第430話『銃戦』
「トテカタゾッ?」
ネクロマンサー種レイパーがそう叫び、小さなエネルギーボールを放つ。
レーゼを殺そうとした直前、それを邪魔するように飛んできた謎の攻撃。それを放った者へと攻撃するために。
遠くで鳴り響く爆音。
だが、
「……ッ?」
先程とは若干別の方向から、白い弾丸型のエネルギー弾が飛んできて、レイパーの体に直撃する。纏っていたローブにより威力は弱められたが、それでも相当なダメージに、レイパーの体から血が零れた。
三度飛んでくる攻撃。レイパーは大きく跳び退き、レーゼの側から離れる。
その背後から、剣が激しくぶつかる音が近づいてきた。戦っているのは、同じ顔をした二人の少女。桃色の髪をした彼女は、束音雅だ。片方はスキルで創られた分身である。
レイパーが操っている本体の雅の方が戦闘力は上のはずだが、それでもまだ決着が着かない辺り、分身は相当に粘っているようだ。
ネクロマンサー種レイパーは舌打ちをしてから鎌を構えると、本体雅と一緒に分身雅を殺しに向かう――が、
「ッ!」
またしても狙撃が、レイパーの行く手を阻む。
この吹雪の中、狙撃手はこちらの位置を正確に把握しているらしいと知り、レイパーは低く唸った。
そんな中、
【ミヤビ! ユウだ! ユウが来ているよ!】
(ええ! それに……っ!)
飛んできた白いエネルギー弾を見て、カレンと雅が心の中で歓喜の声を上げる。
さらに、雅は偶然にも、視界に捉えていた。
倒れたレーゼへと近づいてくる、仲間の姿に――
***
戦場となった林から、少し離れたところに身を潜める少女が一人。
銃身に様々な花の紋様が描かれた、白いスナイパーライフル型アーツ『ガーデンズ・ガーディア』を構えた彼女は――相模原優。
とある理由から到着が遅れていた彼女が、ようやく戦闘に参加出来た。やって来て最初に目に飛び込んできたのが、骸骨の竜にやられるレーゼの姿だったから、相当に肝を冷やしたものだ。敵が彼女を殺すことを妨害出来たのは、本当にギリギリのタイミングだった。
(よし、奴を何とかレーゼさんから引き離せた。後はみーちゃんを助けるだけ!)
隠れていたところから急いで出て、別の場所へと向かう優。
攻撃したら、狙撃ポイントを変えるのは重要だ。もたもたしていると、敵の反撃が飛んできてしまう。
現に今も、優が先程までいたところにエネルギーボールが直撃した。
(一回攻撃すれば、こっちの位置を把握できるくらいの勘はあるみたいね……。でも、こっちだって負けやしない!)
緑に染まる、優の瞳。
刹那、この悪天候と遠距離の中、浮かび上がるように見えてくる敵の姿。
スキル『エリシター・パーシブ』。遠くにいる敵、見えない敵の位置を把握出来るスキルが、優にネクロマンサー種レイパーの位置を、正確に教えてくれていた。
(幸い、攻撃するまではこっちの居場所は割れない。消せ私、気配を)
レーゼが負けた相手だ。敵にこちらの位置を完全に捕らえられた瞬間に敗北が決まる。
吹雪は辛いが、悪いことばかりではない。雪は音を吸収し、風が感覚を狂わせてくれる。自分の気配……そして、湧き上がる殺気を、全部隠してくれるのだ。
別の場所へと移動した優は、スコープを覗く。
レイパーは辺りを警戒しつつも、本体の雅と一緒になって、分身の雅を攻め立てていた。
レイパーが背中を向けた瞬間――優は引き金を絞る。放たれたエネルギー弾が一直線に飛んでいき、レイパーの背中に命中した。
離れたところからでも聞こえてくる、大きな音。レイパーが大きく吹っ飛ばされたのが、はっきりと見えた。優は深く息を吐く。今のは相当に良い一撃がヒットした。視認していない攻撃の威力を上げる、優のもう一つのスキル『死角強打』の効果も乗ったからだ。
――このまま、一気に押し切る。ライナが雅を殺しにきてしまう前に。
優はそんなことを考えながら、再び別の場所へと移動するのだった。
***
「マ、マヘンムト……!」
優に狙撃され、吹っ飛ばされたネクロマンサー種レイパー。
受けたダメージは再生出来るからどうでも良いが、自分が何かをしようとする度に邪魔されるのは非常に鬱陶しい。一々攻撃してくる場所を変えてくるのも、対処が面倒だ。
ならばと、レイパーは杖を掲げる。
先程倒した少女……レーゼを盾にしていれば、攻撃の手も緩むのではないかと考えたのだ。生きている人間を雅のように操って戦わせることは不可能だが、意識を失っているのなら、物を浮かせたり移動させたりするのと同じように操ることは可能だった。
だが、そこでレイパーは気が付く。
そのレーゼが、どこにもいないことに。
骸骨の竜による魔法攻撃がクリーンヒットした以上、まだ意識が戻るはずはない。
一体どこに消えたと、レイパーが辺りを見回そうとした、その時。
「こっちみろぉぉぉおっ!」
「ッ?」
右から声が轟いたと思ったら、レイパーの顔面に両足蹴りが炸裂する。
「ミヤビっ! 今助けるからねっ!」
「ファムちゃん!」
レイパーに攻撃したのは、薄紫髪ウェーブで、背中から白い翼『シェル・リヴァーティス』を生やした少女……ファム・パトリオーラだった。
レーゼがいないのも、ファムの仕業だ。
レイパーが優の攻撃に気を取られている隙にこっそり近づき、倒れたレーゼを安全なところへと避難させていたのである。
「お前……っ! 絶対に許さないからなっ!」
ファムはネクロマンサー種レイパーに怒りの視線を向けながら、羽根を飛ばす。
狙いはレイパー――ではなく、側にある木。
羽根が命中し、幹が折れ、音を立ててレイパーへと倒れ込んでくる。ファムがそれに向けてさらに羽根を飛ばした。
空中で木っ端微塵になる大木。破片が辺りを舞い、レイパーの視界を埋め尽くした直後。
「喰らえっ!」
「ッ!」
それに紛れるような形でファムがレイパーに接近し、踵落としを叩き込む。
「ファムちゃん! 避けて!」
「させませんっ!」
レイパーに操られた本体の雅が、ライフルモードにした剣銃両用アーツ『百花繚乱』の銃口をファムに向ける。
だがそこからエネルギー弾が放たれる前に、分身雅がアーツに斬撃を叩き込んで、その狙いを逸らした。
「ファムちゃん! こっちは任せて!」
ファムの戦いの邪魔はさせまいと、分身雅は単身、再び本体の雅を止めに行く。
言われるまでもないと、ファムは全く気にすることなく、レイパーに蹴りを決める。レイパーが怯んだところに、さらに羽根で追撃。素早く背後に回り、その背中に頭突きを喰らわせて吹っ飛ばした。
地面に倒れたレイパーだが、すぐに起き上がって鎌を振り、エネルギーボールを乱射。一発一発は小さなものだが、弾幕のように辺りを埋め尽くす程の量を放つ。
だが、ファムは負けない。エネルギー弾同士の僅かな隙間をスイスイ潜り抜けていく。その小さな体に、一発たりとも直撃させない。
しかし――
「ハマモッ!」
ファムに攻撃している最中、レイパーは突如体を捻り、明後日の方に鎌を向ける。
白い弾丸型エネルギー弾が飛んでくるのと、レイパーがエネルギーボールを放つのは同時。
遠くで鳴る爆発音。舌打ちするレイパー。何となくだが、優に直撃していないことは分かった。
それでも、この戦闘の中、必死に隠しているはずの優の殺気や気配を察知したのだろう。彼女の攻撃を見るより先に、レイパーは魔法を放っていたのだから。
このままでは、優に攻撃が命中するのは時間の問題だ。
ならば――と、その様子を側で見た分身雅は賭けに出る。
「さがみぃぃぃぃぃいんっ!」
そう叫び、自らの百花繚乱を投げる分身雅。
優の大体の位置を察しているのは、分身も同じ。自ら武器を失うリスクを受け入れ、全てを彼女に託したのだ。
空中で分解していく、分身雅の百花繚乱。投擲における物理法則を無視して、変形したアーツが優の元へと向かう。
【ミヤビ! 今だよ!】
(ええっ!)
亡霊四葉とエスカの弱点と、同じもの――目の前の相手に、全力で殺しにいかなければならないという縛りだ――を抱えている本体の雅。そこに付け入る隙がある。
分身雅のこの行動を見て、彼女も出来うる限りの行動に出た。
本体の雅が、全力で斬撃を放ったのだ。
分身の雅は一切の防御も回避も試みず、その攻撃を受け入れる。
一見すると、まるで意味のない行動。
だが、それでいい。
分身雅が、この攻撃で消えるのならば――
「きゃあぁぁぁぁぁあっ!」
痛みのフィードバックが返ってきて、しばらく自分は動けなくなる。
これでもう、自分が優の狙撃の邪魔をすることは無い。
ネクロマンサー種レイパーは、ファムが何とかその場に留めている。
ファムも理解していた。分身雅の行動の意味に。
「さが……みん……っ! 今だぁぁぁぁぁあっ!」
合図を送るように叫ぶ雅。
同時に、レイパーがファムに、大きなエネルギーボールを直撃させる。
意識を手放しながら吹っ飛ばされるファム。
そんな彼女を尻目に、レイパーが後ろを振り向き、鎌を構える。
だが、時既に遅し。
遠くでは、もうとっくに終わっている。――優のガーデンズ・ガーディアと、雅の百花繚乱の合体が。
そして放たれていた。合体アーツによる、驚異的な威力のエネルギー弾が。
白と桃色のマーブル模様をした、弾丸型のエネルギー弾。それが一直線に、レイパーへと向かっていた。
レイパーが咄嗟に創り出した、深緑色の防壁。それをぶち破り、勢いを落とすことなくレイパーへと迫る。
しかし――
***
「はぁっ?」
優の、驚愕に塗れた声が漏れる。
スコープには、信じられない光景が映っていた。
渾身のエネルギー弾が命中する直前――レイパーはギリギリのところで体を反らし、それを躱してしまったのだ。
勘か、はたまた別の要因だったのか。……反射的に避けただけという感じではなかった。……実はレイパーが創り出した防壁を破壊した際、若干だが軌道が逸れてしまったのだ。それでまんまと、レイパーは直撃を免れたのである。
最も、完全に避け切れたわけでは無い。レイパーの向けていた鎌には掠っていたのだが……。
スコープの端では、雅が悲痛な叫び声を上げたのだが、優の目には入ってこない。それくらい、嘘のようなことだったのだ。
ガーデンズ・ガーディアに合体していた百花繚乱が、消えていく。分身雅が消えたことで、彼女が使っていたアーツも当然、無くなってしまうからである。
「くっ……!」
完全に百花繚乱が消える前に、もう一発撃つ――そう思って、再び引き金に手を掛けた刹那、
「っ?」
レイパーに操られた雅が、レイパーの盾になるように、レイパーと優の間に割って入る。
合体アーツによる攻撃は強力だ。人間一人が盾になったくらいでは、防ぎきることは出来ない。もしも優がこのまま撃てば、雅を貫通し、レイパーに致命的な一撃を与えられるだろう。
だが、引けない。引き金など、引けるはずもなかった。
一瞬凍り付いた優の体。
だが、少なくともここで、優は大きなミスを犯していた。
最低限、この場所から離れるべきだったのだ。
何故ならば――
「っ? しまったっ!」
優の周りに出現する魔法陣。
そこから、大きく太い触手が出現する。
レイパーは捉えていた。優の位置を。
優は慌ててその場を離れようとするが、間に合わない。
轟音と共に優に叩きつけられる、触手。
遠くで、雅が自分の名前を呼ぶのが、何故か聞こえた直後、
強い衝撃と痛みに襲われ、優は沈むのだった――
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