第424話『妙動』
一方、夜の十時半。ここは新潟市西区の海岸沿いにある、とある空き倉庫の中。
そこに、雅とネクロマンサー種レイパーはいた。少し前まで南区で警察所属の大和撫子と戦っていた雅とレイパーだが、一度ここに転移し、身を隠していたのである。
外は激しい吹雪だが、中に暖房などは当然無い。凍えるような寒さの中、雅は体を震わすことも出来ず、白い息を吐き、鼻頭を赤く染めていた。
【ミヤビ……後どれくらい耐えられる?】
(わ、分かりません……だけど、正気限界で……)
視界が霞む。体も頭も痛い。ネクロマンサー種レイパーに操られてから、気温一桁あるいはマイナスになる中、コート類も身に着けることなく、長時間戦わされていた。風邪を引くのも当たり前だ。
さらに、
(カレンさん……音符の力の方は……?)
【駄目だ。解除出来ない】
雅の服装は、相変わらず桃色の燕尾服。普通なら三十分で消えるはずのこの力は、未だ残っていた。雅の体をコントロールしているレイパーの魔法は、この力の持続時間にも影響を及ぼしているらしい。
(いっ……)
【くっ……ミヤビ……っ!】
突如右腕に走る、耐えがたい激痛。まるで骨をハンマーでダイレクトに叩かれたような、そんな痛みだ。
音符の力は強力だ。変身者の身体能力をアップさせ、特殊な力すらも手に入れられる。それだけに、長時間の変身は、体に大きなダメージを与えてしまうのだ。本来変身が解けるはずの時間を超えた辺りから、こんな痛みを感じるようになっていた。
以前、優香達が予想していたこと――三十分という変身時間は、セーフティだという彼女達の考えは、正しい。それを無視した結果が、これだ。
(せめて、音符の力だけでも解除出来れば……)
【ごめん。何とか色々やってみてはいるんだけど……】
雅の中にいるカレンは、何とか変身を解こうと、雅の中で出来うる限りのことをしているが、結果は無駄に終わっていた。
【……役に立てなくて、本当にごめん】
(……いえ、正直、こうして何か会話出来ているだけで、助かってます)
これは雅の本心。もしも完全に独りでこの状況に置かれていたら、とっくに心は壊れていた。カレンがいるということは、雅が思っている以上に大きな助けとなっていたのである。
【……私は引き続き、出来ることをやってみる。一応、雅の中に、違和感みたいなものはあるんだ。あいつが雅に掛けた魔法だと思う。解除出来なくても、弱められないか、やってみる】
(お願いします。今は、カレンさんだけが頼りで……)
【……出来る時に、出来ることをやろう。今はそれしかない】
二人がそんな会話をしていると、
「……ンッナカザッニメノモ」
倉庫の扉をすり抜けて、二人の女性が中に入ってきた。
黒髪と紫髪……浅見四葉と、エスカ・ガルディアルの亡霊だ。
ネクロマンサー種レイパーの命令で、ここに戻ってきたのである。最も、真衣華と志愛、ファムを倒していないという事実までは、レイパーには分からないが。
二人を見て奥歯を噛み締める雅。そんな彼女と、四葉達の目が合う。
言葉を交わせなくとも、分かる。四葉もエスカも、申し訳なさと悔しさを滲ませていることなどは。
レイパーは、そんな彼女達を嘲笑うかのように鼻を鳴らし、口を開く。
「ホロ、ラコリノネタンムキソカルラヨエ。ロレヌタカナシナクモルボレレ」
そう言って、杖を海の向こうの方を指す。
亡霊の意に反し、四葉とエスカの体が勝手に動き出す――が、途中で動きを止めてしまう。
「……ンソエ、マタキレイレソメミヤモ。リチウベーテネワルザワレラヤトトタゾボ、マヘンムト……」
二人とも何かに抗うかのように顔を顰めており、それを見たレイパーは不満げにそう吐き捨てる。
(あいつ、一体何を……?)
【杖を海の方へ向けていたね。二人をそっちに向かわせようとして、拒否された? でも、何で……?】
(二人をこの場から移動させようとしていたんでしょうか? 邪魔になった? 奴にとっても、この二人は戦力になるはずなのに……?)
互いに『?』を浮かべる、雅とカレン。
しかし、やがて思い出す。――レイパーが杖を向けた先にいる、奴の存在を。
【そうだ……あいつ、サドの方を指していた?】
(……じゃあ、まさか?)
二人の脳裏に、巨大な鯨のようなレイパーの姿が浮かぶ。――そう、『ラージ級ランド種レイパー』が。
【多分、あいつ自体はあそこにいるんだよね? よく見えないけど……】
(多分。でも、封印は完全には解けていないはずです。杭は抜けかけただけで、まだ抜けきっていないはずですし。こいつは二人を、あいつの元へ送ろうとした? でも一体なんで?)
【それに、亡霊レイパーなら分かるけど、この二人はレイパーじゃない。……何を企んでいるんだろう?】
気味の悪さ……とでも言うべきか。そんな嫌な感じが、二人の胸の中に沸き上がる。
何かを決定的に勘違いしている、見落としている……そんな気がしてならなかった。
「コロ、ワレ。マヤモレタレッミヤテソ、レアレアトヘヲルモムボロッノ。ロタラヤトボ、『ミヤビ』ナレルラヤトタレリテレウマナカヨモッノヘト」
【……今、ミヤビの名前を出した?】
何を言っているのか、未だ解明されていないレイパーの言葉。
しかし今の『ミヤビ』という言葉だけは、はっきりと雅のことを指していたように思えた。
夜はまだ、終わらない。
外の吹雪は一層強まるばかりだ――。
評価や感想、いいねやブックマーク等、よろしくお願い致します!




