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第47章閑話

 雅達が久しぶりに新潟に戻ってきた後、作戦会議が終わった頃。


 オートザギア魔法学院の、学生寮。朝の八時十七分。


「シノダ! ほら早く行くわよ! そろそろ授業が始まっちゃうわ!」

「ですから申し上げたではありませんか、先に行っていて下さいと。何故待っているのです? 王女様が遅刻したら、大問題でしょう」


 そんな話をしながら部屋を出てきたのは、歳の離れた二人の少女。


 一人は金髪ロングの、紫色の眼をした娘……スピネリア・カサブラス・オートザギア。


 もう一人は、三つ編みをした長身の女性……篠田愛理である。


 そんな二人を廊下で出迎えるのは、数名の侍女達。スピネリアがオートザギアの第二王女なので、毎日こういった扱いだ。そんな侍女たちはお辞儀をしながらも、若干だが愛理のことを睨んでいた。


 まるで「こんなギリギリの時間になってしまったのは、お前のせいだぞ」と言わんばかりの雰囲気。愛理は冷や汗を浮かべる他ない。


 一応、精一杯の勇気を振り絞り、少しばかりの文句を言ってみたものの、スピネリアは軽く眉を吊り上げて愛理の横腹を小突く。


「シノダが朝早くから何だかコソコソしているし、朝食も食べに来ないからじゃない。心配するわよ、もう」

「う……」


 そう言われてしまうと、愛理が出来るのは明後日の方向に視線を向けて誤魔化すだけだ。よもや、ネクロマンサー種やランド種への対応に関する作戦会議に出ていたとは言えなかった。


「それに……えーっと……」

「……どうされました?」

「……じゃあ聞くけど、何かあったの? 少し顔色が悪いわよ。お腹が空いているって感じじゃないでしょう? 何か嫌なことでもあった?」


 スピネリアの言葉に、思わず押し黙ってしまう愛理。隠していたつもりだったが、まさかバレているとは思わなかったのだ。


 純粋に心配してくれているというのは、スピネリアの目を見れば分かる。これは、流石に嘘は言い辛かった。


「……故郷が今、大変なことになっておりまして。おまけに戦いの渦中に、友達がいるんです。しかし、ここからでは助けにも行けず……心配しか出来ないのが歯がゆいというか……」

「シノダの故郷は、ニホンのニイガタという場所よね? 戦いということは、レイパー関連?」

「ええ。今、各地で見られるようになった亡霊レイパーですよ。奴らが大量に発生したようなんです。タイミング的に、どうにも嫌な予感もしますし……。何故亡霊レイパーが出現したのだとか、行動の理由だとかの謎も、段々と分かって来たというのに、面倒な――」


 そこまで言ってから、愛理はピタリと口を噤む。


 直感した。……自分が今、決定的にいらないことを言ってしまっていたことを。


 恐る恐るスピネリアの方に目を向けると、案の定、彼女はポカンとした顔をして愛理を見つめていた。


 そして――




「……『何故亡霊レイパーが出現したのだとか、行動の理由だとかの謎も、段々と分かって来た』? 何故シノダが、そんな情報を持っているの?」




(やってしまった……)


 ついうっかり口を滑らした己を、激しく後悔して廊下の天井を仰ぐ愛理。


 話の中心にいて、情報が入ってくるポジションにいるからこそ、忘れていた。




 今の、亡霊レイパーに関する話は、極めて一部の人間しか知らないはずの情報だということを。




 ***




 日本海の、新潟より北にある島、佐渡。


 ここは佐渡市北立島にある、警察官駐在所だ。時刻は夜の八時四十分。


 新潟から海を挟んで離れているだけあって、流石にここでは、亡霊レイパーの騒ぎは起きていない。何ならいつもに比べ、少しばかり静かな夜だった。


 駐在所の中には、警察官が二人。


「なぁ、ニュース見たか? 本州の方、大変なことになっているぞ」

「あぁ、亡霊レイパーが出たんだろう? 俺も今見ていたよ。こっちも警戒しておいた方が良いだろうな。見回りしている皆にも知らせておこうぜ」


 と、そんなやや険しい顔で、そんな会話をしていた時だった。


「おい! 大変なことになっているぞ!」

「うぉっ? どうしたっ?」


 夜間パトロールに出ていた警官が、慌ただしく駐在所に入ってきた。まだ交代の時間でも無いのにと、中にいた二人は思わず跳び上がってしまう。


「説明は後だ! 外出ろ! あっちだ!」


 のっぴきならない様子に、二人は顔を見合わせ、慌てて外に出る。


 刹那、目を大きく見開く二人。


 パトロールに出ていた警官が「あれを見ろ!」と海の方を指差すが、言われるまでも無い。




 暗闇の中、海の底から薄らと、巨大な白い物体が浮上していた。




「お、おいあれは……っ!」


 わなわなと震える、警官の声。ぼんやりとした姿ではあるが、見間違うはずも無い。少し前まで、そいつはずっとそこにいて――つい最近、突然姿を消したはずの存在だったはずだから。




 そう……現れたのは、『ラージ級ランド種レイパー』の片割れだ。束音家に刺さっていた杭が抜けかけたことで、今再び、こいつは姿を現したのだ。


 直後、辺りから少しずつ大きくなってくる、人の声。こいつが出現したことに、住民達も気が付いたのだろう。


「な、なんでまた奴が出たっ? 最近消えたはずなのにっ!」

「ヤバいぞ……何をしでかすか分からない! 本州への連絡はっ?」

「もうしてある! 他の駐在所への応援の要請もな! 上からの指示も来た! 俺達は各所と連携し、近隣住民を避難させるぞ!」


 パトロールをしていた警官の指示が、怒号のように飛ぶ。直後、二人の警官の無線にも、緊急連絡が入ってくる。内容は、彼が今言ったことそのものだ。


 静かだったはずの夜は、もう無くなっていた――。

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