第415話『死魔』
時は、ほんの少し前に遡る――。
「う、おわわわ……お、重いよぉ……!」
「頑張って下さいファムちゃん!」
「すまなイ! ファムだけが頼りダ!」
「体重重くてごめんねっ!」
夜空に苦しそうにはためく、白い翼……アーツ『シェル・リヴァーティス』だ。真っ赤な顔をしたファムは、両脇に志愛と真衣華を抱えており、さらに腰には雅がしがみついていた。
先程まで束音家の近くで亡霊レイパーと戦っていたのだが、少し前にミカエルから『ネクロマンサー種レイパーの居場所のあたりが付いた』という連絡を受け、急遽そこへと向かっていた。ミカエルの推理では、この亡霊レイパーを操っているのはネクロマンサー種レイパーであり、奴を倒さなければこの騒動は解決しないということだったからだ。
「そ、そりゃ大勢で行ってさっさと決着付けた方がいいのは分かるけど……! 普通は一人持ち上げるので精一杯なんだからね……! プラス二人はキツイって!」
三人とも、そこまで体重が重いわけではないが、それにしたって総重量は百三十キロを超える。明らかに重量オーバーなのを、無理に運んでいるという状況だ。しかもこの吹雪の中を、である。
雅達が頑張れ頑張れと励まし、出来うる限りの速度でミカエルのところに向かっていたのだが――そんな彼女達の目に、ある光景が飛び込んできた。
「あそこダッ! ……っテ、おイッ! ヤバいゾ!」
「どどどどうしよう!」
「ミカエル先生っ?」
地面に伏したミカエル。その側で、ネクロマンサー種レイパーがT字の杖を振りかざしていた、その光景を。T字の両脇からは刃のようなエネルギーが伸び、鎌になっている。それでミカエルの背中を貫こうとしている、まさにその瞬間だ。
「ファムちゃん! ちょっと頑張って下さい!」
「えっ? ちょ――おわわっ!」
雅の手に、柄の曲がった剣――ライフルモードにした剣銃両用アーツ『百花繚乱』が出現する。アーツの重みでガクンと高度が下がるが、雅は何とか敵に照準を合わせ、エネルギー弾をぶっぱなした。
一直線に飛んでいく、桃色のエネルギー弾。
暗闇の中で、光弾は目立つ。
必然、雅の放った攻撃に気が付くレイパー。鎌を振るい、エネルギー弾を弾き飛ばして直撃を防ぐが――
「ちょわー!」
「オオッ?」
「あわわわわぁっ!」
「きゃあっ!」
【危ないっ!】
「ッ?」
重さに耐えきれず、遂にレイパーの方目掛けて落下してきた四人。固まった彼女達のことは避け切れず、激突して吹っ飛ばされてしまうレイパー。
「い、いてて……って、ミカエルさんっ!」
「あ、あなた達……」
衝突のショックで目を回しそうになる中、何とか起き上がった雅がミカエルへと駆け寄り、ホッと息を吐く。何とかギリギリ間に合ったといったところだ。
「リリレ、ララヂレジ……」
「グ……来るゾ! 真衣華、構えロ!」
「わ、分かってる!」
立ち上がるレイパー。志愛と真衣華も起き上がり、慌てて前へと進み出る。
その手に現れるは、二種のアーツ。
志愛の手に握られたペンが変形するは、先端に虎の頭型の彫刻が付いた銀棍、『跳烙印・躍櫛』。
真衣華の手には、半月型の赤い片手斧、『フォートラクス・ヴァーミリア』だ。スキル『鏡映し』も発動させてアーツをコピーし、両手に一挺ずつ持つ。
雅も、百花繚乱の柄を伸ばし、ブレードモードにして構えた。
「ファム! ミカエルさンを安全なところニッ! こっちは三人で何とかすルッ!」
「う、うんっ! お願いっ! ――先生っ! 肩に掴まって!」
「うぅ……ごめんなさい……!」
大きなダメージを受けたミカエル。雅達にこの場を任せざるを得ないことには抵抗はあれど、今の自分では足手纏いもいいところだというのは理解出来ている。
故に大人しくファムの言葉に従い、二人でその場を飛び去っていく。
そんな彼女達を逃がさんと、レイパーは杖を掲げるが――
「させませんよ!」
「とりゃあっ!」
雅と真衣華の、同時斬撃が、それを許さない。
レイパーが跳び退いて躱した直後、
「ハァッ!」
時間差で跳びかかってきた志愛の、棍による強烈な打撃が、腹部に直撃し、敵を大きくよろめかせる。
突きが命中したところに出現する、紫色の虎の刻印。だがレイパーが気合を入れるように唸り声を上げると、あっという間に掻き消されてしまった。
「チィ、やはり一撃では倒せないナ……!」
「ふーんだ! でもこっちだって切り札があるもんね!」
真衣華がそう叫ぶと、彼女の下に出来た影が膨れ上がり、真衣華を包み込んでいく。
刹那、変わっていく真衣華の格好。マフラーのようにはためく黒頭巾に、この寒空の下では絶対に不向きな黒いミニスカと網タイツ。額当てに刻まれたサガリバナの紋様が、ギラリと光る。
先日発現した、真衣華の新しい力だ。
「さあ、行くよ!」
真衣華が張り切ってそう叫ぶと、その姿が影に沈んでいき、刹那、レイパーの背後から飛び出て、その背中に斧の刃を叩きつけにいく。
【おっ、マイカ、早速使っているね! ミヤビ、こっちも変身するよ!】
(い、いえ! 今はまだタンマです!)
【ええっ? なんでっ?】
早々に決着を着けるべきだという考えだからか、真衣華はくノ一の姿へと『変身』した。戦術としてはアリだというのは、雅とて理解している。
だが雅や志愛、レーゼ、そして真衣華の『変身』は、三十分しか効果が持たない。それを過ぎると、元の姿に戻ってしまい、日付が変わるまで『変身』は出来ないというデメリットがある。
敵にねばられてしまったり、何か切り札を隠し持っている可能性を考慮すると、雅としては『敵を確実に倒せるタイミング』で使いたいところだ。特にこのレイパーは、転移魔法が使える。不利と判断すれば、すぐに逃げてしまうかもしれない。転移魔法対策の装置がまだ無く、ミカエルも撤退したとなれば、現段階では敵に「自分の方が不利だ」と思わせないくらいの戦況を維持しつつ、タイミングを見計らって一気に勝負をつけるのがベストだ。
志愛も変身せずに戦っているあたり、彼女も同じ考えなのだろう。
変身するには、今はまだ早い……それが雅の判断だった。少なくとも真衣華が変身したのなら、戦力的には今のところ充分だ。自分も焦って変身すべきではないと、雅は思っていた。
だが、そんな時、
「ッ? 雅ッ! 避けロッ!」
「えっ? ――っ!」
変身するかしないかに気を取られ、雅は気が付くのが遅れた。――足元に出現した、魔法陣に。
そこから出現する、緑色の触手が雅の体を捕えてしまう。
見れば、志愛と真衣華の近くにも同じ触手が出ていた。最も、二人は上手く避けられたのだが。
ミカエルとの戦いで魔力を大きく消耗していたネクロマンサー種レイパーだが、この戦闘の中、残った魔力を搔き集め、雅達の動きを封じるべく、この魔法を発動させたのである。
「し、しまった……っ!」
「雅ちゃんっ?」
【ご、ごめんミヤビっ! 私が余計なこと言ったせいで!】
謝るカレンだが、時既に遅し。
レイパーは真衣華の斧の一撃と、志愛の棍の払い攻撃を躱し――一直線に、雅の方へと接近してくる。
ギラリと光る鎌。そして――
「っ!」
「雅ッ?」
「きゃあぁっ!」
雅の胸部から噴き出る鮮血。エネルギーで出来た刃が、彼女の心臓を貫いてしまったのだ。
「コヅソセナエ。……スス、ラコリテソンムテノッニカオルダ」
触手が解かれ、ドサリと地面に倒れる雅を見て、レイパーはニヤリと笑みを浮かべてそう呟く。
そのまま倒れた雅に背を向けると、今度は志愛と真衣華の方へと襲い掛かった。鎌と斧、棍がぶつかりあう音が響く。
雅が殺されるというショッキングな状況。それでも志愛と真衣華は、顔を青くしつつも、その動きに揺らぎはない。二人は知っている。雅が使える、あのスキルのことを。
直後、仲間のスキルを一日一度だけ使える雅のスキル『共感』が発動し、今は亡き浅見四葉の『超再生』が発動する。
徐々に塞がっていく傷口。それを見た志愛と真衣華の顔が、ホッとしたものへと変わる。
息を吹き返し、起き上がって急いで戦闘に戻ろうとした雅。
……だが、その時。
「あ、あれっ?」
雅はすぐに気が付く。己の体の異変に。
動き出す雅の足。だがこれは、彼女の意志では無い。
そのまま足を閉じ、百花繚乱の切っ先を地面へと向けると――
その体から、五線譜が飛び出てきてしまう。
「なっ? なんでっ? カレンさんっ?」
【私は何もしていないよっ!】
本来なら雅とカレンの心を一つに合わせなければいけないにも拘わらず、勝手に出現した、五線譜。
それが辺りを舞い、雅の体へと収束していき――彼女の姿を、変化させていく。
桃色の燕尾服……まるで指揮者のような格好。
雅の切り札、音符の力を操る、あの姿へと。
そして――
「っ?」
「おわっ?」
「ナッ!」
雅の体が勝手に動き、斬撃を放つ。――何故か、志愛と真衣華へと。
「ま、待って! 止まってっ!」
【何をしているのミヤビ! 止めるんだっ!】
「そんなこと言われてもっ!」
「わわっ?」
雅の力を込めた縦斬りを、真衣華はアーツで受け止める。だが、雅の力が想像以上に強く、真衣華は冷や汗を浮かべた。
さらに雅は素早く百花繚乱の柄を曲げてライフルモードにすると、今度は志愛の方へとエネルギー弾を乱射し始める。
慌てて避ける志愛。一部のエネルギー弾を棍で弾くも、それで何とか直撃は免れているギリギリの状態だ。いつ命中しても、おかしくない。
「ちょっ、どうしたの雅ちゃんっ?」
「おい雅ッ! やめロッ!」
「だっ、駄目ですっ! 体が勝手にっ!」
雅の視界の端で、ネクロマンサー種レイパーが杖を振る。その先端を、緑色に光らせて。
その瞬間、ゾワリと嫌な予感が、雅の背中を伝う。
これは、ネクロマンサー種レイパーが使う魔法の一種。そう――
【まさか……ミヤビっ! 操られたのっ?】
雅の中で、カレンの切羽詰まった声が空しく響くのだった。
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