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第45話『劣勢』

 一方その頃、シャロンはグリフォン種レイパーに苦戦を強いられていた。


 体には無数の傷跡。レイパーの嘴や爪によって出来た物だ。シャロンの竜の皮膚は非常に硬いのだが、レイパーの攻撃はそれすら容易く貫通してしまう。


 苦戦の理由は、敵の体が、自身の体と比べてかなり小さい事。スピードもあり小回りが効くことも大きい。僅かにでも攻撃が大振りになると腹部に潜りこまれたり背後に回りこまれ、手酷い一撃を喰らってしまう。


 そしてレイパーと戦っている最中にちらりと見えた光景……雅がライナと戦っているところを目撃し、少なからず動揺してしまっていたのもある。


 ライナとは初対面のシャロンだが、そんな彼女でもライナが何となく様子がおかしい事には気が付いていた。そして雅もそれに気が付いていたという事にも。


 だから二人を天空島に降ろした後、何か起こらないか心配していたのだが……よもや戦闘に発展しているとは予想も出来なかった。


 どうしてそんな事になっているのか、二人の関係を知らないシャロンには分かるはずも無い。心が揺らぐのも無理からぬ事だ。


 不用意に攻撃すればグリフォン種レイパーに反撃されるため、シャロンはレイパーに近づかせないよう、雷のブレスで牽制をしながら距離をとっていた。しかし出来ているのはそこまでだ。敵にダメージを負わせる方法が無い。


 対してレイパーには近づけさえすればシャロンにダメージを与える手段があるため、このままいけば負けるのはシャロンだ。


 そして――敗北の時は、もうすぐそこまで迫っていた。


 シャロンが雷のブレスを放つも、その外側を回るようにして躱し、猛スピードで接近する。


 刹那、腹部に強烈な痛みを覚えるシャロン。レイパーの嘴が、刺さっていた。


 堪らず腕でレイパーを払いのけようとした時にはもう、レイパーの姿はそこには無い。


 どこにいったのかと辺りを見回そうとすれば、今度は背中に爪を立てられる。


 グラリとシャロンの体が揺れ、墜落していく。


 追撃せんと、その後を追うレイパー。


 瞬間、ぐるりと体を捻り、追ってくるレイパーに向けて顎門を開くシャロン。


 墜落は、攻撃を当てるチャンスを作るための演技だ。


 防戦一方の中でも、シャロンはこっそりエネルギーを溜めていた。


 レイパーが避けられないギリギリの距離で、雷のブレスを放つ。


 が――


「――っ!」


 当たる寸前でレイパーは体を捻る。


 体の一部にブレスが掠り、電流が体を掛け巡った。


 一瞬上げた苦しそうな声は、すぐに怒りの咆哮へと変わる。


 レイパーは体から僅かに煙を上げながらも、なおもシャロンへと突撃し、腹部に強烈な一撃を喰らわせ、天空島へと吹っ飛ばす。


 地面に激突する直前、シャロンは竜の体から人間の体に変える。


 このまま直撃すれば、近くにいる雅達にも被害が出ると直感したからだ。


 元々竜の体であるシャロンは、人間に姿を変えても、体は普通の人間よりも遥かに丈夫に出来ている。


 それでも、地面に激突した衝撃で、体の骨が軋む音が鳴る。


 そのまま地面を転がり、止まる頃には、シャロンの体はあちこちから血が流れ、ボロボロだった。


 咳き込むシャロン。口から吐き出されるのは血。


「お……の……れ……」


 悔しそうにそう呟くシャロンの側に、グリフォン種レイパーが着地した。



 ***



 一方、雅は。


 パラサイト種レイパーに体内への侵入を許してしまったライナを助けようとするも、ケットシー種レイパーに梃子摺りそれもままならない。


 ライナは抵抗するようにもがいていたが、一際大きく体を震わせた後、ゆっくりと立ち上がり、落とした鎌型アーツ『ヴァイオラス・デスサイズ』を拾う。


 そして雅の方を向いたその顔からは、表情は完全に消えていた。


「ラ……ライナさんっ! くっ!」


 ケットシー種レイパーの攻撃をいなしながらも雅はライナに呼びかけるが、反応は全く無い。


 完全に、パラサイト種レイパーに寄生されてしまったのだろう。


 ケットシー種レイパーと戦っていた雅は、背後に迫る気配を感じて、そちらに目を向け――息を呑む。


 そこにはライナが、鎌を振り上げて襲いかかってきていた。


 攻撃を受けるわけにもいかず、鎌の刃をアーツで受け止めると、後ろからケットシー種と……横からもう一人のライナが襲いかかってくる。


「スキルまで……っ!」


 アーツを扱う者に寄生したパラサイト種レイパーは、スキルまで使わせる事が出来ると知って驚愕する雅。


 二人のライナの攻撃は何とかアーツを盾にして防ぐも、三方向からの攻撃全てに対応は出来るはずもない。ケットシー種レイパーに背中を強打され、吹っ飛ばされる雅。


 地面を転がり、立ち上がると、既に二人のライナとケットシー種レイパーは雅に攻撃を仕掛けようと肉薄していた。


 雅は素早く百花繚乱をライフルモードに変え、分身のライナに向けて桃色のエネルギー弾を放ち消し飛ばすと、本体のライナとケットシー種レイパーの攻撃を銃身で受け止める。


 が、刹那、背後から別の誰かの気配が。


 二人目のライナの分身が、迫っていた。


 本体のライナとケットシー種レイパーを気合で突き飛ばし、素早く百花繚乱をブレードモードにして分身のライナの攻撃を避け、斬撃を繰り出して分身を消す。


 だがその攻撃が終わった隙を付かれ、雅は背中にケットシー種レイパーからの打撃を受けて吹っ飛ばされてしまう。


 起き上がり、ケットシー種レイパーとライナ、そして要所要所で現れる分身ライナと格闘を続ける雅。


 彼女は思い知らされた。


 ずっと、ライナは本気で雅を殺しにきていたと思っていたのだが……実は――本人が意図していたかはともかくとして――そうでは無かったのだ。


 分身の攻撃をわざと受けさせて、その隙にライナやケットシー種レイパーが攻撃を仕掛けてくるその戦術は、シンプルながらも雅にとっては余りにも効果的だった。


 何よりも効果的だったのは、ライナが一切の防御をせずに雅に攻撃してくる事だ。


 攻撃すれば、傷つくのはライナだけ。寄生しているレイパーは痛くも痒くも無い。


 無論、ライナの体を傷つければ、いくら寄生されているといっても彼女の動きは鈍るだろう。


 だが、パラサイト種レイパーは分かっているのだ。どんなに攻撃する隙があったところで、雅はライナに攻撃なんて出来るわけも無い事を。


 だから、平気でライナを突っ込ませ、雅に攻撃を仕掛けさせる。


 さらに雅がケットシー種レイパーに攻撃をしようとすると、ライナがその盾になるように動いてしまう。


 必然、雅の攻撃の手は鈍り、その隙をついて敵は雅に攻撃を仕掛けてくる。


 最早雅に出来るのは、防御だけ。


 ひたすら二体のレイパーの攻撃を防ぎ、躱し、あるかも分からないチャンスを待つことしか出来なかった。


 だが、そんなことは何時までも持つはずが無い。


 ライナのヴァイオラス・デスサイズが、雅の手から百花繚乱を弾き飛ばす。


 そして思いっきり蹴り飛ばされ、倒れたところに、ケットシー種レイパーが圧し掛かってきた。


 ぐぇっという声が、雅の喉から漏れる。


 そんな雅に近づいてくるライナの顔には、寄生されてから初めて表情があった。


 妖艶な表情だ。ライナが自分の意思でその顔をしているのなら、雅は簡単に惚れてしまっていた程の。


 だがその顔を作らせているのは、パラサイト種レイパー。それが分かっている雅には、その顔がただただ不気味なものにしか映らない。


「ふふふ……ようやく、お前を殺せる……でも……それだけじゃ気は晴れない」


 雅は口を開くが、圧し掛かられているせいで思ったように声が出ない。


 彼女は言いたかった。ふざけるな、と。


 パラサイト種レイパーの目的は、初めから自分とセリスティアだったのだ。ライナはその為に利用されただけだった。利用するためだけに、彼女の父親にまで手を出したのだ。


「お前の前でこの女を殺せば、お前はもっと苦しんでくれる?」

「やっ、め……」


 どこか楽しそうに言うライナに、雅は声を絞り出す。


 だが、届くはずも無い。


 もう雅の手からアーツは離れ、遠くに転がっている。


 ケットシー種レイパーに圧し掛かられ、身動きもとれない。


 シャロンは別の場所でグリフォン種レイパーと戦っており、助けも期待出来ない状況。


 どうにもこうにもならず、雅に残されているのは、祈ることだけ。


 誰か助けて、と。


 ただそれだけだ。



 刹那――



 空で、何かが光った。


 雅しか見ていないライナとケットシー種レイパーは、それに気が付かない。


 見えたのは、雅だけ。


 その目が、大きく見開かれる。


 彼女の様子が変わった事に、ライナもケットシー種レイパーも気が付いたようで、雅の見ている方に顔を向ける。


 視界に映るのは、巨大な鳥。足に籠が括り付けられていることから、運び鳥だ。


 続いて目に映るもの、それは――



 青い髪の女性と、赤い髪の女性と、金髪の女性。



 三人とも、雅が知っている顔だ。


 小さな籠に無理矢理入っているが、籠の戸が開くと同時にそこから三人は飛び降りる。


 瞬間、空中に赤い円盤が大量に出現し、彼女達はそれを足場にしながら落下するように猛スピードでこちらに向かってきた。


 金髪の女性が、手に持つ杖を振ると、火球が雅達の方へと放たれる。


 ケットシー種レイパーがその場を飛び退くと、火球はケットシー種レイパーの方へと追尾するように進行方向を変えた。


 ライナは分身を創り出し、分身が盾となって火球を受けることでケットシー種を守る。


 ライナの目は、落ちてくる三人の女性の内、赤髪の女性に釘付けになっていた。


「見つけた……もう一人の奴」


 彼女の口からそんな声が漏れると同時に、赤髪の女性が、雅とライナの間に割って入るように着地する。彼女は辺りを見回し、散らばったライナの父親の肉片を見て眉を顰め、怒りに瞳を燃やす。


 僅かに遅れて、金髪の女性がその横に着地。彼女の顔は、ライナを見て驚愕に染まっていた。彼女はライナと知り合いで、ライナが武器を持って雅を襲っていることが、未だ信じられないといった様子だ。


 そして一番最後の一人。


 青髪の女性は空中で、腰に着けた剣を抜き、頭上に振り上げる。着地しながらケットシー種レイパーに斬りかかるも、その一撃は惜しくも躱されてしまう。



 だが、その斬撃が通ったところには、美しい虹が架かっていた。



「ミヤビ、待たせたわね」


 青髪の女性はそう言って、雅に一瞬だけ微笑を向ける。


 雅の目から、自然と涙が零れる。


「皆さん……」


 震える声で、そう呟いた。


 降って来たのは、仲間達。



 レーゼ・マーガロイス、セリスティア・ファルト、ミカエル・アストラムだった。

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