第410話『禁句』
午後一時五分。万代病院。
テラー種レイパーを倒した後、真衣華と希羅々は再び、この病院で検査を受けていた。よもや一日に二度も同じ患者が来るとは病院側も思っておらず、受付の事務員の方は大層驚いていた。
「……全く、優一さんには叱られるわ、面倒な検査は受けねばならないわ、今日は散々ですわ」
「優一さんに怒られたのは、希羅々の自業自得じゃん。……散々な日だったけどさ、まだ午後が残ってるんだよね? うわー、憂鬱」
「流石に授業受ける気になりませんわね。……ところで真衣華、体は大丈夫ですの?」
「うーん……特に変なところはないし、多分大丈夫じゃない? ――それよりさ、これ見てよ」
興奮気味にそう言って真衣華が見せてくるのは、先程の戦闘の動画だ。
万が一敵を逃がしたり、敗走してしまった時用に、レイパーとの戦闘中は常に動画撮影の機能がONになっている。
上から見下ろすようなアングルの映像の中、忍者装束スタイルの真衣華が、影から影へと自在に動き回り、次々とテラー種レイパーに『フォートラクス・ヴァーミリア』で斬りつけていた。
「やっば。自分で見て言うのも難だけど、ちょっと惚れ惚れするかも……。これ、カッコよ過ぎない?」
「何をナルシストみたいなことを……。しかし、真衣華に先を越されてしまいましたわね。ちょっと悔しいかもしれませんわ」
言いながら、希羅々はどこか誤魔化すようにそう言って映像から目を逸らす。
……希羅々も不覚にも、映像の中の真衣華が、ちょっと格好良いと思ってしまったのだ。
(やれやれ……。忍者の格好、ですか……。使っている武器がフォートラクス・ヴァーミリアではなく『影喰写』なら、もっとそれらしくなっていましたが……)
そう思いながら、こっそりと真衣華の横顔を見る。
多分、本人も同じことを思っているだろう。口ではあんなことを言っているが、内心は少し複雑なのでは……と、ヒヤヒヤとしてしまう。
「いやー、戦っている時は違和感無かったけど、こうして映像で見ると、流石に忍者が大きな斧を持っているのは不思議だよね。影喰写なら、もうちょっとスマートな感じだったのかな?」
「っ?」
「ん? どうしたの希羅々?」
「い、いえ、何でも……」
まさか自分からそれを言ってくるとは……希羅々は心臓が跳ねあがるのを抑えるのが、やっとだ。
(……案外、もう心配もいらない……のかもしれませんわね)
どこか禁句扱いだった『影喰写』。
そうでなくなる日も、遠く無い気がした。
「いやー、でも凄いなー。もう一回見よ」
「……あ、そう言えば私も、動画で記録撮っているはずですわ。それも見ませんこと?」
「見る!」
待合室で、そんな話をしている真衣華と希羅々。
若干のギクシャク感は残っているものの、その光景は、概ねいつもの二人のものだ。
「……あの子達、なんか普通に仲直りしてますね。ちょっと時間が掛かるかと思っていたけど、良かったわ」
「それにしても、何があったのかしらね? こうもあっさりと仲直りされると、逆に不安よ」
そんな彼女達を遠巻きに眺めながら、照と春菜は首を傾げる。無事に仲直りしたのなら安心なのだが、肩透かしされた気さえしてしまう。
それでも、ホッと胸を撫で下ろしている二人。
やはり幼馴染は、仲良しが一番だ。
***
一方、その近くには、優一と優香もいた。優香のULフォンは起動しており、通話中のアイコンが出ている。
「……まさか、今日優香と話をしたばかりなのに、真衣華君が『変身』するとはな。これで四人目……ううむ」
「何かあるのは間違いない、けど……何があるのかしら?」
『せめて何か共通点があればいいんですが……』
優香のULフォンから聞こえてくるのは、ミカエルの声。
テラー種レイパーとの交戦中に真衣華の姿が変わったため、連絡を入れておいたのだ。戦闘中の動画等も、既にミカエルに送ってある。
『変身の前後で何をした、とか、こんな心境の変化があった、とか、同じ感じの何かがあるなら何でもいいんです。ただ、そういうのが何もない、となると……』
「お手上げよねぇ……」
『マイカちゃんは、特に具合とかは悪くなっていませんか? 今のところ、シアちゃんは特に異常が無いみたいなんですが……』
「検査結果待ちだが、我々が見る限り、至って普通だ。やはり前に優香が言っていた通り、特に変身することによるデメリット等はないのかもしれない。あぁ、そうだ、ミカエルさんにもう一つ連絡を入れた件ですが……」
『ええ、ネクロマンサーのレイパーが、そちらにいた件ですよね』
一難去って、また一難。頭を抱える問題は、他にもある。
「キャピタリークにいたはずのレイパーが、日本に来ているなんてね。あなた、追跡の方はどうなの?」
「いや、冴場君達が探しているが、まだ影も見つかっていない。もう少ししたら、私も捜索隊に加わろうと思っている」
『少し予定より早いですが、私達もニイガタに向かいます。今から準備するとなると、到着は明後日頃になりそうですね。ユウカさんに話した前の件次第ではあるのですが……』
ミカエルの言葉に、優香は少し困った顔で「んー……」と唸る。
ネクロマンサー種レイパーは、転移の魔法が使える。ピンチになれば、瞬間移動して逃げられてしまうのだ。以前奴と戦った雅が、「これは何とかしないと倒せない」と、転移魔法対策をミカエルに相談していた。
ミカエルがネクロマンサー種レイパーの魔法を動画で見た限り、魔法使いなら対策自体は難しくないと分かった。だが、魔法が使えない雅達でも対策しようとなると、もうひと段階工夫が必要で、それをミカエルは優香に相談していたのである。
最も、二人の間で大まかな構想は出来ている。後は実際に色々試験してみたりすれば良さそうなのだが……
「頼んでいる部品が、届くまでに少し時間がかかりそうなのよ。でも、何とか間に合わせてみせるわ」
『ありがとうございます。それでは、到着時間とかはっきり分かったら、また連絡しますね』
そう言って、ミカエルは通話を切る。
グッと、伸びをする優香。
これから、忙しくなりそうだった。
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