第419話『蓬菊』
雪が燦々と降り注ぐ夜八時四十四分。束音家。辺りには、戦闘音に混じり、人の悲鳴等の声がする。新潟県内に、大量の亡霊レイパーが出現する事件、その真っただ中。
束音雅の祖母、麗の部屋で、まるで木が音を立てて折れるような、そんな異常な音が鳴り響く。
部屋の中にいるのは、銀髪フォローアイのライナ・システィア――そしてもう二人。
ヤギの頭蓋骨のような頭部と、骨のように細い体。黒いローブを羽織っているのは、『ネクロマンサー種レイパー』。
もう一人は、桃色ボブカットにムスカリ型のヘアピン、そして黒いチョーカーを付けた少女。……ネクロマンサー種レイパーに操られてしまった雅である。
部屋の中心……大きな穴が開き、むき出しとなった地面に突き刺さるは、『ラージ級ランド種レイパー』を封印している長い杭だ。
今は二つに分裂しているラージ級ランド種レイパー……この杭が、その内の一体を封印しているが、万が一、その二つが一体に戻れば、世界が破滅してしまう程の化け物が誕生してしまう。
ネクロマンサー種レイパーは、先端がT字となった杖を掲げ、杭に魔法を掛け、その杭を抜こうとしていた。鳴り響く音は、杭が徐々に抜けていく際に発生している音である。
「スヤ、カルママコジニレネンムヘニレウモ……ゾボ、ロコレ!」
レイパーが力を込めると、杖の先から放たれる光が強まり、杭を抜く魔法の力をさらに強力なものにしていく。
レイパーに操られた雅に出来るのは、ただひたすらに「やめろっ!」と叫ぶことだけ。ライナも倒れて抵抗もままならない。
が、
「――ッ!」
部屋の、棚等の物陰から現れた五人ものライナ。スキル『影絵』で呼び出した分身達だ。
彼女達が、一斉にレイパーへと襲い掛かる。杭を抜かれることを防ぐために。ライナ自身は倒れても、分身を呼び出すことまでは封じられていない。
「いっけぇぇぇえっ!」
ライナが、分身達に喝を入れるように叫ぶ。今ライナに出来るのはここまで。ここで分身達が負けてしまえば、もうレイパーの行動を止める手立てはない。この五体の分身の頑張りに賭けるしかないのだ。
レイパーに、我武者羅に紫色の鎌、アーツ『ヴァイオラス・デスサイズ』を突き刺していく分身達。レイパーは杖を振って分身達を払おうとするが、分身ライナ達は怯むことなく敵を責め立てる。雅がレイパーに加勢するが、それも二体の分身達が懸命に妨害する。
そして――
「――ッ!」
レイパーの苛立った声が響いた直後、分身ライナの一体が、鎌の柄をレイパーの腹部に直撃させ、奴をよろめかせる。その隙に他の二体がレイパーの体に組み付き、窓の方へと押していった。
ダンボールで目隠しされた窓を破り、外に飛び出すレイパーと分身ライナ。
刹那、レイパーの杖の先から発せられていた光が消え、同時に杭に加わっていた『抜く力』も無くなっていく。
「よ、よしっ!」
「やったっ!」
【ライナさん! ナイスっ!】
ライナ、雅、そして雅の中にいるカレンの声が重なる。
雅が剣銃両用アーツ『百花繚乱』を振り回す中、ライナはあらん限りの力を振り絞って起き上がり、雅へと突撃。
分身達がその身を呈して雅の斬撃を受け、隙を作ったところに、ライナが雅の背中を突き飛ばして外へと吹っ飛ばした。
「あぁぁぁぁぁあっ!」
さらに気合を入れるように声を張り上げ、外に可能な限りの分身を呼び出し、何十体かが窓を守り、残りがレイパーと雅に飛び掛かる。
「マヘンムト!」
レイパーと雅が、群がってくる分身達を、魔法で迎撃し、剣で斬り伏せていく。
分身の数と、一体一体の性能はほぼ反比例の関係だ。大量に出せば、単体の防御力はクッキーよりも脆い。どんどんと分身達は数を減らしていく。
今のライナがとったこの戦術は、精々ただの時間稼ぎにしかならない。
しかし……それは承知の上。狙いはまさに、その時間稼ぎなのだから。
何故なら――
「セリスティア! あっちよ!」
「っ! レーゼ! 急げ! やべーぞ!」
雅とレイパーが、全ての分身達を消し飛ばした直後、束音家に戻ってきたのは、二人の女性。
青髪ロングで、空色の西洋剣型アーツ『希望に描く虹』を持ったレーゼ・マーガロイス。
赤髪ミディアムウルフヘアで、両腕に、銀色の爪が伸びた巨大な小手のアーツ『アングリウス』を着けた、セリスティア・ファルトだ。
ライナは戦闘の最中、近くにいるであろう二人にSOSを送っていた。通話の魔法……それで、助けを求めていたのだ。その二人が、やっと到着したのである。
ライナと雅の目に宿る、希望の光。
「レーゼさんセリスティアさんっ! こっちですっ! 早くっ!」
「私はこいつに操られていますっ! 構わず私ごと倒してくださいっ!」
「ミヤビッ? 操られたって何っ?」
「おらぁぁぁあっ!」
状況は分からないが、とにかくヤバいというのだけは理解したセリスティア。レイパーを見た瞬間、奴に真っ先に突撃していく。
己のスキル『跳躍強化』……これを使い、脚力を何倍にもし、地面を蹴って大地に対して水平に跳ぶことで、一気に敵に接近。
その細い体を、爪で抉ろうと迫るが――寸前で、雅が間に割り込み、セリスティアの攻撃を百花繚乱で受け止めてしまう。
強い衝撃が雅に襲い掛かる。普通ならその衝撃を逃がすために吹っ飛ばされるのだろうが、雅の体を操る魔法は、それをさせない。雅の体に大きな負担を掛けながらも、全力でセリスティアの攻撃を受け止めさせる。
「あぁっ? ミヤビっ?」
「ご、ごめんなさいっ!」
「操られたってそういうことね! ――このっ!」
事情を理解したレーゼが、レイパーに斬撃を放つ。からくりは分からないが、レイパーを倒せば何とかなるはずという考えだ。
斬撃の軌跡に出来る虹。それとともに、刃がレイパーの首元を狙う。
だが、
「ロコレ!」
「っ?」
レイパーは杖を振ってバリアを出現させて、レーゼの攻撃を防いでしまう。
さらに杖に魔力を集中させ、深緑色のエネルギーボールを放つレイパー。
レーゼは自身のスキル『衣服強化』を発動させ、身に纏う服の強度を鎧並みにしてその攻撃を受けるが、エネルギーボールは触れた瞬間に爆発し、彼女を吹っ飛ばしてしまう。
「ぐっ……!」
「レーゼっ!」
「レーゼさんっ?」
レーゼを助けに行こうとするセリスティアだが、雅がそれを妨害。仕方なくセリスティアが雅と格闘をする中、レイパーはレーゼに再び攻撃しようと杖の先を向ける。
しかし、
「まだ……私がいますっ!」
レイパーの背後に迫っていたライナ。今の攻防の合間に、気配を消して動いていた。
レイパーがレーゼに止めを刺すよりも先に、鎌の斬撃を背中に直撃させる。
(っ? 硬いっ?)
見た目とは裏腹に敵の体が丈夫で、目を見開くライナ。背中を圧し折るつもりで繰り出した攻撃だったが、やれたのは敵をよろめかせた程度。
それでも歯を喰いしばり、ライナはレイパーに果敢に攻撃を続けていく。レーゼも加わり、二対一。雅はセリスティアが何とか引き受けている。
ライナ達とレイパー達、二つ勢力が拮抗し、戦況が膠着しだした頃――
「相模原さんっ! 急ぎますわよ!」
「分かってるって!」
少し離れたところから聞こえてくる、二人の少女の声。桔梗院希羅々と、相模原優の声だ。
他にも、何人もの女性の声が聞こえてくる。一時的に避難させていたはずの近隣の住民が、アーツを持ってこぞって束音家へと集まっていた。束音家の方で大きな騒ぎがあることを知り、一部戦い慣れしている者だけは徒党を組んで戻ってきたのである。
それを聞いたレイパーは、舌打ちをすると――杖を振って、足元に魔法陣を出現させる。
「……ホレニレビヤタヘバナソジヌノモ。レッノヤセレニンウナヘワル」
「くっ……お前……っ!」
苦悶に歪む雅の顔。
レイパーは、麗の部屋の方をチラっと見ると――魔法陣から放っせられた光に包まれていく。
流石に五対二は分が悪いと判断し、一旦引くことにしたのだ。この魔法陣は、転移の魔法である。
レーゼ達が「待て!」と言うのを聞き流し、ネクロマンサ―種レイパーと雅はこの場から消え去るのだった。
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