第422話『誰殺』
夜九時四十九分。束音家。
大量の亡霊レイパーが出現した事件も今は落ち着いていた。ネクロマンサー種レイパーが、『束音家に打ち込まれた杭を抜く』という目的をある程度果たしたことで、無闇に暴れ回る理由が薄れたからだろう。レーゼ達が協力して住民を避難させていたこともあって、人的な被害は最小限で済んでいた。
一方で、のっぴきならない事態も起こっている。
束音家の前には、何台ものパトカーや、救急車が停まっている。
数時間前は平和だったこの家の中は、今や無残な姿へと変わっていた。壁には亀裂や凹み、廊下の床もところどころ砕けている有様だ。
何より麗の部屋も、大きく荒れていた。
「くっ……やっぱり駄目ね。びくともしないわ」
レーゼが、苦しい顔でそう呟く。
麗の部屋の、開けられた床。その下にある地面に深く埋まっていたはずの杭は、半分ほど抜かれている状態だ。レーゼはこれを再び押し込もうとしたのだが、どういうわけか全く下に潜っていかないのである。
それを側で眺めていたセリスティアは、小さく舌打ちをした。
「ミヤビがこいつを打ち込んだ時は、結構すんなりいっていたと思ったんだが……」
杭に込められた、封印のエネルギー。これは時間経過と共に地面に強く根付く性質がある。これは杭が抜けないようにするというメリットもあるが、一度抜かれた杭をもう一度差し込むことも出来なくなると言うデメリットもあった。最も、その辺の事情は、レーゼとセリスティアには知る由も無いが。
「完全に抜けきっていないのだけは救いかしら。ライナはよく頑張ってくれたわ」
「……あいつらの治療も、そろそろ終わった頃かね? レーゼ、行こうぜ」
部屋の外を見て、セリスティアがそう言うと、レーゼは頷き、二人で一緒に部屋を出る。
亡霊四葉とエスカから命辛々逃げ切った志愛とファム、真衣華も束音家に戻っており、怪我の治療を受けていた。
再び始まるのだ。作戦会議が。
外の天気は、ますます悪くなっていく――
***
「……話は分かったわ。頭は抱えたくなるけど」
志愛と真衣華から事情を聞いたレーゼが、溜息を吐くようにそう呟く。
「ごめん。三人掛かりだったのに、レイパーを倒すどころか、雅ちゃんが……」
「……話を聞く限り、ミヤビさんは一度殺されて、『超再生』で復活した時にはもう、操られていたんですよね?」
「あア。恐らくあの時ニ、魔法でも掛けられたんだろウ。奴は亡霊を操れル。一度死んだ雅の魂ニ、何か細工出来る力はあるはずダ」
ライナの質問に、志愛が顎に手をあててそう答える。
「……ミヤビは前にあいつと戦った時、一度殺されて『超再生』のスキルで復活したことがあったわ。もしかすると、奴は今回、それを踏まえて戦略を練っていたのかもしれない。最初から、ミヤビを操り、彼女の中から大きな戦力となる者も味方に付けようとしたんでしょうね。――ミカエルとペグの方は?」
「さっき治療が終わったって連絡があったよ。でも今日一日は安静にしてないと駄目だってお医者さんが言ってた。ペグも無事。今は寝てる」
ファムの言葉に、ガリガリと頭を掻くレーゼ。無事なのは何よりだが、戦力的には手痛い損失だ。少なくとも亡霊相手にまともにダメージを与えられるのは、魔法が使えるミカエルくらいなのだから。
「ミヤビさんは、今どこに?」
「GPSを見るに、今は東新潟にいます。工場の倉庫か何かの中に隠れているみたいだけど……あっ、また移動した」
ULフォンを見ながら渋い顔でそう答えたのは、黒髪サイドテールの少女、相模原優。
雅は操られてしまったが、幸いなことが二つある。持っていたULフォンをそのままにしていること、そして雅を側に置いていることだった。これにより、ネクロマンサー種レイパーがどこに逃げようと、その位置は把握出来るのだ。
警察がそれを頼りに、今もネクロマンサー種レイパーの討伐に向かっている。
……のだが、敵に転移魔法がある限り、追い詰めてもすぐに逃げてしまうらしく、先程からずっと、敵の位置はあちらこちらへと移動していた。
「……杭がまだ完全に抜けきっていない以上、新潟から出るつもりはまだ無いということですわね。逆に言えば、あの杭を抜かれてしまえば、すぐにでも私達の手の届かないところに逃げてしまうかもしれませんわ」
ゆるふわ茶髪ロングの少女、桔梗院希羅々が、そう言って唇を噛む。
「倒すには、今が最後のチャンス……問題は、奴が転移して逃げてしまうこと、そして雅や亡霊が奴を守っていることかしら。転移の方は対策があるけど、雅達は……」
「雅ちゃんの方は勿論だけど、四葉ちゃん達の方も無視できないよ」
「あア。エスカさんは電撃を放っていタ。相当激しいスパークだったゾ。亡霊は光に弱いようだガ、もしかするとあの二人は別なのかもしれなイ」
「困ったわ……どうやって対処すれば……」
「……ミヤビお姉ちゃんとエスカさんは分からないけど、ヨツバお姉ちゃんは、多分大丈夫」
そう言ったのは、美しい白髪の少女、ラティア。全員の目が、彼女へと注がれる。
「ヨツバお姉ちゃん、私を見て攻撃を止めてくれた。本当は私達と戦いたくなんてなくて、レイパーの魔法に負けずに、自分の体をコントロールしてくれた。……敵の魔法にも穴はあって、何かが切っ掛けで、隙が出来るのかもしれない」
「……言われてみれバ、エスカさんも同じだっタ。奴のコントロール魔法も完全ではないのなラ、カラクリが分かれば二人とも倒せるかもしれないナ」
「魔法のことなら、ミカエルに相談してみるわ。ラティア、でかしたわよ」
そう言って、レーゼはラティアの頭を優しく撫でる。
「問題はみーちゃんの方……。みーちゃんは亡霊じゃない。四葉やエスカさんは倒せば解決するけど、こっちはそういう訳には……」
「……そういう訳には、とは?」
ライナの言葉が部屋の中に木霊し――この場の誰もの顔色が、スッと変わる。
ライナの今の言葉は、恐れや感情を押し殺した、人の温かみの無い声色だったから。
「……いや、そう聞かれても……何よ。ライナさん、みーちゃんまで倒そうっていうの?」
「……ええ。場合によっては」
「……は? どういう意味よ」
「あのレイパーを倒すのに、もしミヤビさんが障害となるのなら……私が殺します。ミヤビさんを」
その言葉に、一気に静まり変える室内。
空気が凍り付くとは、まさにこのこと。
……誰も、意識しようとしなかった。その可能性が出るということを。思っていても、言葉にするのは憚られた。皆がそれを、見て見ぬふりをしていたこと……それを彼女は、ズバリ口に出したのだから。
「ちょ、ちょっと待って。みーちゃんを殺す? えっ? あんた本気で言っているの?」
「……やむを得ません。今のミヤビさんは、レイパーに操られている状態。何をさせられるか分から――」
刹那、ライナの言葉を無理矢理止める、乾いた音が鳴り響く。
ビンタの音――優が、ライナを引っ叩いていた。
赤く手跡が付いたライナの頬。
しかしライナの目に、一切の揺らぎはない。――ぶたれて当然。そういう覚悟が宿っていた。
それが無性に腹立たしく、優は再び腕を振り上げるが、「止めロッ!」という言葉と共に、その腕を志愛が掴み、希羅々や真衣華も止めに入る。
三人掛かりでも止めるのに苦労してしまう。それ程、彼女の怒りは凄まじかったのだ。
「何言って……あんたねぇ!」
「今こうしている間にも、奴はミヤビさんを操って、戦わせているんです。分かりませんか? 奴がその気になれば――ミヤビさんに、人を殺させることだって出来るんです。ユウさんは、ミヤビさんにそれをさせるんですか? ……ミヤビさんに、人殺しをさせるんですか?」
「それは……っ、だけど……っ!」
「ミヤビさんを、奴の魔法から簡単に解放できるのなら、そうすべきです。……だけど、それが困難なら、誰かが殺らなければならない。……私が殺ります」
「うるさいうるさいっ! あんたに殺させたりなんかしない……! みーちゃんは私が助けるっ!」
「ちょ、相模原さんっ!」
体を抑えていた全員を突き飛ばし、肩を怒らせて出ていった優を、希羅々は慌てて追いかけるのだった。
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