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季節イベント『置物』

「ええい、母上などもう知らんっ!」

「ちょ、待ちなさいシャロンっ!」


 レイパーが出現するよりも、もっと前の話。雷の力を得るよりも、もう少し前。


 ドラゴナ島にある洞穴から、人間態のシャロン・ガルディアルが飛び出てくる。ここは、当時シャロンが住んでいた家だった。


 目に涙を浮かべ、竜化して空へと飛んでいくシャロン。後ろから飛んでくる母、エスカの声には、耳も貸さない。


 エスカが洞窟から出てきた時には、シャロンの姿は小さくなっていた。


「も、もう……あの子ったら……はぁ」


 困ったようにそう呟きながらも、エスカはどこか、バツの悪そうな顔をする。


「……悪いこと、しちゃったわ」




 ***




「ええい、全く母上は……」


 森の中にある泉。シャロンはその畔で体育座りしながら、呪詛のようにそう呟く。


「ちょっとシャロン、いきなりどうしたのよ。いい加減、訳を話しなさい」


 呆れ顔で声を掛けてきたのは、薄紅色のボブカットをした女性。名前はジェニス・ニンフィティア。人の姿をしているが、彼女もシャロンやエスカと同様に、竜人だ。


 ここは、シャロンが普段、懇意にしている姉竜の住んでいるところ。洞穴を飛び出したシャロンは、半ば直感的、本能的にここに来たのである。嫌なことがあると、シャロンは彼女のところを訪ねていた。


 最も、やって来たシャロンは何も言わず、かれこれ三十分はこうしている。最初は好きにさせていたジェニスだが、流石に理由を聞き出さずにはいられなかった。


 シャロンんはジェニスに「うるさい」と言いかけるも、突然押しかけた挙句にこんな失礼を言ってはマズいと思ったのだろう。酷く難しそうな顔で、ポリポリと頬を掻く。


「……捨てたんじゃ」

「え? 何を?」

「結構昔に、人間から貰った小さな置物。ナリアに旅行に行ってきたとかで、お土産にと。変な動物の彫刻で、部屋に飾っておったんじゃが……それを母上が勝手に捨てたんじゃよ」


 用事があって外を周り、洞穴にある自室へ戻ったら、何故か綺麗になっていたのだ。母親が勝手に掃除をしたというのはすぐに分かった。出しっ放しにしていた物等も片付けられており、酷く衝撃を受けていたのだが……そこでシャロンは気が付いたのだ。いつも棚の上に置いているはずの、あの置物が無くなっていることに。


 嫌な予感がしてエスカに聞いてみれば、結果は今のシャロンの発言通り。


 それで怒ったシャロンが、住処を出ていったということである。


「そ、そんな理由で家出したってわけ?」

「うるさい。儂にとっては大事なものじゃったんじゃ!」


 八十年以上も生きているシャロンだが、竜の中ではまだ子供。ジェニスはほとほと呆れたような顔をするが、シャロンにとっては許せないことだった。


「ぐっ……折角人間の友から貰ったものじゃったのに……!」

「だったら、取り戻しにいけばいいじゃん。今日捨てられたなら、まだ()()()に残っているんじゃない?」


 そう言ってジェニスが指差したのは、ドラゴナ島の東の山の麓。それに、思わずシャロンは「あっ」と声を上げる。


 この島に住む竜人は、生活で出たゴミを、あの山の麓で焼却する決まりとなっている。焼却日は、週に一回。……今日は、その日では無かった。


「よし、ならば行くぞ! 姉上も一緒に探してくれ!」

「ええっ? ちょ……しょうがないなぁ……!」


 竜化して飛び立つシャロンに、ジェニスは仕方ないと溜息を吐いて、後に続くのだった。




 ***




 そういう訳で、ゴミ捨て場に到着した二人。


 辺りには、大きな葉っぱの包みがいくつも置かれていた。竜人は、このようにしてゴミを捨てるのだ。どうせブレスで焼き尽くすので、包み方等も基本的に適当だったりする。


 生ごみ等から発せられる、息の詰まりそうな臭いに顔を顰めるシャロン達。陽が射しているから、臭いはさらに強烈になっていた。竜人の生活では、人間程大量のゴミは出ないのだが、それでもこんなものである。


「うへー……え? この中から探すの? 嘘でしょ?」

「何としても探すのじゃ! さぁ、手伝ってくれ!」

「……後で何かご馳走してよね。じゃなきゃ割に合わないって」


 悪臭に負けず、ゴミを漁り始めるシャロン。ここまで来た手前、何もせずに帰る選択肢は選び辛いジェニスは、ブツブツと文句を言いながらも同じようにゴミを漁り始める。


「ねぇ、シャロンのところって、今日はどんなゴミが出た感じだった? 何か分かりやすい目印みたいなのってある?」

「知らん。ゴミ捨てはいつも母上がしておるんじゃ」

「シャロン……家事くらい、少しは手伝った方がいいよ」

「ええいうるさい。口では無く手を動かさんか」

「手伝って上げているのに、もう……!」


 このゴミの山の中から、目当ての物を探すのは竜人と言えど骨が折れる。


 漁れど漁れど、目的のものはおろか、ガルディアル家のゴミすら見つからない。


「むぅ……今日ゴミを捨てに行ったのは確かじゃ。流石に下の方に紛れてはおらんはずじゃが……」


 額に浮かんだ汗を腕で拭いながら、シャロンは唇を噛む。まだ探し始めて三十分くらいしか経っていないが、精神的にも体力的にも中々にキツいものがあった。


「姉上、そっちはどうじゃ?」

「いや、こっちも全然――ん? ねぇシャロン、あれ、エスカさんじゃない?」

「なんじゃとっ?」


 そう言われてジェニスが指差した方を見れば、そこには確かにいた。


 紫ロングの、見た目は幼い竜人……シャロンの母、エスカが。


「ちぃ、今は隠れ――む?」


 見つかったら怒られる――一瞬そう思った思考に、一つの疑問が浮かぶ。


 何故エスカが、ここにいるのか? ……と。


 そして、よく見ると……


「……母上は、何をしておるんじゃ?」

「んー? ゴミを漁ってるねぇ。私達と同じ」


 エスカも、ここの臭いに顔を顰めながらも、ゴミをかき分けて何かを探しているようだった。……何を探しているのか、考えるまでもない。


「ねぇシャロン。エスカさんもさ、悪いと思ってるんじゃない? それか、わざとじゃ無かったか」

「……ぐぬぬ」


 シャロンが大事にしていた、人間から貰った小さな置物。


 ジェニスの言う通り、エスカはそれを、悪意を持って捨てたわけでは無かったのだ。


 この置物は、実はシャロンの部屋の床にあった。棚に置いてあったのだが、何かの弾みで落ちたのだろう。エスカは他のゴミと一緒に、うっかりそれも捨ててしまったのだ。


 実はゴミでは無かったということに気が付いたのは、シャロンが置物のことを尋ねてきた時だったのである。


「エスカさん、随分一生懸命に探しているね」

「…………」

「んー? おっ、見つけたのかな?」


 ゴミの山を漁っていたエスカが、パーッと顔を明るくさせたのを見て、そう言うジェニス。シャロンとしては、複雑な気持ちである。


「おっ、それっぽい置物じゃない?」

「う、うむ……あれじゃ。しかし……困ったのぉ……」


 あんなエスカの姿を見ると、エスカがわざとではないと、嫌でも分かってしまう。シャロンとしても気まずいことこの上ない。そこはかとなく湧き上がる罪悪感……怒りの矛先は、一体どこに向けたらよいのであろうか。


「あの様子じゃ、やっぱりわざとじゃ無かったっぽいね。……取り敢えず、もう帰ろうか? ここ、臭いキツいし」

「う、うむ……」


 ここでエスカと鉢合わせるわけにはいかない。シャロンとジェニスは、可能な限り音と気配を消し、この場から離れるのだった。




 ***




「あぁぁぁ……」

「あぁ、もうシャロン、うるさい!」


 ジェニスの住処に戻ってきた二人。恥ずかしさと情けなさでのたうち回るシャロンに、ジェニスはやれやれと額に手を当ててそう叫ぶ。


「うぬ……いや、しかし……儂はどんな顔をして家に戻れば良いのかのぉ……」

「普通に謝ればいいじゃん。あ、そうだ。それよりほら、私に手伝わせたんだしさ、なんかご馳走してよ。約束でしょ?」

「了承した覚えはないぞっ? ……いや、しかし、まぁ……そうじゃな」


 ゴミ山まで連れていった手前、突っぱねるのはあまりにも憚られる。


 シャロンが「何が食べたい?」と聞くと、ジェニスは少し悩むように唸ると、


「あ、じゃあチョコレート」

「チョコレート?」

「そうそう。シェスタリアにそれを売っているお店があってね。前に食べて美味しかったから、また食べたいのよ。てことでシャロン、お店の場所教えるから買ってきて。二人分ねー」

「ふ、二人分じゃと? いや、姉上の分は分かるが、もう一人は誰の分じゃ?」

「エスカさんに決まってるじゃん」


 ジェニスの言葉に、変な声が出るシャロン。


「な、何故母上に買ってこねばならん!」

「だって、誤解だったんでしょ?」

「む、むむむ……」

「このまま手ぶらで帰るの? いやー、気まずいと思うけどなー」

「ぐぬぬぬぬぅ……!」

「…………」

「わ、分かった! 買ってくればいいんじゃろっ! ほら、早く場所を教えんか!」


 堪らず逆ギレするシャロンに、ジェニスは笑顔で返事をすると、適当な葉っぱを拾って地図を描き始める。


「……全く。しかし詫びに贈り物をするのは分かるが、何故チョコレートなんじゃ? 魔物の肉とかの方が喜ぶじゃろうに」

「いや、ちょっとしたお詫びなのにそんなもの渡されても重いって。チョコレートくらいがいいんだよ。ほら、シャロンも女の竜なら分かるでしょ。甘い物を食べると、ゴキゲンになるじゃん」

「そんなもんかのぉ?」

「そんなもんなの。……はい、じゃあここね」

「ちぃ、意外と遠いではないか! ……ええい、少し待っておれ!」


 捨て台詞のようにそう叫ぶと、シャロンは背中から翼を生やし、空へ飛び去るのだった。




 ***




 そして、その日の夕方。


「……シャロン、どこに行ったのかしら?」


 エスカは住処の入口で空を見上げて、そう独りごちる。


 ゴミ捨て場から置物を見つけた後、家出したシャロンを探してドラゴナ島を飛び回っていたのだが、結局見つからなかった。


 もしや何か事件に巻き込まれたのか……そんな不安が頭を過ぎってしまう。竜人なら、そう容易くやられることはないと分かっていても、だ。


 一旦頭を落ち着かせようと、戻ってきたのだが――


「……あら?」


 洞穴の入口に、シャロンの履物があり、目を丸くするエスカ。どうやら入れ違いで戻ってきていたようだ。


 さらに――


「これは……チョコレート?」


 綺麗にラッピングされたチョコレート。シェスタリアで買ってきたそれが、入口の目立つところに置いてあった。


『ごめんなさい』……そう一筆が添えられて。


「全く、あの娘ったら……」


 顔を合わせ辛い娘の心境など、手に取るように分かってしまう。


 安堵するようにそう呟き、柔らかく笑みを浮かべるエスカ。


「シャロン、おかえりー」と言いながら、彼女が隠れているであろう部屋へと向かうのだった。自分が間違って捨ててしまった、あの置物を持って。

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