第414話『闇炎』
「はぁぁあっ!」
ミカエルが声を張り上げ、杖型アーツ『限界無き夢』を振るうと同時に、十一発もの火球が出現し、ネクロマンサー種レイパーへと向かっていく。
その一発一発は、直径二メートル近い大きさの火球だ。こんなものが全弾命中すればどうなるかは、想像に難くない。
故にレイパーも、全方位を隙無く包む半球型の、深緑色のバリアを展開する。
だが、そこに次々と火球が直撃していくと、
「ッ?」
三発の火球を受けたところで、バリアに亀裂が走る。レイパーの作り上げたバリアは、それなりの強度があるもののはずだった。それだけ、この火球一発の威力も凄まじいことを意味しているのである。
慌てて杖を振り、バリアの内側に、一回り小さなバリアを二枚張るレイパー。一枚目が突破されても、二枚目のバリアで防ぎ、それが突破されたら三枚目で……そういう算段だ。
響く爆音。バリアで防いでいても、中にまで僅かながらも衝撃が届く。
最後の火球と、三枚目のバリアが相殺。何とか凌ぎきったと思ったレイパーだが――刹那、巨大な魔力と、高い熱源の気配を察知する。
ミカエルの頭上には、赤い星型の円盤が五枚。それが円を描くように高速で回り、中心に魔力を集中させていた。これは――
「喰らいなさいっ!」
ミカエルの最大魔法の、極太のレーザー。敵が火球への対処に追われている間に、攻撃の準備を進めていたのだ。それが、レイパーへと放たれる。
周囲の雪を焼き尽くし、吹雪を蹴散らして進むレーザー。
十一発もの火球を防ぎきって安堵していたレイパーは、対応が遅れた。
レイパーが負けじと杖からを深緑色のレーザー放って迎え撃とうとするも、時既に遅し。
一瞬だけレーザー同士がぶつかるが、ミカエルの魔法があっさりとレイパーの魔法を撃ち破り、勢いを殺されつつもレイパーへと直撃し、敵を吹っ飛ばす。
そしてこのチャンスを、ミカエルは逃さない。
素早く限界無き夢を振るえば、空に出現するは火球。
それも、直径は五メートルを超える程の巨大な火球だ。
空中に浮いた状態のレイパー。それも、先の一撃で少し思考がぐらついている状態。そんな奴に、この一撃を躱す術は無い。
巨大な火球が直撃し、空で大爆発が起きる。
やったか……一瞬そう思ったミカエルだが、直後、地面に何かが墜落したような鈍い音が聞こえてきた。
「ト……トモトモンウト……!」
「……しぶといわね」
T字の杖を支えに、よろよろと立ち上がるネクロマンサー。黒いローブは焼け焦げ、細身の体にも大きな火傷を負っていたが、それでもまだ息がある辺り、相当にタフなようだ。
レイパーが杖を振るうと、ローブが再生していく。火傷の跡も少しだが消えていき、それを見てミカエルは思わず歯噛みした。
「ヂヤモレソヒヤモ。……ヘモノロウコレ。トオゴ……!」
「っ!」
レイパーが杖を振るうと同時に、ミカエルの近くの地面から、深緑色の触手が無数に伸びていく。
それでも、ミカエルは慌てない。半球状の炎のドームを創り上げ、それに触れた触手達がウ焼き尽くされていく。
だが、ミカエルがそのドームを解除した刹那――既に目の前には、無数のエネルギーボールが放たれていた。
ミカエルも、慌てて火球を乱射し、応戦。
空中で激突し、相殺していく両者の魔法。どちらも一歩も引かず、僅かなミスも命取りとなるような、激しい魔法の応酬だ。
だが、
「……ぐっ」
ミカエルの額に、じっとりとした汗が浮かんでくる。放つ火球のサイズも、徐々にだが小さく、弱いものへと変化していた。相殺出来ていたレイパーのエネルギーボールも、若干だが相殺しきれなくなってきている。ダメージらしきダメージにはならないが、ミカエルへと命中するものもあった。
それを見て、口角を上げるレイパー。このレイパーも、魔法を使う以上は分かる。ミカエルの魔力が、ほぼ底を尽きてきていることに。
初手から強力な魔法をバンバン撃ってきていたのだから、こうなるのは必然だ。寧ろ、この時を待っていたと言っても良い。
そして、
「マイジラヨエゾォッ!」
「なっ?」
レイパーが、エネルギーボールの乱射を止めた刹那、その背後に巨大な魔法陣が出現する。
そこから出でたるは、全長十メートルもの巨大な骸骨の竜。
闇夜に目立つ、おどろおどろしい骨の白。降り続ける雪が、その不気味さを一層引き立てていた。
レイパーが杖を振るうと、骸骨の竜が大きな口を開け、ミカエルへと迫る。
この瞬間、レイパーは勝利を確信した。魔力が切れた魔法使いに、この攻撃を防ぐ術は無いはずだから。
骸骨の竜の骨が軋み、空気が震える。吹雪く視界の中、レイパーの眼は捉えた。唖然と突っ立っているミカエルに、竜が直撃したところを。
鳴り響く轟音。周囲に積もる雪が、その衝撃で崩れていく。
しかし――
「……ッ?」
レイパーは、見た。
今の魔法が直撃したにも拘わらず、未だ立ち、杖を構えるミカエルの姿を。その体は、ほぼ無傷。
そんなはずは無いと、我が目を疑うレイパー。攻撃が当たったのだ。辛うじて生き残っていたのならまだしも、ダメージが無いことはあり得ない。
だが、レイパーは気が付く。ミカエルの立っている場所が、先程よりも少し離れていると。
実は、当たったように見えた骸骨の竜による攻撃は、外れていた。見当違いのところに放たれていたのだ。
蜃気楼。
冬の寒さの中、ミカエルが炎魔法を乱射したことで温度が急激に上がっていた。
先程までレイパーが見ていたミカエルは、蜃気楼が創り出した幻影だ。吹雪による視界の悪さも相まって、レイパーはそれに気が付かなかった。
これも全て、ミカエルの計算の内。最初から大技を使って攻めれば、敵は間違いなく、自身の魔力切れを狙う。出来る魔法使いは、そうするのが戦術の鉄板だ。
魔法の乱射戦に持ち込まれた辺りで、レイパーがそれを狙っていることを確信した。故にミカエルは魔法に使う魔力を、威力よりも熱を上げることに費やしていたのだ。
その狙いは、三つ。一つは、今のように、止めに使うはずの大技を空ぶらせること。
二つ目は――
「ラタイ……ッ!」
ネクロマンサー種レイパーは、再び魔法陣を作り、骸骨の竜をミカエルへと放つ。今度こそ止めを刺してやるという並々ならぬ意思が、その攻撃からは溢れていた。
だが直後――ミカエルの頭上に、星型の赤い円盤が五枚、出現する。ミカエルが最大魔法を使う時に出現する、あれが。
円を描くように高速回転し、中心にエネルギーが収束していくのを、唖然として見つめるレイパー。何故、魔力が残っている――そう言わんばかりに。
それは、ミカエルが魔力を回復させるスキル、『マナ・イマージェンス』を使っていたからだ。
これが、蜃気楼を作った二つ目の理由。スキルを使うための隙を作るために、敵に攻撃を外させたのだ。
放たれるレーザー。それが、骸骨の竜の口に吸い込まれ――あっという間に、その体を焼き尽くす。
折角放った巨大な骸骨の竜は、空中であっけなく崩壊していった。
そして、ミカエルが杖を振るうと、再び十一発もの火球が出現する。しかも、最初に放ったものよりも大きな火球が。
慌てて防御魔法を発動させようとしたレイパーだが、直後、気が付く。――自分の魔力も、残り少ないことに。
全ての火球を防ぎきることは、もう出来ない。
これが、三つ目の理由。敵の魔力切れを狙っていたのは、レイパーだけでは無い。ミカエルも同じ。
敵に魔力を消費させるために、大技を無駄撃ちさせたのだ。
悔しそうに杖を握りしめるレイパー。魔法使いとしての戦いは、完全にミカエルの方が上だったから。
……魔法使いとしての戦い、は。
レイパーは杖を掲げ、巨大な盾を三枚出現させる。
それらが、迫り来る火球を、一枚につき二発ずつ――合計六発の火球を受け止めるが、あっさり崩壊し、火球は僅かに威力と速度を落としてレイパーへと突き進む。
だが、
「なっ?」
ミカエルの驚愕の声と、火球が爆発する音が重なる。
レイパーは、迫る火球を、軽やかな動きで躱していたのだ。
初手に同じ攻撃を見ていたから、魔法の癖等は大体把握していた。故に、放たれた火球の内、半分くらいだけ少し速度を弱めてやれば、何とか回避出来ると踏んでいたのだ。
T字の杖の両脇から、エネルギーが伸びて刃の形状を取る。それはまるで、鎌のよう。
ミカエルは火球を操作し、レイパーを狙うが、当たらない。
あっという間に接近されてしまう。ミカエルの苦手な、近接戦の間合いに。
慌てて炎の壁を創り出すミカエルだが、レイパーは素早く後ろに回り込み――そのがら空きの背中に、凶刃を突き立てる。
「ぐぅ……っ!」
念の為に展開していた防御用アーツ『命の護り手』による光のバリアがミカエルを守る……が、その威力を完全には殺しきれない。今使っているのは、長時間にわたり効果があるものの、防御力が弱いもの。その衝撃は、ミカエルを大きくよろめかせるには充分な程だ。
レイパーの攻撃はまだ終わらない。二発、三発……何度も鎌による斬撃を命中させ、ミカエルを地面に叩きつけ、そして――
「うっ……」
「マイジナザキゾ」
ネクロマンサー種レイパーが、鎌を大きく振り上げる。……ミカエルの、完全にがら空きになった背中に、その刃を突き刺すために。
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