第409話『忍者』
「真衣華っ?」
突如、真衣華から伸びた影が膨れ上がり、主を包み込んだその光景を見て、希羅々が驚愕の声を上げる。
だが、それも一瞬のこと。
影が霧散し、再び真衣華が現れた時――希羅々にレイパー、そして真衣華本人でさえ、驚愕に目を見開いた。
真衣華を包む衣装は、学校の制服では無くなっていたから。
黒いミニスカに網タイツ。マフラーのように首からはためいているのは、黒頭巾だろうか。額当てには、サガリバナの刻印がされている。……その姿は、まるで――
「……え? 忍者?」
(あれは……『くノ一』?)
真衣華の言葉と、希羅々の感想が重なる。
深紅の斧、『フォートラクス・ヴァーミリア』が異様なアクセントになっているが、概ね二人の思ったままの姿に、真衣華は変わっていた。
それはまさに、『変身』と呼ぶべきもの。
雅やレーゼ、志愛のように、真衣華も突如、新たな力を手にした瞬間だった。
突然のことに、唖然とする二人。
レイパーも驚いたように硬直していたが――刹那、我に返ったかのように、杖を掲げる。
テラー種レイパーは、直感していた。真衣華を早々に倒してしまわねばマズい……と。真衣華が困惑している今の内に殺さねば、と。
だがレイパーが、トラウマを思い出させる光を放つ直前、
「おわっ?」
真衣華の姿が、突如消える。
直後にレイパーの持つ杖の先端が紫色に発光するが、狙いとする真衣華はどこにもいない。
何時まで経っても変化もなく、レイパーが光を消して、真衣華の姿を探して辺りを見回していると――
「やぁっ!」
「――ッ?」
瞬間、背中に激痛が走る。刃物で斬られた時特有の、鋭く、熱い痛みが。
いつの間にか、真衣華が背後にいた。どこから出てきたのかも分からぬ彼女が、レイパーの背中を斧で斬りつけていたのだ。
何が起こったのか、分かった者は、真衣華を除けばこの場でただ一人。希羅々だけ。
(真衣華……影に潜れますのっ?)
希羅々は、概ねはっきりと見ていた。レイパーが杖を光らせる直前に、真衣華が自分から伸びる影に潜り、その後レイパーの背後に伸びた影から出現したところを。
テラー種レイパーと、やっていることは同じだ。影から影へと移動する能力を、真衣華は使えるようになっていた。
レイパーの操る、トラウマを呼び起こす光は、見ることは勿論、浴びることでも効果が出てしまう。だが影の中までは、その光は入ってこない。
レイパーが杖を掲げ、その魔法を発動させるまでには僅かながらも隙が出来る。真衣華のこの能力なら、十分に回避が可能だ。
「やぁぁぁぁあっ!」
敵に反撃の隙を与えんと、真衣華はスキル『鏡映し』で二挺に増やしたフォートラクス・ヴァーミリア、そしてもう一つのスキル『腕力強化』を発動させながら、我武者羅に斬りつけていく。
「――ッ」
一撃一撃……斬撃を受ける度に、派手によろめかされるレイパー。スキルで筋力がアップしているというのもあるが、それを鑑みても威力が大きい。忍者の姿に変身したことで、彼女の身体能力も上がっていた。
体に、次々と傷が出来ていく。
しかし、
「――あぁっ! もう!」
レイパーは真衣華の嵐のような斬撃の中、辛うじてあった隙を見出し、自らの影の中に潜ってしまう。
今度は真衣華が、レイパーの姿を探して辺りを忙しなく見回す。
「真衣華っ! 後ろですわ!」
「――っ!」
希羅々の声に反応し、影に潜る真衣華。
刹那、今まで彼女がいた場所を、杖が勢いよく薙ぎ払うようにして通り抜ける。レイパーによる、背後からの奇襲だ。
真衣華がレイパーの死角から飛び出し攻撃を仕掛け、レイパーはそれを影に潜って躱し、お返しと言わんばかりに真衣華の死角から飛び出て奇襲、それを真衣華がまた影に潜って避け……互いの攻撃が当たらない、膠着状態になる。
中々攻撃が当たらないことに、焦り出す両者。
そして――
「このぉっ!」
勢いよく影から飛び出した真衣華が、派手な大振りでレイパーに斧の一撃を喰らわせにかかる。焦りから生まれた、動きの大きな攻撃。影に潜れなくても、少し戦い慣れた者なら避けるのは容易な、雑な動き。
そしてこういう一撃は、えてして躱された後、反撃される大きな隙を生み出してしまうものだ。
地面にスーッと消えていくレイパーの姿。
必然、斧の大きな刃が空を斬り、つんのめる真衣華。
その背後に伸びる影から飛び出したレイパーの、杖による一撃を、彼女は躱せない。
レイパーの持つ杖が、真衣華の体に沈んでいく。杖の先端の、蝙蝠の頭を模った彫刻が、彼女の体に痛々しい傷を作る。
しかし――レイパーは同時に、顔を顰めていた。
明らかにおかしいのだ。その手応えが。
呆気なさ過ぎた。まるで豆腐を叩いた時のような手応えの無さを感じていた。
だがすぐに、その理由に気づく。
攻撃された真衣華の体が、煙となって消えたことで。
幻影。……否、忍者なら、変わり身の術か。
この真衣華は、偽物。自分を誘い出すための、囮。
それに気が付いたのは、自身の背後に、本物の真衣華の気配を察知した時。
「とりゃぁぁぁぁあっ!」
レイパーが後ろを振り返ろうとするより早く、真衣華がXの字を描くように振った斧が直撃し、轟音と共に空へと吹っ飛ばされる。
背中に走る激痛。そんな中でも、レイパーは杖を握りしめる。
宙に投げ出された状態で、無理矢理体を捻り、地上にいる真衣華へと杖を向けた。
放つは、巨大な紫色のエネルギーボール。ここまでの戦いの中、溜め込んだ魔力をつぎ込み、ぶっ放したのだ。
そんな一撃だが……レイパーは真衣華に命中させるつもりで放ったわけではない。
狙いは、別にある。
今が初めての変身ならば、真衣華とて全ての能力を引き出し、使いこなせるわけではないだろう。
咄嗟に影に潜れず、それを躱すために、跳躍する真衣華。
それこそがレイパーの狙い。
レイパーが杖を真衣華に向け、先端に付いた宝石がギラリと光る。
真衣華を倒すのに、杖術もエネルギーボールも不要。小細工なんていらない。テラー種レイパーには切り札があるから。真衣華を一発で戦闘不能に出来る、あの魔法が。
ジャンプし、空中に浮いた状態なら、影に潜ることも出来ない。この瞬間を、レイパーはずっと待っていた。
「マイジラヨエゾ」
レイパーは勝利を確信し、口角を上げる。
だが、
「――ッ?」
自らの背後から聞こえてくる、轟音。首を捻り、振り向いたレイパーは、大きく目を見開いた。
空から、自分目掛けて巨大な、金色のレイピアが向かってきていたから。
レイパーが視界の端で捉える。希羅々がいつの間にか、落としていた自身のアーツ『シュヴァリカ・フルーレ』を拾い、構えていたのを。
真衣華とレイパーの戦闘を、希羅々はただボーっと見ていたわけではない。ボロボロの体に鞭を打ち、隙を見て、シュヴァリカ・フルーレを取りに行っていた。レイパーには気づかれぬよう、だが真衣華には分かるよう、こっそりと。
レイパーは気づく。この一連の流れは、全て二人が仕組み、自分を罠に嵌めたのだということに。――レイパーに、わざとトラウマを誘発させる光の魔法を使わせようとしたのだと。
この魔法を使った時、レイパーは常に、杖を掲げたポーズを維持していた。それに二人は気が付いていた。
この瞬間が、レイパーに致命的な一撃を与えるチャンス。宙に浮かんで身動きが取れないのは、こいつも同じなのだから。
「いっけぇぇぇぇえっ!」
ここで決めるという意思を、咆哮に乗せる希羅々。
それでも、レイパーは意地で、出来うる限りの回避を試みる。僅かな魔力を一滴残らず振り絞り、小さなエネルギーボールを巨大レイピアに放ち、直撃の際の爆風で自分の身を反らせ、攻撃が直撃するその線から離れたのだ。
しかし……流石のレイパーも、出来るのはそこまで。
「――ッ?」
巨大レイピアの刀身がレイパーを掠り――自慢の杖を粉々に砕き、レイパー自身をも地面に墜落させていく。
そして――その先にいるのは、真衣華。二挺のフォートラクス・ヴァーミリアが、日の光を受けてギラリと光る。
武器を失い、魔法をも使えないこの状況。レイパーには、どうにも出来ない。
怒りの声を轟かせ、真衣華は振るう。斧を。堕ちるレイパーの体に向けて、何度も何度も、我武者羅に、無茶苦茶に、今までの鬱憤を晴らすかの如く、嵐のように。
アーツを握る手が血に滲んだとて、構いはしない。ただひたすらに、真衣華は黒いスカーフとスカートをはためかせ、フォートラクス・ヴァーミリアを振るう。
斧を振るっているとは思えぬ速度で放たれる斬撃。それが、落下中のレイパーの肉体を次々に斬り裂き、血飛沫を撒き散らす。
地面に堕ちる頃には、最早こま切れとなった、鈍い金色の肉片。
最後に堕ちてきたレイパーの頭部は、最早物言わぬ物体と化していた。激痛に苦しみ、恐怖と絶望で歪ませた、あまりにもおぞましい表情で。
肩で息をする真衣華と希羅々の目の前で……テラー種レイパーだった肉片どもは、一つ残らず爆発するのだった。
***
「真衣華! 大丈夫ですのっ?」
戦闘が終わるとすぐに、真衣華の元に駆け寄ってくる希羅々。先程までの忍者の格好は消え、真衣華はもう元の服へと戻っていた。
自分も怪我をしているのに人の心配かと、真衣華は呆れ半分の表情を浮かべる。……残りの半分は、嬉しさに近いくすぐったさといったところか。
「あれは一体……束音さんやマーガロイスさんのような、強い力を感じましたが……。体、どこか痛むところはありませんの?」
「んー、今のところは大丈夫。分かんないけど、悪い感じはしなかったし――っ?」
そんな会話をしていた、その時だ。
二人の背筋が、ゾワリと凍り付く。
ひどく嫌な気配が、背後から伝わってきたのだ。
同時に振り向く、真衣華と希羅々。
そして、見た。
自分達より少し離れたところに、人型の不気味な化け物がいた。
ヤギの頭蓋骨のような頭部に、黒いローブ。骨のように細い腕や足。その手に持つのは、T字型の長い杖。
二人が実物を見るのは初めてだが、あれは間違いない。『ネクロマンサー種レイパー』だった。
「な、なんであいつがっ? キャピタリークにいるはずじゃないのっ?」
「分かりませんわ! でも、こっちに来ていたということですわよねっ?」
二人が驚く中、ネクロマンサー種は空に向けて、杖を掲げる。
何をする気か……と身構える二人。
だが――何も起きない。
「……ンソエ、ノコヘレソモレヘヲルジメツモ。レコレコヘレネモオキ」
ネクロマンサー種レイパーはそう呟くと、少しだけ二人を見つめていたが――何故か踵を返してその場から離れていく。
てっきり戦闘になるかと思っていた二人は、それに怪訝な顔を浮かべた。
罠かとも思ったが……結局そのまま、ネクロマンサー種レイパーはいなくなってしまう。
呆然とする二人。だが、すぐに真衣華が口を開いた。
「み、見逃してくれたのかな……?」
「……分かりませんが、多分」
「……追う?」
真衣華の控えめな言葉に、首を横に振る希羅々。
今、この状況で、強そうなレイパーと交戦しようとする程、希羅々も無謀では無い。
しかし、やはり歯がゆいのだろ。希羅々が足のつま先で地面を抉るように擦る。
遠くから聞こえてくる、パトカーのサイレンの音。
それはまるで、朝っぱらから始まった長い戦闘が、終わりを告げているかのようだった――。
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