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ヤバい奴が異世界からやってきました  作者: Puney Loran Seapon
第46章 新潟市中央区柳島町
536/669

季節イベント『年玉』

 二二二二年、一月四日金曜日。夕方の七時十七分。


 新潟県警察署本部にて。


 世間は正月とはいえ、警察官に休みなど無い。この日も、冴場伊織は出勤しており、この時間まで残業していた。たった今業務を終えたばかりである。


 しかし、伊織はそのまま玄関口に向かうこと無く、上の階……科捜研がある部屋へと向かっていた。


 部屋の扉をノックすると、中から男性の声がする。あぁ、やはりここにいた……伊織はそう思いながら、「失礼するっす」と言ってドアを開けた。


 中には、さっき返事をした男性刑事が一人。相模原優一だ。


「相模原警部……こんなところで何してるっすか? 探したっすよ」

「すまん。さっき優香から連絡があってな。科捜研に忘れ物をしたから、持って帰ってきてくれと頼まれたんだ」


 そう言いながら、優一は手に持っていたポーチを伊織に見せる。中に入っているのはコスメセットで、ここに泊まりこみで作業する時等はお世話になる。年末年始には持ち帰り、中を補充するのだが、今日はうっかり忘れてしまったらしい。


「私を探していたようだが、どうした? まぁ、座れ。コーヒーでも出そう。インスタントで良ければだが」

「え、いいんすか勝手に」


 思わず伊織がそう聞くと、優一は「うむ」と言って頷く。ここによく出入りしている優一は、そこら辺も自由に使わせてもらっていた。後で優香に一言伝えておけば、問題は無い。


 ものの数分でコーヒーが出来て、二人はテーブルに向かい合うようにして座る。


 伊織はコーヒーを啜ると、口を開く。


「警部、折り入って相談があるっす」

「……人身安全対策課や少年課への転属の相談なら、力にはなれんぞ。お前はもう立派な刑事(デカ)の顔付きだ。犯人相手なら問題無いが、子供は怖がってしまう」

「ちげーっす! 地味に気にしてること言わねーでくださいよ……」

「すまん。冗談だ。……して、相談というのは?」

「あー、いや……ほら、明日、雅ちゃんの家に招かれてるんすよ。新年会やるってんで。で、正月ですし、お年玉あげようと思うんすけど……」


 警察官に休みなど無い、というのは本当だが、完全に年中無休で働かなくてはならないわけでも無い。伊織は明日明後日は非番となっていた。


 優一はそれを聞いて、「なんだ、君もか」と返す。優一と優香も、たまたま明日は休みで、おまけに雅の家に招待されていた。娘の優と一緒に参加予定である。


「お年玉か。なら、優の方は気にするな……と言っても、冴場からすればそうもいかんか」

「そーっすよ。うちの面子に関わるっす。てか、別に優ちゃんにお年玉上げた方がいいかどうかの相談じゃねーんすよ。問題なのは異世界人の方で……ラティアちゃんはともかく、レーゼちゃんとかセリスティアにも、お年玉って渡した方が良いんすかね?」

「あの二人はもう就労している身だろう? お年玉をもらうよりも、寧ろ他の人にあげる立場な気もするが……」

「でもあの二人、年齢的には優ちゃん達と大差ねーじゃねーっすか。レーゼちゃんとライナちゃんは十七、セリスティアは来月末で十八になるっす。うちらの世界じゃ、基本的にはまだ華の女子高生って年頃っすよ?」


 そうなると、優達にはお年玉を渡して、彼女達には渡さないというのも、何となく気が引ける伊織。しかし優一の言う通り、彼女達は既に就労者なので、お年玉をあげるというのも失礼な気もした。故に、こうして優一に相談しにきたのである。


「せいぜいシャロンさんくらいじゃねーですか? うちらよりも遥かに年上ですし、渡す必要が無さそうな……あぁ、いやそうでもねーっすね。シャロンさん、竜の中じゃ子供って言っていたっす。多分人間でいう、小学生かそんくらいの年齢なんでしたっけ?」

「むぅ……そう言われると、私達も彼女達に渡した方が良い気がしてきたな。あぁ、そう言えば、異世界にお年玉の文化なんてものはあるのだろうか?」

「ミカエルさんに聞いたら、そんなもんねーらしいです」


 お年玉の文化について詳しく説明したら、「私もノルンとファムちゃんに渡した方がいいかしら? あぁ、でも教師の立場で生徒にお金を渡すのはマズいわよね……」と真剣に悩みだしてしまった。少し申し訳ない気持ちである。


「となると、渡しても却って困惑させてしまうかもしれんか……」

「まぁでも、折角日本で正月を過ごすんですし、お年玉文化を知ってもらうのも悪くねーんじゃねーですか? ただ、渡すもんが金っすからね。受け取る方もハードルが高い気もするんすよ……」

「……そうだ。なら、こういうのはどうだ? ――」




 ***




 そして、次の日。


「……そ、それで、これを渡されたと」

「そうっす! お年玉のルーツは餅っすよ! あー、由来はなんだったかな? 警部が教えてくれたんすけど、忘れちまいました。確か、神様にお供えしたお餅を渡してご利益だったか健康だったかを願うのが始まりらしーっす」

「鏡餅を渡して、一年を無事に過ごせるように願うんだ。まぁ、うん……なんだ、その……あー……」


 伊織の説明に、歯切れ悪そうに補足を入れる優一。そんな彼に、娘の冷えた視線が突き刺さる。


 お年玉をもらえると期待していたら、餅を渡されたのだ。それも人の手くらいのサイズのものを。その時の彼女達の心情やいかに。


 レーゼ達異世界人は、日本の文化を知れて、横の方でワイワイなんだか楽しく盛り上がっていたが、優達からしてみると微妙この上ない。餅よりお金が欲しい年頃だ。雅でさえ反応に困っている辺り、相当である。


 ……最も、伊織は何故か『やりきった感』を全開にしており、突っ込みを入れるのも憚られるのだが。


 因みに、お餅は一人二つ。一つは伊織からで、もう一つは――


「……お父さん?」

「……すまん。これでも大真面目に考えた結果だったんだ。今思えばどうかしていた」


 ほとほと困った顔で謝るのは、優一。考え過ぎて、頭がどうかしてしまっていたと、猛省中だった。


 後ろでは、優香が呆れた顔になっているのも、優一的には胃が痛い。


「賞味期限短いのに、この大きさ……二つは多いって。太るじゃん……」

「あ、あははは……まぁまぁさがみん。折角なので、皆で食べましょう。優一さんも伊織さんも、ご馳走様です」


 ただでさえ正月は食べ過ぎてしまうのにと、自分の横腹を摘んでげんなりとそう呟いた優に、雅は乾いた笑みを浮かべ、餅をキッチンに持っていくのだった。

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