第46章閑話
二月六日水曜日。午後一時二十分。
サウスタリアから、新潟へと向かう船の中に、雅達はいた。先日、新潟にネクロマンサー種レイパーが出現したと聞いたからである。
今にも雪が降りそうな空の下、ここは甲板。
全長三十メートル近くもある大きな船。甲板には、景色を眺めるために何人も乗客がいる。そんな中、落下防止用の手すりに寄りかかる、薄紫の髪の少女がいた。ファム・パトリオーラである。
大欠伸しながら、ボーっと視線を向ける先は、ナランタリア大陸の方。正確には、ウェストナリア学院がある方だ。
すると、
「ファム、ここにいたのカ」
「んー? なんだ、シアか。どったの?」
突然後ろから声を掛けられ、振り返るとそこにいたのは、ツーサイドアップでツリ目をした少女、権志愛だ。
「船の中でお菓子を買っタ。一緒に食べないかと誘いに来たんダ。……ノルンのことガ、心配カ?」
「うん。命に関わるような怪我じゃないって分かってはいるんだけどさ」
先日、学院に現れたレイパーとの戦いで、足に怪我を負ったノルン。数日は入院しないといけないということで、残念ながらお留守番なのである。
「あぁ……やっぱ、私も残れば良かったかな……。人手は多い方がいいなんて言われたけどさ」
「……向こうにハ、シャロンさんもいル。きっと安全ダ」
そう言って志愛が目を向けたのは、サウスタリアの南西に浮かぶ島、ドラゴナ島。
シャロンは「少し自分を鍛え直す」と言って、今現在島に籠って修行中である。
「……シャロン、なんで修行するなんて言い出したの? 普通に今でも充分強いじゃん」
「ちゃんと『さん』を付けなさイ。……私も詳しくは分からないガ、どうやら雅と何かあったらしイ。喧嘩したとカ、そういう訳ではないようだガ……。二人とも教えてくれないかラ、それ以上は分からないナ」
「ふーん? ……てっきり、まだ自分がスキルを貰えないことに悩んでいるのかと思った」
「それもあるだろうガ……」
シャロンが色々変わろうと決心した理由が、まさか自分自身にあるとは、欠片も思っていない志愛は、困ったように首を傾げる。
「……ま、適当に終わらせて、早くノルンのところに帰ろうそうしよう。それで安心安全完璧じゃん。んじゃ、なるべく皆で頑張って」
「ファムも頑張るんだゾ。……そんなこと言う子にハ、お菓子はあげませン」
「えっ、ちょ……分かった分かった! 私もちゃんと頑張るから!」
踵を返してスタスタと船内に戻る志愛を、ファムは慌てて追いかけるのだった。
***
一方、その頃。船内では。
「えっと……そのぉ……」
「にゃーにゃー、可愛いわね、にゃーにゃー」
「あー……えっと……」
雅が、引き攣った顔で口をパクパクさせている。辺りに響くは、猫……カレン・メリアリカの飼い猫、ペグの、どこか抵抗する際に喚くような泣き声だ。
隣では、銀髪フォローアイの少女、ライナ・システィアも、何か言いかけるも何も言葉が出てこないという顔をしていた。
二人の目の前には、青髪ロングの娘、レーゼ・マーガロイスがおり、彼女がペグを抱いている……のだが、レーゼの顔は、二人が見たこともない程に緩み切っていた。
新潟に行く際、レーゼとライナも一緒に行くことになっていた。二人がいたノースベルグから船でサウスタリアまで来て、そこで雅達と合流したのだが……ペグを見つけて以来、レーゼはこんなんである。
(あ、あの、ミヤビさん? レーゼさんって、こんなに猫好きでしたっけ?)
(ちゃんと聞いたことは無かったですけど、そう言えば、誕生日の日に猫のぬいぐるみをプレゼントされた時も嬉しそうでした。でも、これは……)
【いやぁ……こんなレーゼさん、初めて見るなぁ……】
ライナと雅が、小声でそんな話をする。雅の中にいるカレンでさえ、何故か小声で雅にそう語りかけていた。
ペグは明かに、レーゼに触られるのを嫌がっているのだが、どうもレーゼの目から見るとそういう風には見えないらしく、構わず抱いている。頬ずりまでする始末で、ペグはジタバタともがいていた。
「あ、あの、レーゼさん大丈夫ですか? その……」
「ええ、じゃれているだけよ。平気平気」
「で、でも、顔が……」
頬に次々と出来るひっかき傷。それにも構わずペグに頬ずりするレーゼに、雅とライナは苦笑いを浮かべるしかない。
一種の狂気のようにも思える、レーゼの行動。事実、先程まで一緒にいたはずのラティアは、ちょっと怯えたような様子で、適当な理由を付けて席を外してしまったくらいだ。
(ど、どうしますかミヤビさん? 止めた方が良いですかね?)
(ど、どうでしょう? 無理に引き剥がすのも、何か悪いです)
【ま、まぁいいよ。ペグも人見知りが過ぎるところがあるし、私やミヤビ以外の人にも慣れた方がペグの為にもなるよ。……あんまりストレスになるようなら、レーゼさんを止めないとだけど】
「あら、わんぱくで可愛いじゃない。……ふふふ」
ペチペチと尻尾で顔を叩かれるのも気にせず、レーゼは変な笑い声を出すのだった。
***
「……これがこう。で、あれがああだから……んー?」
「――あっ、ミカエルお姉さん! いた!」
「えー、ってことは――って、あら、ラティアちゃん。それにファムちゃんとシアちゃんも。どうしたの?」
雅達がレーゼの奇行に困惑している頃、ミカエルは船の通路を、難しい顔でブツブツと独り言を漏らしながら、手に持った書類を眺めて歩いていた。
そんな時、突然前方から声を掛けられ、気が付く。そこに、白髪の美しい少女、ラティア・ゴルドウェイブがいたことに。
その後ろからは、志愛とファムも着いてきていた。彼女達は少し前にラティアと会ったのである。
「シアお姉ちゃんがお菓子買ってきてくれたから、一緒にって思って。……ミヤビお姉ちゃん達のところは、今大変で……」
「た、大変?」
「あー、なんか、レーゼがペグのこと、猫可愛がりして豹変しているんだって。イメージ壊れるから見ない方が良いよ」
「コ、こラ、ファム! そういう言い方ハ……」
「えっ? 何? ……えっ?」
突然ぶちこまれた、情報過多のファムの言葉。脳の理解が追い付かず、ミカエルは目をパチクリとさせる。
「てか、それより先生……船の中で、書類なんか読まない方が良いよ。ノルンからも厳命されてるんだ。見かけたら絶対止めろって。……乗り物酔い、普通にするクチなんでしょ?」
「ば、馬鹿にしないで頂戴! そんなことは――」
「え、えっと……ミカエルお姉さんは、何を読んでいたの?」
「いえ、ネクロマンサーのレイパーがいたでしょう? あいつの行動の理由が分かりそう――うっぷ」
「あぁ、もう! 言わんこっちゃないんだから!」
話している途中で、突然青い顔になりだしたミカエル。さっきまで集中していたため問題は無かったのだが、気が緩んだ瞬間、体の内側から一気に何かが込み上げてきたのだ。
ファム達は慌てて、彼女を抱えて手洗いへと向かうのだった。
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