第46章幕間
真衣華達がテラー種レイパーとの戦いを終えた後のこと。
二月五日火曜日、夜の七時十分。ここはオートザギア魔法学院。
愛理は一人、学生寮の自室にいた。
学生に用意されたベッド。目隠しのためのカーテンを引き、誰にも見られないようにし、その中に彼女の姿がある。
何をしているかというと――
「――そういう訳で今回は、オートザギアで買った『これマジで何に使うのか分からん』という道具をだな、ランキング形式で五つ紹介していこうと思う。多分いない……多分いないと思うけど、万が一、万が一誰かちゃんとした使い方を知っている人がいたらコメント欄で教えてくれ。さて、まずは第五位――」
Waytubeの撮影である。学生をしている傍ら、収益が出て生活できる程度にはそこそこ有名な動画投稿者の愛理。今は魔法の勉強でこちらに来ているといえど、生活費が掛かっている以上、こっちの活動を休止するわけにはいかない。
習慣だから毎日投稿しているというのもあるが、動画を投稿すれば雅や優、志愛やラティアは毎回必ず何かコメントをくれるし、レーゼ達も見ており、四人程ではないが偶に反応をくれる。先行きが不安な魔法習得だが、これが存外に良い気分転換になっていた。
とは言え、相部屋の学生――オートザギアの第二王女、スピネリア・カサブラス・オートザギアの前で堂々と動画撮影をするのは申し訳なさや不敬への恐怖等の様々な感情があり、基本はこのようにこっそりと動画作成に勤しんでいた。この時間は夕食であり、スピネリアも不在。動画撮影の絶好のチャンスである。
胃袋が食事をくれと泣き声を上げそうになるのを抑えながら、愛理は撮影を続けていく。
「――はい、次は三位。どん! ……えー、なんか胡椒を挽くあれ、『ペッパーミルみたいな見た目をしている何か』。胡椒を入れるところがないから、多分ペッパーミルみたいな見た目をしているだけで、ペッパーミルではないな。これ雑貨店で買ったんだが、お店の人に聞いても『よく分からない商品ですね』と言われてしまった」
話ながら、愛理は思わず笑みを零してしまう。今の話は全部事実だ。「お、ペッパーミルだ」と思って手に取ってみたものの、どうも違うもののようで、店員すら使用用途が分からない謎の物体。一周回ってネタになると思って、衝動的に購入したのである。因みに値段は四百テューロ。日本円にして約千六百円だ。
「一応このくびれているところは回せるようになっていてだな、なんか変な音が鳴るんだが――」
と、説明に夢中になっていた、その時。
「ちょっとシノダ! あなた、夕食は――って、何をしているの?」
「うぉおっ?」
突如カーテンが開き、どこか不機嫌そうな声がする。見れば、そこにいたのは金髪ロングの、紫眼をした少女。
スピネリアである。手には、パンや料理が盛られた皿がある。
中々夕食のテーブルに来ない愛理。時折こういう時があり、部屋に残っていることは知っている。具合が悪いとかでは無いようだったので、何をしているのかスピネリアは気になっていた。今まではスルーしていたが、今回ばかりはと夕食を早々に切り上げ、急いで戻ってきたのである。
よもやベッドの上で何やら一人喋っているとは思わなかったが。慌てふためき、愛理が「いやあのっ、えっとですね!」としどろもどろになっているのは、何となく面白い。
そして愛理も、まさかスピネリアがこんなに早く戻ってくるとは思ってもおらず、完全にパニック状態だ。撮影に夢中で、スピネリアが部屋に入ってきた音に気が付かなかったとは、何たる不覚か。
しかしこの現場を抑えられてしまえば、正直に説明するより他ない。
「えー……実はですね……」
異世界にWaytubeはおろか、動画投稿サイトの類は無い。なんと言えば分かりやすいだろうかと、愛理は頭を捻りながら、口を開く。
「確か魔法の中に、動画を記録するものがありましたよね? 私達の世界では、あんな感じで自分で撮った動画を、色んな人に見てもらえる技術があるんです。たくさんの人に見てもらえると、お金も稼げて……」
「あら、もしかして……えっと、うぇいちゅーぶ? というものかしら? あなた達の世界の技術に、そういった面白いものがあるというのは聞いたことがあるわね」
「あぁ、ご存じでしたか。実は私、生活費をそれで稼いでいて、今も、来週投稿……えー、来週見てもらう予定の動画を作っていたところでして……」
「ふーん。あなたの声、きれいだものね。シノダが喋っている動画なら、皆見てくれそうじゃない。……ねぇ、私も一緒にやっていい? というか、その動画に出して!」
「ええっ?」
急に眼の色を変え、興味津々といった様相を醸し出してきたスピネリアに、愛理は表情を強張らせる。
興味を持ってくれたことは嬉しい。だがしかし、相手は王族だ。Waytubeに動画を投稿すれば、全世界の人に見られることになる。どう考えても、誰の許可も無しに承諾して良い話ではない。
無い……のだが、
「ねぇねぇ、いいでしょ? 何よ、王族の言うことが聞けないっていうの?」
「いや、それは卑怯――」
「大丈夫よ。お父様もお母様もお許しになるわきっと。多分」
「きっととか多分とか、安心出来ない言葉をつけられると困ります! あぁっ、ちょっとっ?」
抵抗空しく、スピネリアにカーテンをくぐられ、ベッドにまで乗ってこられてしまう。
こうなれば最早、やぶれかぶれ。まさか力づくで追い出すわけにもいかない。
「で、どんな動画を作っているの? ――あら、懐かしいものがあるじゃない」
スピネリアが、先程まで愛理が紹介していたペッパーミルのような何かを見て、目を丸くする。
「これが何かご存じなのですか? 実は使用用途が何も分からず、ネタになりそうだと思って買ったのですが……。今回の動画は、こういったものを紹介しようと思っていまして」
「……何年か前に、国民の間でちょっと流行ったおもちゃなのよ。……何故か」
どこか苦虫を噛み潰したような顔になるスピネリアに、愛理は頭の上に『?』を浮かべながら口を開く。
「おもちゃですか? どうやって使うもので?」
「ここをこう、回す」
「あー、そうすると、なんか音が出ますよね?」
「……以上」
「えっ?」
「いえ、だから……この音を楽しむ。以上」
「…………」
想像以上にしょうもなく、愛理はポカンと口を開けて固まる。
スピネリアは顔を赤らめ、「しょうがないじゃない!」と口を尖らせた。
「本当に、なんでこんなものが流行ったのか謎なの! 誰かが『この音が凄く癒される』なんて言い出して、皆それに乗っかっちゃって……。一週間くらいで廃れたんだけど、オートザギアの黒歴史なのよ! 因みにこれ、いくらで買ったの?」
「えっと……確か四百テューロ――」
「たっか! 十テューロでも買いませんわよ! 当時だってせいぜい百テューロ前後が相場だったはずだから、相当にぼったくられたじゃない! ちょ、ちょっと他のものも見せなさいよ。……って、全部ガラクタばかりっ? こんなの紹介して、本当に面白いのっ?」
「ええ、多分。我々の世界にはありませんから、物珍しさで興味は引けると思いますよ」
「ええ……。ま、まあいいわ。で、どうすれば良いのかしら?」
「本当に出るんですかっ? ……ええっと……では、ちょっと内容をこんな感じで変更して――」
元々は異世界で買った変な物を紹介するだけのつもりだったが、スピネリアが用途を知っているのならば……と、愛理はそれらのものをどう使うのか、スピネリアに解説してもらうことにしたのだった。
……なお、元々来週投稿予定だったが、スピネリアに「早く投稿して」と指示され、次の日にアップした愛理。
これが、想像以上に再生数が稼げてしまい、愛理は喜び半分、『オートザギア王家から何か言われるのでは』という戦々恐々とした、生きた心地がしない気持ち半分の複雑な心境になってしまったのだった。
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