第429話『鎧閃』
「な、何とか……なっ……た……」
「真衣華っ! ……ぐっ」
亡霊の四葉とエスカが消え去った直後、真衣華の体がグラリと揺れ、変身が解けると同時に地面に倒れ込む。彼女に駆け寄る希羅々も、途中で膝を付いてしまった。
近くでは、志愛も何とか立ってはいるものの、元の制服姿へと戻ってしまっている。
ファムも、肩で大きく息をしており、相当に辛そうな表情をしていた。
先の戦いは苛烈を極め、受けたダメージも大きい。志愛と真衣華の変身は、まだ三十分経っていないが、これ以上は体への負担が大きいと判断されたのか、解除されてしまったのだろう。
「ほラ、肩を貸セ。向こうまで運ぶかラ」
「くっ……面目ありませんわ」
「あ、あはは……ごめん」
志愛も体力は限界に近いが、まだ歩けるくらいの力は残っている。真衣華と希羅々を担ぎ、林の方をチラリと見る。
本当は向こうに助太刀に向かいたかったが、この状態では足手纏いになりかねない。今は安全な場所に避難するしかないことが、余りにも歯がゆかった。
が、しかし――
「……ン? ファム、どうしタ?」
志愛と同じく、林の方を見ていたファムは、その場から動かない。
ファムは少しの間、黙っていたが……やがて、口を開く。
「私、レーゼのこと助けてくる。まだ動けるから。……あっちも大変だろうし。マイカとキララのこと、任せていい?」
「何?」
「……さっきさ、大きな音がした」
「何だっテ? いヤ……気が付かなかったガ……」
だが言われてみれば、そうだった気がしてきた志愛。さっきまではこっちの戦いに集中していたから、あまり気にもしていなかったのだろう。
大きな音がしたということは、向こうで何か強烈な一撃が放たれたということだ。
「なんか、嫌な予感がする。早く行かないと、ヤバいような……だから行ってくる」
「……分かっタ。だけド、無理はするナ。危なくなったラ、すぐニ――」
「ううん。きっちり倒してくるつもり。色々思うこと、あるっていうか……なんていうか……」
「……ファム?」
「ほんとにさ……ミヤビを操って、ヨツバ達のことも私達に倒させて……挙句、あんなヨツバをラティアの前に……ほんと、もう……」
そこで一旦言葉を切り、ファムはギリっと、奥歯を鳴らす。
背中の白い翼、『シェル・リヴァーティス』がはためく。その羽は、少し逆立っていた。
「……私、今本気で頭にきてるんだ。あいつは絶対……絶対に――許さないっ!」
溢れる感情を翼に乗せて、ファムは吹雪の中、勢いよく飛び出した。
後ろから飛んでくる志愛の声を、置き去りにして――。
***
時は、日付が変わる前に遡る。丁度、志愛達が亡霊エスカ達と戦っている頃、林の中で、激しく剣と鎌を打ち合う音が響いていた。
「はぁっ!」
声を張り上げ、剣型アーツ『希望に描く虹』を振るうは、武器と同じく空色をした鎧を纏った青髪ロングの少女、レーゼ。防御用アーツ『命の護り手』による白い光のバリアが、この闇夜の中でレーゼを際立たせる。彼女が剣を振るった跡に残るは、美しき虹だ。
対するは、細身の体にローブを纏った、ヤギの頭蓋骨のような頭部をした『ネクロマンサー種レイパー』。手に持つは杖。T字となった先端の、その両脇から、刃型をした深緑色のエネルギーが現れ、鎌の形状となっている。レイパーはそれを振り回し、レーゼと激しい肉弾戦を繰り広げていた。
離れたところでも、剣戟や銃撃戦の音が響く。雅と、彼女自身がスキルで創り出した分身の雅……その二人が戦っているのだ。
分身の雅の方をチラリと見ながら、レーゼは奥歯を噛み締め、心の中でエールを送る。今、レーゼがレイパーの相手に注力出来ているのは、分身雅が本体の雅を引き付けてくれているからだ。
分身は能力の何もかもが、本体に劣る。本体の雅は音符の力を宿しているからだ。防戦一方に追い込まれているという状態である。それでも何とか喰らいついていた。
分身が頑張ってくれている内に、何としてでもレイパーを倒さねばならない……その想いが、レーゼの動きにキレと焦りの、相反する二つの要素を生み出していた。
レーゼの素早い十字斬りが繰り出され、レイパーが大きく跳び退いてそれを躱す。
レイパーが鎌を振り上げれば、レーゼの周りに現れるは、無数の魔法陣。そこから、鎌の刃と同じく、おどろおどろしい深緑色をした触手が伸びてきた。
そして鎌を振り上げ、レーゼに突進してくるレイパー。触手との連携で、レーゼを追い詰めるつもりなのだろう。
「鬱陶しい!」
苛立った声と共に、群がる無数の触手を斬り伏せるレーゼ。
直後、レイパーが振り下ろしてきた鎌にも、難なく剣で受け止めるレーゼ。
だが――
(ちっ! 意外と重い……っ!)
細身の体からは想像も出来ないパワーに、レーゼは顔を顰める。耐えられない程では全くないが、油断も出来ない威力だ。
レイパーの攻撃はまだ終わらない。レーゼに反撃の隙を与えぬ速度で鎌を振り回し、一気に押し切ろうとしてくる。
レーゼは身に纏う服や鎧の強度を上げる『衣服強化』を使いながら、鎌による斬撃を凌いでいくが、その表情は険しい。スキル、命の護り手によるバリア、そして鎧……この三つの要素を以てしても、敵の攻撃は体の芯に響いてくる、そんな痛みがある。
(こいつ……パワーがあるだけじゃないわね……っ!)
鎧の可動部が作る隙間や、レーゼの防御意識の薄い部分……レイパーはそこを、的確に攻撃してきている。魔法を操るレイパーだが、鎌術の心得もあるらしいと、レーゼは確信した。
最早何度目かも分からぬ、敵の鎌による縦一閃の斬撃。レーゼはアーツを振るい、その軌跡に虹を描き、その攻撃を受ける。
虹に触れ、急に軌道を変える鎌。レイパーの攻撃による狙いは逸れ、敵に大きな隙が生まれる。
そこを見逃さず、レーゼから素早く放たれる横一閃の斬撃。
だが――
「くっ……!」
バックステップで、今の一撃を回避してしまうレイパー。
レイパーはレーゼから大きく距離を取ると、地面に鎌を突き刺す。
その刹那、
「っ?」
レーゼのいる地点から、前後左右の地面に出現する、刃型のエネルギー斬。一つ一つがレーゼの身長の倍程もあり、吹雪を切り裂いてレーゼに襲い掛かる。
地面に大きな傷を作りながら迫るエネルギー斬。その動きは、大地による抵抗を受けているとはとても思えぬ程の速度とスムーズさだ。今のレーゼとて、当たれば、あっという間に細切れになってしまうだろう。
しかし――レーゼの眼が、ギラリと光る。
瞬間、レイパーは信じられないものを見た。
このエネルギー斬を避ける、レーゼの姿だ。彼女の動きには、淀みや無駄は一切ない。纏う鎧は、僅かな音すらも立ない程、鮮やかな回避だった。
レイパーが慌てて鎌を再び地面に突き刺すと、またしてもレーゼの周りに魔法陣が出現し、触手が伸びてくる。
絡めとられる、レーゼの腕。
が、
「はぁっ!」
「ッ?」
レーゼは気迫と腕力だけで、それを引き千切る。
呆気に取られるレイパーへと、レーゼは地面を蹴り、一気に接近し、一閃。
それを鎌の柄で受ける、ネクロマンサー種レイパー。しかしガキンと大きな音と共に、大きく後退らされてしまう。
「…………ふぅ」
細く息を吐く、レーゼ。彼女は持っていた希望に描く虹を、腰の鞘に収める。
そして、何のつもりだと訝しむレイパーに向かって、右手の人差し指をクイっと曲げ伸ばしした。
そんな彼女の目は、雄弁に語っている。「かかってこい」と。
「スヤ……マルモレフウトワ!」
苛立ったようにそう叫び、レーゼに突撃していくレイパー。
激しく振るわれる、鎌の斬撃。
先程と同じように、鎧の隙間や、レーゼの防御意識の薄い部分を狙う――が。
直後に響く、鈍い金属音。レーゼは難なく、そのレイパーの攻撃を小手で受けていた。
上、左右、背後に回り込み……レイパーはあらゆる角度から攻撃を繰り返すが、レーゼはそれらを、小手や足で防御していく。
攻撃のスピードに緩急をつけ、フェイントを織り交ぜてみるも、レーゼの防御は崩せない。
困惑するレイパー。レーゼに、全く隙が無い訳ではない。鎧の隙間、防御の薄いところは、確かにある。だがそれが、すぐに消えてしまうのだ。
剣を鞘に納めた、レーゼの防御集中の構え。攻撃の意識を捨て、相手の動きを『視る』ことに集中することで、レーゼは敵の鎌による乱撃を捌いていた。
「ムッ……マタッ!」
何度も攻撃を防がれ、焦ったレイパー。必然、大きくなる。攻撃のモーションが。鎌が、今までよりも僅かながら、大きく振りかぶられていた。
レーゼが攻撃してこないこともあり、油断が生まれたのだろう。
そしてこの瞬間を、レーゼは見逃さない。
防御に徹していたレーゼは、伺っていたのだ。ネクロマンサー種レイパーの意識が、攻撃することだけに完全に集中するタイミングを。
レイパーが攻撃するより早く、レーゼの手が腰へと伸びる。
滑らかに鞘から抜かれる、希望に描く虹。
「ぜぇぁっ!」
流れるような動作で、美しい虹の軌跡を描きながら、レーゼは放つ。渾身の斬撃を。ネクロマンサー種レイパーの胸元へと。横一閃に。
鋭く、痛々しい音と共に飛び散る、緑の鮮血。
直後に響く、レイパーの苦悶の悲鳴。
レイパーの纏うローブを切り裂き、大きな傷が出来ていた。
だがそんな中で、レーゼは舌打ちを鳴らす。
剣の切っ先、その手応えが教えてくれていた。まだ敵の命を斬ってはいないと。
レーゼが攻撃に移った刹那、危険を察知したレイパーが、一歩後ろに退いていたのだ。僅かに心臓に、刃が届かなかった。あれは紛れもなく、奴の命を繋ぐ一歩だった。
レーゼはさらなる追撃の斬撃を放つが、レイパーは声を上げながら大きく跳び退き、それを躱して彼女から距離をとる。
傷口を手で抑えるレイパー。その手が淡く光を帯び、傷がみるみる内に塞がっていった。ネクロマンサー種レイパーが使える、治癒魔法だ。それなりに強力な回復魔法だが、それでも傷跡はくっきり残っており、それだけ今のレーゼの一撃が強烈だったことを意味していた。
完全には治りきらない傷を見て、レイパーは悟る。……肉弾戦では、この女には敵わないと。
杖から消えていく、刃型のエネルギー。これ以上レーゼと剣戟を繰り広げれば、いずれ死ぬことは明白だった。
だが、レーゼは途端に、顔を険しくする。――ネクロマンサー種レイパーの、ヤギの頭蓋骨のような頭……そこから覗かせる眼が、ギラギラと輝いていたから。
奴は決して諦めたわけではないと、レーゼにははっきりと分かった。
スッと杖を掲げる、レイパー。
三度レーゼの周りに出現する魔法陣。現れるのは勿論、触手だ。
「何度も何度も……っ!」
こんな攻撃は喰らうものかと、剣で斬り伏せるレーゼ。
だが直後、レーゼを囲むように、七つのエネルギーボールが迫る。深緑色のそれは、レイパーの魔法攻撃だ。
回転斬りをするレーゼ。剣の通った跡には虹が描かれる。変身して得た力……この虹に触れたエネルギーボールは、明後日の方向に軌道を変えて飛んでいく。
標的から逸れたエネルギーボールは、辺りの木々や地面にぶつかり、大きく爆発。夥しい量の煙や土塊を撒き散らした。
吹雪の中、悪かった視界は尚更酷くなり――
「っ?」
瞬間、レーゼの足元も爆ぜる。
吹っ飛ばされるレーゼ。何が起こったのか、理解する余裕は無い。
先の触手と、七つのエネルギーボールは囮だった。煙などでレーゼの視界を封じたレイパーは、彼女の足元に大きなエネルギーボールを放ったのである。
派手な爆発に脳を揺らされ、思考を一瞬吹き飛ばされてしまったレーゼ。
そんな彼女の前に、現れる。――レーゼよりも上空、暗い雲と吹雪をかき分けて、
全長十メートル近くもある、巨大な骸骨の竜が。
レーゼを空へと吹っ飛ばした後、レイパーが召喚魔法で創り出した魔物。それが大きな口を開け、彼女へと向かってきていた。
空中では動けないレーゼに、これを避ける術は無い。
戻ってきた僅かな思考で、レーゼは咄嗟にスキルを使いつつ身を強張らせるが、出来るのはそれが精一杯。
「――っ」
レーゼの下半身に喰らいつく、骸骨の竜。その禍々しい程に白い巨体から生み出されるパワーは、『衣服強化』と命の護り手、鎧の三つを以てしても、防ぎきれるものではない。
空で鳴り響く轟音と、レーゼの声にならない悲鳴。
骸骨の竜はレーゼに噛み付いたまま、地面に落下していく。周りの木々は続々と倒れ、大地が爆ぜ、そして出来上がる大きなクレーター。
骸骨の竜が消え、クレーターの中心に倒れるのは、レーゼ。口からは血を零し、美しかった空色の鎧は無残に砕け、全身は傷だらけだ。腕や足は腫れている部分もある。
解けていく変身。残ったのは、ズタボロになったレーゼのみ。
それでも、ネクロマンサー種レイパーは驚いていた。……レーゼは気を失っているだけで、まだ生きていたから。三種の防御が、彼女の命を辛うじて繋ぎとめてくれたのだ。
彼女の手には、希望に描く虹が未だに握られていた。あの一撃をモロに受けてもなお、離さなかったのだ。
「スヤ、ノストラヤトゾ。……ゾボ、カルラヨエゾ」
感心したようにそう呟き、レーゼへと近づいていくレイパー。最後は魔法では無く、自らの手で殺そうと考えているのだろう。
T字の杖の先端、その両脇から再び伸びる、鎌型のエネルギー。
だが、レイパーがそれを振り上げた瞬間、
「ッ?」
横から、顔面スレスレに、白いエネルギー弾が通り抜けた。
レイパーは見る。攻撃が飛んできた方向を。
吹雪の向こうで、ギラリと何かが光るのを。
僅か一瞬。
だが、レイパーの視界は、はっきりと捉えた。
黒髪サイドテールの少女が、ライフルの銃口をこちらに向けている、その姿を。
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