第420話『魂訴』
一方、束音家から道二つ程離れたところでも、大きな戦闘音が響いていた。
なよっとした体格に、エアリーボブ。黒い頭巾、ミニスカ、網タイツ……まさにくノ一といった格好をして、さらに両手に深紅の片手斧『フォートラクス・ヴァーミリア』をそれぞれ握っているのは、『変身』してパワーアップした橘真衣華だ。
彼女が戦うは、ハーフアップアレンジがされた黒髪の女性。バイザーと銀色のプロテクターを装着し、その胸部にはアゲラタムの紋様が刻まれている。紛れもなく装甲服型アーツ『マグナ・エンプレス』。しかしそれを着けた彼女の存在はどこか希薄であり、ぼんやりとした、幽霊のような姿だ。
しかしそれも当然のこと。彼女は浅見四葉。……既に死んでいる者なのだから。
彼女はネクロマンサー種レイパーによって、雅の記憶から亡霊という形で現世に呼び戻され、操られて無理矢理戦わされていた。
その証拠に、
「あぁ、もう! そんな顔しないでよっ!」
真衣華を激しく攻め立てる亡霊の四葉の顔は、苦渋に塗れていた。視線が訴えてくる。「ごめん、本当はこんなことしたくないのに」と。それだけで、この亡霊が、本物の四葉だと、真衣華は本能的に理解してしまう。
完全に敵意むき出しで襲い掛かってくるのなら、まだ真衣華も腹を括れた。しかしこんな顔をされては、やり辛いことこの上無い。
「っ!」
真衣華に向けて繰り出される、亡霊四葉の鋭い蹴り。それをフォートラクス・ヴァーミリアの側面でガードするが、アーツ越しに伝わる衝撃は尋常なものではない。線の細い真衣華では、簡単によろめかされてしまう。
亡霊は一瞬で真衣華の背後へと回り込み、掌を彼女に向ける。そこから放たれるは、衝撃波。レイパーの魔法で呼び出されたこの亡霊は、アーツの性能も含め、完全に『四葉』だ。
「きゃっ!」
真衣華が今身に着けている服装は、見た目とは裏腹にそれなりに頑丈である。それでも、マグナ・エンプレスの衝撃波の威力は凄まじく、完全に防げるものではない。
視界がチカチカと点滅するような感覚に襲われながら吹っ飛ばされる真衣華。
そんな彼女の頭上には、既に四葉がいた。衝撃波を放った後、すぐに跳躍し、この位置まできていたのだ。
真衣華の後頭部目掛けて放たれる、踵落とし。
空中におり、意識も飛びかけている真衣華に、これを避ける術は無い。
あっさりと四葉の一撃がクリーンヒット。そのまま墜落し、地面に叩きつけられ――ることはなかった。
煙と共に消える真衣華の姿。亡霊四葉は悟る。今攻撃したのは、真衣華ではないと。彼女に似た分身……身代わり人形だと。
直後、振り向く四葉。刹那、電灯の光で出来た影から、真衣華が飛び出てくる。
変身……くノ一の姿になることで使える、二つの能力。
実は衝撃波を受けた瞬間、真衣華はそれらを使っていた。身代わり人形を作る能力と、影から影へと移動する能力を。
影から出てきた真衣華は、両手のフォートラクス・ヴァーミリアを構え直し、亡霊四葉に相対する。攻めるべきか、逃げるべきか……今の真衣華は、すぐにその判断が出来なかった。
しかしそれは、戦闘において命とり。
何故ならば、
「し、しまった……!」
突如、真衣華の格好が、元の制服姿に戻ってしまう。
三十分。
真衣華がくノ一の姿に変身してから、もうそれだけの時間が経っていた。彼女のパワーアップは、それだけの時間しか持たない。
焦りと恐怖で、青褪める真衣華。冬の冷たさとは別種の寒気が背中を伝う。
(ど、どうしよう! 変身してやっと戦えていたのに、これじゃあ――)
亡霊四葉の動きは、容赦がない。生前、彼女がレイパーと戦う時のようだ。……普通の人間では、相手にもならない。まして『やり辛さ』というハードルがある真衣華では、なおさらだ。
そしてこんな決定的なチャンスを、四葉は逃さない。
小細工も無しに一気に接近し、鋭く強烈な蹴りを放つ。
それが抉り込む。真衣華の腹部に。防御の反応すら出来なかった。思考が飛び、肺の空気を一気に全部吐き出す息苦しさと激痛が襲い、吹っ飛ばされてしまう。
背中から地面に叩きつけられた真衣華は、分からない。自分がどんな状態なのか、今四葉がどこにいるのか。
だが、目に飛び込んできた光景を理解出来る程度に思考が落ち着いた瞬間、すぐに気が付く。――既に四葉が、自分の近くにいることを。
四葉の目は、訴えていた。「早く逃げろ」と。もう彼女は拳を振り上げ、今まさに真衣華に止めを刺そうとしているところだったのだから。
ヤバい――そう思った、その瞬間。
「だめぇぇぇえっ!」
誰かが、二人の間に割って入る。
美しい白髪をした少女、涙を浮かべているのは……ラティア・ゴルドウェイブだった。
束音宅でネクロマンサー種レイパーと雅に吹っ飛ばされた彼女は、実は真衣華と亡霊四葉のことを目撃していた。最初は目を疑い……しかし四葉の透けた体を見て、彼女が亡霊であることに気が付いたのだ。……恐らくレイパーに操られているのだろうということも、直感した。
気が付けば、ラティアの体は動いていた。四葉のことを止めねばと。二人の戦いは激しく、追いつくのには時間が掛かってしまった。
「ラ、ラティ、ア、ちゃん……っ! 駄目だよっ! きちゃあ――」
血を吐きながら、真衣華は叫ぶ。ラティアは今、護身用のアーツを持っていない。先の束音家の戦闘で吹っ飛ばされてしまっていたから。彼女は文字通り、身一つでここに来ていた。
今のラティアが四葉の攻撃を受けて、ただで済むはずは無い。
が――
「ヨツバおねえちゃんっ! 止めてっ!」
「…………っ!」
四葉は、動かない。その眼は、ただひたすらに、ラティアのみに集中していた。
亡霊と言えど、四葉は四葉。
彼女が真衣華を攻撃する際に常に見せていた苦渋の表情……体は操られていても、心までは操られていない。
四葉には、ラティアを傷つけることは、真衣華を攻撃するよりも大きな心理的ハードルがある。
それが止めさせた。亡霊四葉の、振り上げた拳を。
下ろせるわけがない。この拳を振り下ろせば、ラティアを傷つけてしまうのだから。
そして――
「っ!」
「マイカおねえちゃんっ?」
このタイミングを、流石の真衣華も逃さなかった。
四葉が完全にフリーズしてしまったこの瞬間、真衣華は激痛が走る体に鞭を打ち、アーツを仕舞い、ラティアを抱えて逃げ出す。
亡霊四葉なら、人一人抱えて走る真衣華に追いつくことは容易。
だが四葉は、それをしない。僅か一瞬、固まった体……それを気合と根性で、固まらせ続ける。操られた体……イレギュラーな出来事で、ほんの僅かだが、四葉自身の意志を捻じ込み、体のコントロールを取り戻す隙が生まれたのだ。
必死で逃げていく真衣華の背中を、四葉は心底苦しそうな顔で見つめていた――。
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