
ニコニコとした表情を浮かべる看護師だが、その口調には隠し切れぬ怒気が込められており、彼女が病室を出るまで、ミカエルはただひたすらにペコペコとお辞儀するしかない。
看護師がこんな態度をするのには、勿論理由がある。ミカエルが昨晩、勝手に病院を抜け出してしまったのだから。
当然病院は大騒ぎになった。職員の人達はあの吹雪の中、ミカエルを探してあちこち歩き回ったらしい。戻ってきた時は、それはもうこっぴどく叱られた。ミカエルも後悔はしていないが、悪いことをしたとは思っている。
……とは言え、既に病院では要注意人物として扱われている感じもあって、中々に肩身が狭い。そんなことを思っていると、再び病室の扉が開いた。
また看護師の人が来たのか……そう思ってビクンと体を震わせたのだが、来たのはミカエルもよく知った別の人。
「失礼する」
「ミカエルちゃん、体はどう?」
優の両親で警察関係者の、優一と優香だ。
「お見舞い、ありがとうございます。今日は一日安静にしているようにと言われましたが、正直大したことは――ぃっ!」
平気だと言わんばかりに肩をグルグル回しだしたミカエルだが、突如走った激痛に顔を顰める。ミカエルとて、一度レイパーに倒された身。彼女が思った以上に、受けたダメージは大きい。
「あぁ、もう、無理をしないの。全く……ノルンちゃんが見たら、何ていうかしら」
「あぁ、絶対に言わないでください。大説教されてしまいます……」
「む? だが先程パトリオーラ君が、後で彼女に報告しないとなんて言っていたが。今頃、もう報告している頃ではないか?」
「ええっ? ――あぁっ! 来たっ?」
通話の魔法が自分に掛かってくるのを感じ、顔を青褪めさせるミカエル。
出なくても分かる。ノルンの感情が高ぶっている、その気配が。
「ど、どどど……どうしましょうっ? あっ、そうだ! 居留守居留守……!」
「……あ、後で倍、説教されるだけではないか?」
「後のことは後で! 眠っていたと言い訳すれば、多分大丈夫……! あっ、それよりお二人とも、何か話があるのではありませんか?」
平日の忙しい時間に、わざわざ二人で来た以上、お見舞い以上の何かがあるというのは想像が着いたミカエル。頭の中で響く鬼電を意識の外へと押しやりながら、二人に椅子に座るよう、手で促す。
「あぁ、そうそう。状況が切迫しているから、入院中のところ悪いとは思ったんだけど、これを渡しにきたのよ」
そう言って優香が、持っていた自分の鞄から取り出したのは――ネクロマンサー種レイパーの転移魔法封じに使った、あの装置。
優が設置し、戦いが終わった後、優一が回収したのだ。
実はこの装置には、転移魔法を封じる機能の他に、もう一つ別の機能も備わっている。
「上手くいったわ。解析機能、ちゃんと働いた。奴の転移魔法について、科学の面での解析は今やっているの。多分、午後一には終わるはずよ。後は魔法の観点の解析だけど……」
「ふむふむ……よし、こっちもちゃんと機能しています。良かった。これなら、本格的に調べられる」
装置を受け取ったミカエルが、満足そうに頷く。
魔法を直接みれば、大体の魔法構造くらいは分かるものの、ミカエルはそのもっと先――転移魔法の全てを、完全に把握しようとしていた。その力を使えば、新しい武器等に応用できると思ったから。
「急いで調べますね。これなら、ノルンに手伝ってもらえば、すぐに丸裸に出来るはず。早速――」
「あ、待ってミカエルちゃん。今通話は――」
『師匠ぉぉぉぉおっ! やっと出ましたねっ!』
「あぁっ! しまった!」
『ファムから聞きました! 師匠、怪我をしたって、どういうことですかっ? 大丈夫なんですかっ?』
頭の中で響く、ノルンの声。
目を白黒とさせて、てんやわんやになるミカエルに、優香が苦笑いを浮かべる中、
「……あなた、どうかした?」
彼女は、優一が転移対策の装置をジッと見つめ、思案顔になっていることに気づく。
彼は少しの間、考え込むように小さく唸っていたものの、やがて口を開いた。
「いや、今ふと、少し思いついたことがあってな。……あちらが落ち着いたら、少し聞いてもらいたいのだが……」
そう言った優一の視線の先で、ミカエルは無茶をしたことをノルンにこっぴどく叱られ、ペコペコと平謝りをするのだった。
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