第417話『死者』
「あれは四葉ちゃんっ? なんでここにっ? 隣の人は誰っ?」
「恐らく彼女がエスカさんダ! 落ち着け真衣華! 二人とも亡霊ダッ!」
ネクロマンサー種レイパーにより操られた雅。そんな彼女の頭の中から出現した、浅見四葉とエスカ・ガルディアル。二人の体は半透明で、その眼は虚ろ。まさに亡霊の様相だ。
これは、レイパーの魔法によるもの。人の記憶から、死者二人までを現世に取り出す魔法だ。これにより、レイパーは雅の記憶の中から特に強力な人物を、亡霊として呼び出したのである。
ネクロマンサー種レイパーが杖を軽く振るえば、虚ろだった二人の眼に、光が宿る。言葉こそ発しないが、二人とも辺りを見回し、ここはどこだと眉を顰めた。
そして――
「や、やめろっ!」
雅の声も空しく、四葉とエスカは、真衣華と志愛へと襲い掛かっていく。
四葉とエスカの顔は、驚きに満ちていた。一目で分かる。この行動は、二人の意志ではない。彼女達も、雅と同じように、ネクロマンサー種レイパーに操られているのだろう。
「ど、どうしよう志愛ちゃんっ?」
「グッ……仕方なイッ!」
苦悶の表情で、志愛は棍型アーツ『跳烙印・躍櫛』を握りしめると、向かってくるエスカへと突撃していく。
瞬間、変化する志愛の服装。紫色の上着に巻きスカート……韓国の民族衣装、チマ・チョゴリを思わせる服装に。
まだ温存しておくつもりだった『変身』だが、雅が操られ、敵の戦力が二人も増えてしまえば、そうも言っていられない。
「あ……あぁもう! やんなっちゃうなぁっ!」
真衣華もそう叫ぶと、両手に持った斧、『フォートラクス・ヴァーミリア』を構え、四葉の方へと立ち向かう。
始まろうとする交戦。だが――
「ッ!」
「ああっ?」
二人の攻撃は、四葉とエスカの体を擦り抜ける。
レイパーではないというだけで、亡霊であることには変わらない。物理攻撃が効かないのは一緒だ。
「マズイ……これじゃあ打つ手が無いゾッ?」
「他の亡霊レイパーと同じなら、相手が攻撃してくる時だったら実体が出来るはずだけど……っ!」
そう叫んだ真衣華へと、亡霊四葉の跳び蹴りが迫る。それを、斧を盾にして防ぐ真衣華だが――次の四葉の攻撃は速い。蹴りと掌底による苛烈な乱打に、真衣華はただひたすら耐え凌ぐので精一杯だ。
相手が攻撃してくる時だけ実体があるというのは、この亡霊共通の認識で間違いはない。だが、こうも反撃の隙を与えない程の攻撃の嵐の中では、どうにもならなかった。
そして、
「クッ……いダッ、うグ……ッ」
志愛もまた、エスカに苦戦させられている。竜人の強靭な肉体から繰り出される爪や尻尾の攻撃は、志愛がいかに変身していようとも、容易に捌けるものでは無い。
真衣華も志愛も、相手がレイパーならばもっと戦えていたのだろう。だが、相手は人だ。片や知っている人物ともなれば、どうしても防戦一方になってしまう。
しかも、
「……も、もう! なんでそんな顔……!」
「くソッ、やり辛イ……ッ!」
亡霊となって二人に攻撃を仕掛ける四葉とエスカの顔は、酷く苦しそうな顔をしていた。まるで、これは自分の意思では無いと言うように。
その気になれば、魔法で自我まで操れるネクロマンサー種レイパー。だが今回は、敢えてそれを残したままにした。……互いに苦しむ顔を、見たかったから。
それを、雅は外側からただ眺めている外無い。悔しさに歯噛みすることが精一杯だ。
「マタヘワーユカッナケニレノレタソンコンコゾボ……ライテソンウマナボロウ。ラコリテカメワルエワムヘニカオラルモ」
「……っ」
レイパーがそう呟くと同時に、地面に広がる魔法陣。これには、雅も見覚えがある。転移の魔法陣だ。
【マズいよミヤビ! ここで転移されたら……!】
「くっ……二人とも! こいつ、転移しますっ!」
「ええっ? ――くっ……!」
ここで転移されたら、打つ手がない。志愛と真衣華へと、悲鳴をあげるように叫ぶと、それに気が付いた真衣華が、雅の方へと一直線に向かってくる。
そんな真衣華を、亡霊の四葉も苦しそうな顔をして追いかけてくる。
エスカの攻撃を捌くので精一杯な志愛には、出遅れた。
そして、魔法陣が出現して一秒後。
ネクロマンサー種レイパーと雅、真衣華と亡霊四葉は、この場から消えて無くなるのだった。
***
「きゃっ」
「おわっ?」
【……なっ? ここって……!】
魔法陣に消えた雅達。
手にした先は――三人にも見覚えがある場所だった。雅とカレンの良く知る場所だったから。
立ち並ぶ家々。離れたところでは、戦闘音に混じり、レーゼ達の声も聞こえてくる。そう、ここは――
紫竹山二丁目。……束音家があるところだ。
操られているはずの雅の背筋が、ゾワリと鳥肌を立てる。
「ね、ねえこれヤバいくないっ? ――っ!」
これが意味することに気が付いた真衣華が青褪めるが、何かを対策するより早く、亡霊四葉の蹴りが迫る。
そのまま、束音家の外で戦い始める二人。彼女達をその場に残し、レイパーは雅を先導させ――束音家へと向かっていく。真衣華が止めようとするのを、亡霊四葉が許さない。邪魔者は誰もいなかった。
「お、お前……まさか狙いは……」
言葉にならない続きの台詞。それを肯定するように、ネクロマンサー種レイパーは低く笑い声を上げた。
そう。ネクロマンサー種レイパーが束音家まで来た理由は――杭。
佐渡の隣に佇んでいたラージ級ランド種レイパーの片割れを封印するために、祖母、麗の部屋に打ち込んだ、あの杭だ。
これこそが、ネクロマンサー種レイパーの狙いだったのだろう。大量の亡霊を操って街を混乱させたのは、雅を引きずり出して操り、杭の打ち込まれた場所へと案内させ……それを抜くために。
「や、やめろ……そんなことをしたら……っ!」
制止の声を上げるが、レイパーも雅も止まるはずはない。
このまま杭を抜いてしまえば、待っているのは破滅の未来。一つに戻ったラージ級ランド種レイパーが、世界の地形を変える程に暴れ、多くの人が殺されてしまう。
抵抗も出来ず、生体認証を突破し、家の中まで入ってしまう雅とレイパー。
どうする? どうすればいい? ……雅の思考が、ぐちゃぐちゃになる。
【ミヤビ落ち着くんだ! まだ出来ることはある!】
(っ?)
カレンの声が、雅に冷静さを取り戻させる。
瞬間、思い出すレーゼの指示。
そう、ここには――
そう思った瞬間、レイパーの横から殺気が迫る。
直後、鳴り響く金属音。レイパーの顔面スレスレには、紫色の鎌の切っ先。レイパーは辛うじて、それを杖で受け止めていたという状況だ。
誰が、ネクロマンサー種レイパーに奇襲を仕掛けたのか。
その人物の眼、そして身に纏うフードは、夜闇に負けない漆黒の光に塗れている。まさに、暗殺者のそれだ。その中で揺らめく銀髪は、美しいながらも恐怖を掻き立てる。
そう、彼女は――
家に残っていた、ライナ・システィアだった。
評価や感想、いいねやブックマーク等、よろしくお願い致します!




