第431話『血濡』
「さがみんっ! ファムちゃんっ! ……き、貴様……っ!」
「スヤ、ニマヅオヒラッニ」
ファムと優を下したネクロマンサー種レイパー。雅の怨嗟の声にも動じず、ただ一つ、深く息を吐く。
レイパーは顎を、ファムの方へクイっと動かす。雅に見えるように。
勝手に動いていく、雅の体。ファムの方へと向かっていく。――何をさせようとしているのか、明らかだ。
「……や、やめろっ!」
「トテ、サモタラヤトザカカ、マアホヒニンウホ」
愉快そうにそう呟いた直後。
ふと、レイパーは辺りを見回し――鎌を持つ手に、力を込めた。
気配を感じたのだ。こちらに来る女の気配を。
一人ではない。何人かいる。二人なのか、三人なのか……それを見極める前に、彼女達の姿が、吹雪の向こうに見えてきた。
赤髪の女性に担がれた、銀髪の少女。彼女達は――
「セリスティアさん! ライナさん!」
レーゼ達より後に束音家を出た、セリスティア・ファルトとライナ・システィアだ。
「ヌベモオヌベシナ……」
またか、というように、どこか苛立つ声を上げるレイパー。
どこか気だるげに鎌を振り上げ、何発かエネルギーボールを放ってみるが……セリスティアはそれを簡単に躱しながら、接近してくる。
最も、レイパーに慌てる様子はない。この程度の攻撃で沈むようなら、拍子抜けもいいところだ。これくらい躱してもらわなければ、殺し甲斐が無いというもの。
「ちぃっ! 少し遅かったか!」
セリスティアが、倒れたファムを見て顔を歪める。
その背中から飛び降りるライナ。自らの影から湧き上がるように出現してきた、紫色の鎌型アーツ『ヴァイオラス・デスサイズ』を握りしめ、口を開く。
「セリスティアさん、手筈通り、頼みます」
「……ああ。分かってる。ライナ、そっちもミヤビのこと、頼んだ」
頷いてそう言うと、セリスティアは両手の小手に嵌めた爪型アーツ『アングリウス』を構え、レイパーへと向かっていく。
真夜中に響く、鎌と爪がぶつかり合う甲高い音。
雅が、剣銃両用アーツ『百花繚乱』を握りしめ、レイパーに加勢しに行こうとするが――彼女の前に、ライナが立ちはだかる。
「……セリスティアさんには、あいつを出来るだけ引き付けてもらうようにお願いしてあります。レイパーに、私とミヤビさんの邪魔をされたくなかったので」
「ライナさん……気を付けて下さい。私、手加減出来なくて……。ごめんなさい」
「ええ、分かっています。……前とは、立場が逆ですね」
そう言って、自らの首から下がったロケットを握りしめるライナ。
かつて、まだ世界が融合する前のこと。
天空島で、パラサイト種レイパーに寄生された自分のことを、ミヤビとセリスティアが命懸けで助けてくれた。ライナが言っているのは、その時のことだ。
「私……ミヤビさんみたいに器用じゃないから、上手く出来ないかもしれないけど……」
「…………ライナさん。本当に駄目なら、殺してください。私のこと。……多分あいつ、最後はさがみんやレーゼさん達を、私に殺させるつもりです。今だって、ファムちゃんに私を向かわせて……そんなの耐えられない。だから……」
「…………」
小さく頷くライナ。互いにアーツを構える。
荒れてくる吹雪。凍えるような寒さが、今の二人の頭をスッと冷やしていく。
近くで激しく戦うセリスティアとレイパーの音等、もう聞こえてはいない。
緊張の糸が張り詰める。互いに見ているのは、相手のことのみ。
刹那、地面から湧き上がるように出現する、大量のライナ。『影絵』で創り出した分身だ。
それが一斉に、雅に群がるように襲い掛かる。
だが雅は彼女達を充分に引き付け――体を捻り、強烈な回転斬りを放ち、分身を一掃してしまう。
さらに左の手の平をライナに向け、そこから放つは音符。相手の体に蓄積させ、自身の攻撃を当てた時に体内で炸裂する効果を持ったもの……平たく言えば、雅の攻撃の威力を上げる効果を持っている。
これを蓄積させられた状態で斬撃を受けようものなら、例え『命の護り手』でバリアを張ったとて、人間には到底耐えられないダメージを受けてしまう。
絶対に喰らってはならないと、ライナは慌てて分身を再度創り出し、彼女に代わりに音符を受けてもらう。
が、しかし――
「ライナさんっ! 後ろっ!」
「っ?」
音符は囮。ライナにわざと防がせ、その隙に雅は彼女の背後に回り込んでいた。
そして放たれる、渾身の斬撃。
「ぃっ」
「きゃっ!」
何とか鎌で受けたものの、大きくよろめかされたライナ。顔を顰めた雅が再び手の平を向け、音符を放つ。今度は当てるつもりで。
体勢を崩したライナに、これを躱す手立てはあまりにも少ない。分身を創る暇は無く、何とか体を反らそうとするが――
「っ? しまった!」
自身のアーツ、ヴァイオラス・デスサイズに、音符が命中してしまう。
体にヒットすることだけは防いだものの、これでは次の雅の一撃をアーツで防ぐことも出来ない。もしそんなことをすれば、ライナのアーツは呆気なく木っ端微塵になってしまうのは明白だから。
それを分かっているから、雅は地面を蹴って、勢いよくライナに接近する。横一閃の斬撃を放つために。
だが、その瞬間、
「っ!」
雅の側から飛び出してくる。分身のライナが。
分身は雅に思いっきり抱きつき、ライナへの攻撃を妨害した。
しかしその刹那、誰にも予想外のことが起きる――
「あぁぁぁぁぁぁっ!」
「ミヤビさんっ?」
激しく悲鳴を上げる雅。
一体何が起こったのか――最初こそ分からなかったものの、ライナはすぐに理解する。
折れていたのだ。雅の腕が。完全に、あらぬ方向へと曲がっていた。
無理も無い。雅が発現しているこの『音符の力』は、本来なら三十分で変身が解けるはずなのだ。それが、レイパーの魔法のせいか未だに維持している。……この三十分という時間は、雅の体に大きな負担がかからないための、いわばセーフティ。
かれこれ三時間近くも変身しているのだから、それだけで雅の体は限界を迎えていた。
加えて、気温一桁未満かつ吹雪いているというこんな環境で、特別防寒対策もせずに戦っており、凍傷も発生している有様だ。
そんな体で、常に全力で戦うことを強いられればどうなるか……その結果がこれだ。先程放った斬撃を、ライナに鎌で防がれた際、骨には大きな罅が入っていた。それが今、分身ライナが抱きついたことで、完全に折れてしまったのである。
操られた体でも、耐えがたい激痛。それでも雅の体は、分身ライナのことを突き飛ばそうと動くが、上手く力が入らない。
奥歯を強く噛むライナ。表情には悲痛さと怒りが入り混じる。
そして思った。
――ここしかない、と。
ヴァイオラス・デスサイズを大きく振り上げるライナ。その瞳には、一切のブレは無い。彼女の覚悟を表すかの如く、据わっていた。
夜闇、雲の合間から一瞬顔を覗かせた月。その光で、鎌の刃がギラリと光る。
雅の視界が、捉える。
一切の躊躇も何もない、やるべきことを淡々とやる、まさに感情の一切を排除した、ライナの顔を。
直後――
ザシュ……という、底冷えするような静かな音が鳴る。
直後、鈍い音を立てて落ちるものがあった。
それは――胴体と離れ、眼を虚ろにした束音雅の頭。
ライナは刎ねたのだ。雅の首を。
濡れた刃。雅の首から滴る血。胴体の方の首に着いた黒いチョーカーが、少しばかり血に染まる。雪の絨毯に出来上がる、赤い染み。それらが、はっきりと示す。ライナが、雅を殺したのだと。
刹那、背後で爆音が響く。
振り返ったライナが見たのは、レイパーの放ったエネルギーボールにより、吹っ飛ばされるセリスティアの姿。
レイパーはたった今倒したセリスティアのことを気にも留めず、鎌を振り上げ、ライナに突撃してくる。
折角の操り人形を殺された憎しみをふんだんに込めた声を上げながら。
レイパーとて、誰これ構わず操れるわけでは無い。基本的には死者。それも、ある程度五体満足である死体でなければ、実体のある体は操れないのだ。そう言う意味では、雅というのは非常にレアなものだったのである。
それを奪われたレイパーの怒りは、それはもう凄まじいものだった。
接近してくるレイパーに、ライナは大量の分身を差し向ける。
四方八方から迫る分身ライナ。
瞬間、レイパーは全周に向けて衝撃波を放つ。威力は然程でもないが、耐久性の低い分身ライナくらいなら、一瞬で消滅させられる魔法だ。
そしてそのまま、突っ立つライナへと、レイパーは鎌を振り上げて飛び掛かった――その直後。
レイパーの体に、横からエネルギー弾が直撃する。
吹っ飛ばされるレイパー。
地面に体を打ち付けたネクロマンサー種レイパーは、信じられないという声を漏らす。今までの怒りに、冷や水を掛けられたような、そんな感覚に襲われた。
今命中したのは、桃色のエネルギー弾だったから。この場でこれを放てる人物を、レイパーは一人しか知らない。
まさか――そういう視線を、攻撃が飛んできた方向に向け、もう一度、レイパーは驚愕に体を震わせる。
レイパーを攻撃してきた人物……それは、桃色のボブカットに、ムスカリ型のヘアピン、黒いチョーカー、そして燕尾服を纏った少女――紛れもない、束音雅その人だった。
「ゴ、ゴモト……トヂメホコ、レメニ……?」
レイパーは見ていた。間違いなく、ライナが雅の首を斬り落とした、その瞬間を。あの時、雅は間違いなく死んだはずだ。
それが、今は完全に元通りになっている。刎ねられた首は元に戻り、折れたはずの腕も治っていた。全快した……そう表現するより他ない、そんな光景だった。
しかも自分に攻撃してきたということは、彼女は自分の意思で動けたということでもある。そんなことはあり得ない話だった。
スキル、『超再生』。
レイパーは忘れていた。今はもう、日を跨いでしまっていることを。雅の『共感』のスキルは、同じスキルを一日一度だけしか使えない。だが、雅が最後に『超再生』を使ったのは、もう昨日の話。日付が変わったのなら、また使えるようになっていたのだ。
さらに、驚きに塗れたレイパーは、気付かない。
空から、火炎弾が迫っていたことに。
「ッ?」
それが直撃し、大きく吹っ飛ばされるレイパー。
今度は一体誰が攻撃してきたのか……そう思ったレイパーは、見る。
金髪ロングに、白衣のようなローブを着て、赤い宝石の付いた杖をこちらに向けた女性のことを。ミカエル・アストラムだ。
何故彼女がここにいるのか……レイパーは困惑する。
実は雅が操られたという報告を聞いて、病院を抜け出し、ここまでやって来たのだが……そんなこと、レイパーには知る由も無い。
「ふぅ……間に合って良かったわ!」
「ミカエルさん、ありがとうございます。――下がっていてください。あとはこちらで。あいつは、きっちり始末しますから」
「ラ、ライナさん? これは一体……なんで私、奴のコントロールから抜け出せて……?」
ミカエルが言われた通りに去っていく中、自分の体をあちこち触りながら、雅も困惑の声を上げる。そんな彼女に、ホッとしたような笑みを浮かべ、ライナは口を開いた。
「ミカエルさんに、ミヤビさんに掛けられた魔法の解除をお願いしたんです。上手くいって良かった」
レイパーが雅に掛けた魔法は、複雑なもの。
ミカエルならば解除できるかとも思ったが、事はそう簡単な話では無かった。ミカエルといえど、この魔法に干渉するためには、雅の意識が無い状態で、体の中身に直接、自分の魔力を流し込む必要があったのである。
だからライナは、雅の首を斬り落としたのだ。そうすれば、切り口が露わになるから。
後はライナがレイパーを引き受けている間に、ミカエルが、雅をコントロールしている魔法を完璧に解除したのである。まさか、僅か数秒でやってくれるとは思わなかったが。干渉は難しいが、そこまでいければ、ミカエルクラスの魔法使いならば簡単に解けた魔法だった。
加えて……レイパーの杖。優の放った攻撃で強い衝撃を受けたことで、若干だがレイパーの魔法の力も弱まっていたのだ。
「ミヤビさんも下がっていてください。後は私一人で――」
「いえ、私も戦います! あいつには、返さないといけない借りが山ほどありますから!」
【ミヤビ! 音符の力も、後三分くらい使えそうだよ!】
スキルで身体が治ったお蔭で、少しの間だが、音符の力は雅に力を貸してくれるらしい。
百花繚乱を構え、怒りの視線をレイパーに向ける雅。
レーゼに優、ファム、セリスティア、ミカエルを傷つけ……挙句、四葉とエスカのことまで利用したネクロマンサー種レイパーのことは、最早到底許すことは出来ない存在だ。
ライナも頷くと、ヴァイオラス・デスサイズを構える。
後退るレイパー。流れは完全に、ライナ達の方へと傾いていた。
これは分が悪い……そう思って、レイパーは自分の足元に魔法陣を出現させる。
【しまった! 転移の魔法!】
ここで逃げられるわけにはいかない――そう思った、その時。
「ッ?」
「魔法陣が……?」
レイパーの足元に広がっていた魔法陣が、徐々に薄くなり……スッと消えてしまう。
もう一度魔法陣を出そうとするレイパーだが、結果は同じ。転移魔法は、発動しない。
「……あっ! まさか!」
何が起こったのか理解した雅が、目を輝かせる。
転移封じの装置。
レイパーは、知らなかった。
実は優が、それを使っていたことに。
何故、先に束音家を飛び出した優が、レーゼ達よりもずっと後にここに到着したのか。
それは、優が一度警察署に行き、転移封じの装置を受け取ってから、ここに来たからである。
優がレイパーに狙撃を始めた時にはもう、この装置は発動していた。優香とミカエルで開発したこの転移封じの装置は、起動したら三時間、周囲に一帯に、転移魔法を作る際に使われる魔力を妨害する電波が張り巡らされる。
もうネクロマンサー種レイパーは、逃げることは出来ない。
年貢の納め時だ。
「……あなたは、本当に許されないことをした」
ライナが、静かにレイパーにそう告げる。
「他のレイパーも同じだけど、あなたは特に。死者を操り、私の大事な人を傷つけて――」
「っ?」
【こ、これはまさかっ!】
ライナの足元に出現する、銀色の魔法陣。
その中心に描かれているのは、芍薬。
レイパーが発動させたものではない。奴が作るものよりも神々しく、そしてどこか畏怖すら感じさせるその魔法陣は輝きを強めると――ライナの服装を変えていく。
銀と紫、黒のマーブル模様をしたフード。髪に出現するは、髑髏の髪留め。
そう、これは――
「もう二度と……あなたには生命を扱わせない! その命っ! ここで必ず終わらせますっ!」
まるで死神のような姿へと『変身』したライナは、そう叫ぶのだった。
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