第427話『時待』
空中で変形する、雅の二本の『百花繚乱』。
志愛へと投げられた一本は、刃に対して垂直になるよう、真ん中から縦に割れ。
真衣華へと渡されたもう一本は、薄くスライスされるかのように刃の部分に沿って二つに分かれる。
分解の仕方は違えど、どちらも二つに分裂したアーツは、志愛と真衣華の持つアーツへと、吸い込まれるように向かっていく。放られた際の放物線の軌道や、重力を無視したような動き――それはまるで、強力な磁石のよう。
志愛の持つ棍型アーツ『跳烙印・躍櫛』……その両端にがっちりと嵌り込む、百花繚乱。出来上がるは、まさに大きな矛。
真衣華の持つ片手斧型アーツ『フォートラクス・ヴァーミリア』……その左右に、百花繚乱が、まるで翼のようにくっついた。完成するのは、まさに斧の鳥。
「真衣華ッ! 行くゾッ!」
「う、うんっ!」
合体したアーツを構え、亡霊エスカに突撃しながら、志愛はあらん限りの声で叫ぶ。これこそが志愛の作戦その一。まだ変身が使えず、身体能力で圧倒的に劣る今、亡霊エスカ達に対抗するには、これに頼るしかなかった。
アーツ自身の意志で飛び回れる斧鳥が、志愛を追い越すように亡霊エスカへと飛んでいき、それを追いかけるようにして走る真衣華。
そして、
「ファム! キララ! こっちは私達に任せなさいっ! シアとマイカを頼むわよ!」
「承知しましたわっ!」
「うん!」
レーゼの指示に、希羅々とファムも亡霊エスカと四葉の方へと突撃していく。
剣型アーツ『希望に描く虹』を構えるレーゼ。纏う空色の鎧に雪が落ち、あっという間に溶けていく。
その隣には、『影絵』により創り出された分身雅が立ち並んだ。
二人の前にはだかるは、ネクロマンサー種レイパーと、分身では無い本物の雅。
本体と分身の雅は、顔こそ同じだが、姿は違う。片や桃色の燕尾服を纏い、音符の力を操る雅。対して分身雅は、普通の制服姿。
(……マズいわね)
本当ならば、本体の雅も音符の力を失っているはずだ。変身は三十分しか続かないのだから。なのにまだその姿のままでいるというのは、異常事態である。分身雅が、普段の姿で創られたというのが、何よりの証拠だ。
「レーゼ、さん……っ!」
本体の雅の声も辛そうで、それだけ雅の体に負担が掛かっていることの表れでもある。
ギリっと奥歯を噛み締め、レーゼは睨む。心底愉快で堪らないという雰囲気を隠すこともなく曝け出す、レイパーのことを。
「……これ以上、ミヤビに無茶はさせられない! 行くわよ!」
そう叫んで、レーゼは分身雅と共に、地面を蹴ってレイパーへと立ち向かっていくのだった。
***
轟音と共に、地面が抉れ、土が派手に撒き散らされる。空に浮いた亡霊四葉が左手から放った衝撃波が、大地に激突したのだ。
志愛、真衣華、ファム、希羅々は散り散りになって走ることで直撃を免れていたが、地面に走る強い振動に顔を顰めてしまう。
「権さんっ! 左から来ていますわ!」
「ッ?」
希羅々の警告の言葉で、志愛は気が付く。――亡霊エスカが、すぐ側まで迫っていたことに。
既に、亡霊エスカは腕を振り上げていた。――鋭く伸びた爪による攻撃で、志愛を仕留めるために。
だが、振り下ろされたその一撃が、志愛の命を抉ることはない。甲高い音……志愛の持つ矛が、彼女の攻撃を受け止めていた。
エスカはバックステップして志愛から距離をとると、今度は尻尾を振るう。太く、長い竜の尻尾は、爪と比べて切れ味こそ劣るものの、パワーは圧倒的にこちらの方が上だ。人間の細い体など、簡単に圧し折れてしまうくらいには。
空気を唸らせ、迫る巨大な尻尾。だが志愛は慌てない。素早く前転して尻尾の一撃を掻い潜ると、地面を蹴ってエスカへと一気に接近し、スキルを使いながら矛を突く。
志愛のスキルは、『脚腕変換』。足に加わった衝撃等の力に応じて、腕力を上げる効果を持つスキルだ。
そして志愛と雅の合体アーツは、跳烙印・躍櫛よりも圧倒的に長い。その分、同じパワーで振るっても、こちらの方がより強い力を生み出せる。
この時の志愛の一撃は、普段の突きの六~八倍近い威力……並のレイパーなら、これで決着が着く一撃だ。
亡霊に物理的な攻撃は効かない。だが、亡霊が攻撃している時、そしてそれが終わったほんの僅かコンマ数秒の間は別。今ならまだ、攻撃は通る。
だが、
「何ッ?」
エスカは竜の鱗に覆われた腕をクロスさせ、その一撃を防いでしまう。流石の彼女とて、この一撃の前には吹っ飛ばされてしまうが、それでも防御が間に合ったというのは、それだけエスカの実力の高さが伺える。
……吹っ飛ばされたのも、パワー負けしたからという訳では無く、衝撃を逃がすためにわざとのようだ。
「ッ!」
直後、志愛は気づく。背後から迫る殺気に。
振り返れば、そこには亡霊四葉がいた。体を捻り、回し蹴りを繰り出す、まさにその瞬間というところ。
近くまで接近されており、防御は間に合わない――志愛が身を強張らせた、その刹那。
「させませんわよっ!」
二人の間に素早く割って入って来たのは、希羅々。
亡霊四葉が放った蹴りを、レイピア型アーツ『シュヴァリカ・フルーレ』で上手く受け流す。
「権さんっ! あちらに! 早くっ!」
「ア、あアッ! すまなイッ!」
希羅々が四葉を引き付ける間に、エスカの方へと走っていく志愛。
四葉はそれを追うこと無く、目の前にいる希羅々を攻撃していく。
ソバットのような鋭い蹴りの嵐――希羅々はレイピアを、上手く相手の足の側面に叩きつけて弾いていく。
「くっ……!」
四葉の蹴りの速度は、纏う『マグナ・エンプレス』の肉体強化のせいで、凄まじいものになっている。細剣一本で粘る希羅々だが、徐々に捌ききれなくなった蹴りが、僅かに体を掠ってきてしまい、顔を歪めた。
距離を取ろうと、堪らずバックステップしたのだが――
「しま――ごっ!」
希羅々がバックステップで逃げようとするのは予測出来ていた亡霊四葉。彼女が後ろへ退くタイミングで一気に地面を蹴って接近し、希羅々の懐へと潜りこんで、その腹部に肘打ちを叩きこんだのだ。
肺の中の空気を強制排出させられ、体をくの字に折る希羅々。
必然、下がる頭部。
亡霊四葉は流れるような動作で手を自分の頭の上で組み合わせて、希羅々の後ろの首辺りを目掛けて振り下ろす。生前、四葉が得意としていた攻撃だ。レイパー相手なら兎も角、人間相手にやるには余りにも危険な技だった。
亡霊四葉の瞳が、焦りに歪む。操られた今のこの体では、とても手加減が出来ない。振り下ろした二つの拳は、首……それも、頚椎という極めて危険な部分を狙っていた。
凶悪な一撃が、希羅々に襲い掛かる――その刹那。
消える。希羅々の姿が。
空振る拳に、目を見開く四葉。
空を見上げて、気付く。――真衣華と雅の合体アーツ、斧鳥に掴まり、飛翔する希羅々を。四葉の攻撃が当たる瞬間、合体アーツが希羅々を助けたのだ。
斧鳥にぶら下がり、空を飛び回る希羅々。四葉の左腕が上がり、彼女へと狙いを定め、手の平にエネルギーを集中させていく。衝撃波の構えだ。
高速で動き回る希羅々だが、四葉ならばギリ追えるくらいの速度。
そして、タイミングを見計らって衝撃波を放とうとした時だ。
「四葉ちゃん! ごめんっ!」
死角の方から声が轟き、四葉が顔を向けると――そこには真衣華がいた。一挺のフォートラクス・ヴァーミリアを手に、突撃してきていたのだ。四葉が実体を持つ、この瞬間を狙おうと。
横に一閃、放たれる斧の斬撃。
だが――
「あっ!」
四葉は素早くしゃがみこみ、その一撃をくぐって躱す。
タイミングはギリギリ間に合ったという、絶妙な回避。後僅かに真衣華の攻撃が早ければ――四葉に攻撃するのを、少し躊躇ってしまっていなければ――命中していただろう。
攻撃を空振りした真衣華の勢いは、自力では止められない。四葉はしゃがんだ状態で身体を捻り、彼女の足を払う。
必然、体勢が崩れる真衣華。
四葉は流れるような動きで、浮いた真衣華へと手の平を向け、衝撃波を放つ。真衣華にこれを躱す術は無い。
巻き起こる爆発。悲鳴を上げて吹っ飛ばされる真衣華。直前でフォートラクス・ヴァーミリアを盾にして衝撃波を防ごうとしたのだが、完全には防ぎきれない程の強烈な一発だった。
「ぅぐ……」
冷えた体に、今の一撃は相当に効いた。全身が痛むが、どこか痛み方が普段と違う。あばらや二の腕の骨に罅が入ったのではと嫌な予感さえしてしまった。
それでも何とか立ち上がる真衣華だが、亡霊四葉は容赦がない。フラフラになった彼女を追撃しようと、一気に接近してくる。
ヤバい――真衣華が視界を霞ませながら、冷や汗を流した瞬間。
「させないよっ!」
真衣華を庇うように、ファムが間に飛び込んでくる。歯を喰いしばり、瞳を揺らし、震える体を無理矢理動かして。
しかし邪魔が入ろうと、亡霊四葉の動きは止まらない。
繰り出される手刀。それをシェル・リヴァーティスを前方に畳んで受け止めるファム。
「ぃっ……!」
アーツ越しでも、痛い。慈悲も躊躇も一切無い一撃は、ファムの心さえも傷つけていく。
それでも、四葉の攻撃は止まらない。手刀の次は蹴り、掌底、ニーキック……激しい攻撃の乱打が繰り出される。
シェル・リヴァーティスで防ぎ続けるファムだが、息を吐く間も無く攻撃を叩き込まれれば、その防御も持たない。
そして、ついに――
「っ? しまったっ!」
四葉のアッパーが、翼の防御を強引にこじ開けてしまう。露わになるのは、幼き柔なボディ。
そこに止めの一撃を打ち込まんと放たれるは、四葉の強烈な回し蹴りだ。
が、次の瞬間、
「はぁぁぁあっ!」
蹴りが命中する直前で、横から斧鳥に掴まる希羅々が突撃して、間一髪のところで亡霊四葉をレイピアの突きで吹っ飛ばした。
「パトリオーラさんっ! 下がりなさい! 彼女は私がやりますわっ!」
「で、でもっ!」
「権さんの方がヤバいですわよ! 助太刀ならそっちへ!」
言われてハッとしたファムが、志愛の方を向く。
断続的に迸る電流、そして轟音……志愛が一人で、亡霊エスカと交戦していた。合体アーツを振り回して応戦しているものの、エスカの強烈な攻撃を防ぐので精一杯という様子だ。
それでも、ファムは逡巡する。
再び四葉と格闘を始めている希羅々。下がれと言う彼女だが、四葉の攻撃を防ぐので精一杯という様子だ。とても一人で任せておけない危なっかしさがある。
しかし、
「ファムちゃん行って! 私と希羅々で何とかするからっ!」
四葉の背後から接近し、攻撃をしながら、真衣華がそう叫ぶ。四葉は二人を相手に、一歩も引かない。レイピアと斧による挟み撃ちを、徒手空拳で完璧に捌いていた。それでも、希羅々も真衣華も果敢に攻撃を続ける。
ファムの視界の先では、志愛がエスカの攻撃で大きく吹っ飛ばされ――
「……ごめんっ! お願い!」
ファムは翼を広げ、志愛の元へと飛んでいく。
亡霊エスカは、吹っ飛ばされた志愛へと勢いよく近づくと、その手に持った矛へと尻尾を伸ばして絡めとる。
そのまま上空へと振り上げられる志愛。エスカの尻尾の力は強く、抵抗もままならない。一気に空へと投げ飛ばされてしまった。
ファムの目に映る。エスカが飛翔し、一瞬で志愛の上をとったところを。空中で一回転し、勢いを付けたテールスマッシュを放とうとしたところを。
「ま、に、あえぇぇぇえっ!」
荒ぶる吹雪を突き破り、ファムは飛ぶ。そして――
「わぁぁぁぁあっ!」
「ッ?」
空を切る、エスカ渾身の尻尾の一撃。
ファムが志愛を抱き、ギリギリで回避したのだ。
ファムはエスカの方を向き、翼を広げる。
そこから放たれるは、硬化・鋭利化させ、爆発もする羽根。シェル・リヴァーティスの攻撃機能だ。
一度に放てる限界の、三十枚の羽根を、全部亡霊エスカへと飛ばす。物理的な攻撃は擦り抜けてしまうが、
「はぁっ!」
ファムが手に力を入れると、エスカに近づいた羽根が小さく爆発する。
この攻撃ならば効くはず――そう思ったのだが、
「えっ?」
エスカは全身から電撃を放出し、羽根の爆発を全て吹き飛ばしてしまう。
「ファムッ! 上ダッ!」
羽根攻撃を打ち破り、接近してくるエスカ。
志愛の指示通りに空へと飛ぶが、エスカがそれに振り切られることは無い。ファムを追って上昇し、距離を詰めてくる。
夜空にギラつく長い爪が振るわれ、慌てて回避するファム。だがエスカの攻撃が一撃で終わるはずもない。
二発、三発……縦横無尽に襲い掛かる攻撃を、ファムは悲鳴を上げながら避けまくる。
そんな最中、大きく振り上げられた爪に対し、ファムに抱えられた志愛が、矛を振る。
矛を躱すため、僅かに遅れる、攻撃のタイミング。
「今ダッ!」
「っ!」
志愛の合図と同時に、エスカが爪で攻撃。
しかし、それが当たることはなかった。
一瞬にして消える、ファムと志愛の姿。
彼女達がいたのは――エスカの背後だ。志愛がエスカを牽制し、その隙にファムが後ろへと回ったのである。
エスカの背中はがら空き。そして攻撃モーション中の今なら、実体がある。
ファムが羽根を飛ばし、志愛が矛で突き攻撃を放つ――が。
エスカもまた、二人の視界から消える。
直後にファムの背中に加わる、強大な衝撃。
二人の背後には、亡霊エスカの姿。彼女が尻尾を、ファムに叩きつけたのである。
どこに行ったと疑問を持つ間も無かった。
辛うじて尻尾がシェル・リヴァーティスに阻まれ、威力は殺せたものの、それでも強力な一撃には変わりない。
悲鳴を上げて墜落していくファムと志愛。
そして、止めを刺さんと、二人へと接近していくエスカ。
「クッ! ファム! 全力で羽ばたケェェェエッ!」
「シ、シアぁぁぁっ!」
エスカの爪による斬撃を、志愛は必死に合体アーツで迎え撃つ。
鳴り響く、高く、しかし鈍い轟音。
志愛が全力で攻撃したとて、エスカのパワーに勝てるはずも無く、呆気なく吹っ飛ばされてしまう二人。
それでも、ファムが言われた通りに全力で羽ばたいていたお蔭で、地面に激突する前に落下速度を弱めることが出来ていた。
ズササササと大地を削りながら着地するファムと志愛。その後ろで、爆音が鳴り響き――
「きゃぁっ!」
「ちぃっ!」
真衣華と希羅々も吹っ飛ばされてくる。
一か所に固めさせられてしまった四人。
苦しい顔をしながら彼女達に近づいてくる、亡霊四葉と亡霊エスカ。
だが、エスカも四葉も気づく。
この圧倒的な実力差を前にして――まだ、彼女達の目は死んでいないことに。
直後。
鳴り響く。高いベルの音が。
ULフォン……そのアラーム機能。
それは、時を知らせる合図。
「真衣華ッ! 行くゾッ!」
「うん!」
そう。
時刻は午前零時。
これが何を意味するか。
瞬間、志愛が光に包まれ、真衣華が影に覆われる。
現れ出でたるは、チマ・チョゴリのような服に身を包んだ志愛。
そして、くノ一のような姿になった真衣華。
一日一回しか使えない『変身』。さっきまでは使えなかったが――日付が変わった今なら、使えるのだ。
狙っていた。四人は、この時を。
ここからが、本当の勝負の始まりだ。
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