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ヤバい奴が異世界からやってきました  作者: Puney Loran Seapon
第46章 新潟市中央区柳島町
531/669

第408話『核想』

あけましておめでとうございます!

今年もよろしくお願い致します!

 新潟市歴史博物館みなとぴあ。


 今日は休館日のこの施設、その信濃川沿いの広間。


 そこに響くは、激しい剣戟の音。


 希羅々の振るうレイピア型アーツ『シュヴァリカ・フルーレ』が、テラー種レイパーの持つ杖と激突していた。誰かを巻き込まないように、希羅々は戦いながら、敵をここまで連れてきていたのだ。


 戦況は、希羅々の方が全身痣や傷が薄ら見えているものの、テラー種レイパーの方が若干ながら圧されている様子。


 希羅々の細剣術より、このレイパーの杖術の方が上だが、希羅々から発せられる圧が、レイパーの想像を遥かに超えていたものだからだろう。


 時折発せられる希羅々の気迫の籠った金切声にも近い咆哮が、彼女の攻撃をより一層苛烈なものにしていた。


 希羅々の体は、白い光で覆われている。防御用アーツ『命の(サーヴァルト・)護り手(イージス)』が発動しているためだ。それも一瞬だけ展開される光のバリアではなく、防御性能は低くても長時間発動できるモードで使用していた。


 振り下ろされた敵の杖による攻撃を、希羅々はアーツで防ぐことはしない。その身で受ける。鈍痛なんてなんのその。痛みを無視して無理矢理踏み込み、敵の急所らしき場所――鳩尾の辺りにレイピアのポイントを力一杯に突いていく。


 その攻撃で怯んだところで、続けざまにレイパーの顔面を斬りつけにかかる。緑の鮮血が飛び散り、鋭い痛みにレイパーはくぐもった声を上げ、堪らず大きく跳び退いた――のだが、


「逃がしませんわ」

「――ッ?」


 希羅々は離れない。


 跳び退いたレイパーに肉迫し、既にレイピアを大きく引いていた。彼女の眼は真っ直ぐにレイパーの顔面を注視しており、どこを攻撃するのかは丸分かりだ。瞳に冷えた炎を宿しているとレイパーが錯覚出来た辺り、希羅々は相当に頭に血が上っているのだろう。


 それでも、風切り音と共に一直線に放たれたレイピアの突きを、レイパーは躱すことが出来ない。ブレイドがしなると同時に、テラー種レイパーを大きく仰け反らせる。


 希羅々が追撃しようとレイピアを振るう……が、今度はレイパーも動きが早い。瞬時に自身の影に潜り、希羅々の攻撃を回避する。


 そして、彼女の背後に伸びる影から出現し、隙だらけとなったその体に、杖を叩きつけようとするが――


「舐めないでくださいまし」


 それを読んでいた希羅々が即座に振り向くと同時に、彼女の二つ目の武器『アーツ・トランサー』が発動。右手に握られていたシュヴァリカ・フルーレが左手へと移動する。


 敵の杖が命中するより早く、レイピアの突きを首元へと直撃させる。


 大きくよろめくテラー種レイパーに、希羅々の目が光る。


「はぁぁぁぁぁあっ!」


 ここが勝機と言わんばかりに声を轟かせて大きく踏み込み、再びレイピアの突きを放つ。


 敵のボディにレイピアのポイントを突き刺し、アーツ・トランサーを発動させ、引いていた右手にアーツを瞬間移動させ、三度突きを放つ。これを繰り返し、相手が理解出来ない手数の突きの嵐を創り出す。


 次々にレイパーの金色のボディに出来ていく、刺し傷。細身ながら筋肉のある体に、一つ一つの傷は大したことは無いが、何度も受ければ堪ったものではない。


 もう敵に攻勢に転じる隙は与えないという勢いで、我武者羅に突きを乱打する希羅々。鬼の形相で、一気に勝負を決めにかかる。


 後、もう一押し、もう一押し……少しずつ敵に蓄積されていくダメージを加速させていく。


 しかし、


「っ!」


 抉り込むような、深く鈍い痛みが、希羅々の腹部を襲った。


 レイパーの杖の柄が、彼女の腹に直撃していたのだ。


 レイパーも、ただ希羅々の攻撃を黙って受けていたわけではない。レイピアの突きを受けながらも、反撃の隙を虎視眈々と狙っていたのだ。


 それが、今。


 勝利を目前に、気を競らせた希羅々が踏み込む隙を狙い、カウンターを放ったのである。それが、上手く決まってしまった形だ。


 さらに、


「っ?」


 レイパーは流れるような動きで杖の先を希羅々に向ける。――魔力はもう、集中させてあるその杖を。


 希羅々が、何が起こったのか理解するより早く、レイパーは紫色のエネルギーボールを放った。


 レイパーに接近し、あまつさえ不意の一撃に怯んでいた希羅々に、これを躱せるはずもない。爆音と共に、希羅々は悲鳴も上げられずに大きく吹っ飛ばされてしまう。


 背中から地面に体を打ち付ける希羅々。その手に、アーツは無い。倒れた希羅々より少し離れたところに落ちている。今の攻撃の衝撃で、うっかり離してしまったのだ。


「ぅぐっ……この……」


 希羅々は呻きながらも、吹っ飛ばされた己のアーツに手を伸ばす。


 だが、その刹那――テラー種レイパーが杖の柄で、希羅々の腕を押さえつける。


「……っ」


 今までやられた分の鬱憤を晴らすかのように、ギリギリとゆっくり力を込めていくレイパー。押し殺した悲鳴が、希羅々の口から漏れる。


 レイパーの顔は、どこかニヤけていた。アーツという武器を持たない少女など、甚振りようはいくらでもある。トラウマを知らない希羅々に、それがどういうものなのか、この場で身をもって知ってもらうというのも一興だと思っている顔だ。


 希羅々の腹部に蹴りを入れて仰向けにし、その喉元を、杖の柄で力一杯に押さえつける。ジタバタともがく足は、己の足で踏みつけ、一切の抵抗が出来ない状況で、彼女の呼吸を徐々に苦しくしていく。


 静かに近づいてくる死が、間違いなく希羅々を襲っている……はずなのだが、


「…………っ」

「…………」


 希羅々は、痛みや苦しさを堪えるように唇を噛み締め、今もなお、レイパーへと鋭い視線を向けている。何とかしてこの状況から抜け出そうと、四股に力を込めていた。


 その目は……まだ死んでいない。


 希羅々は、分かっていた。レイパーの思考を。どうせ自分にトラウマを植え付け、それを思い出させる光を浴びせ、真衣華のように自分を苦しめて楽しむつもりなのだろうと。


 故に、彼女は意地を張る。けして敵の思い通りになるものか、と。悲鳴の一つも聞かせるつもりさえ、毛頭無かった。


 そして……それは、レイパーにも伝わっていた。ニヤけ顔が消える。何をどうしようと、彼女の心は折れないのだと、レイパーには分かってしまったから。


 ――ならば、レイパーにとって、もう希羅々に用は無い。何をしても心は折れぬのなら、相手をするだけ時間の無駄なのだ。


 この状態の希羅々なら、例え命の(サーヴァルト・)護り手(イージス)によるバリアが展開されていようとも、殺せる。止めを刺すべく、テラー種レイパーは杖に魔力を込め出した。この至近距離から全力のエネルギーボールを放ち、希羅々を消し炭にするために。


 絶体絶命……その時。


「――っ!」

「――ッ!」


 不意に背後から聞こえてきた、女性の息を殺した、沈黙の咆哮の音。


 ここでやっと、レイパーは悟る。


 ――自らの背後に迫る、誰かの気配を。


 今まで希羅々を痛めつけるのに集中して、ここまで来ていることに奴は気が付かなかった。


 後ろを振り向いたレイパーは、その場を大きく跳び退くと共に、驚愕する。


 斬撃がそこを通り抜け――そこにいたのは、思ってもいない人物だったから。


 希羅々は見ていたはずなのだ。彼女が近づいてきていたのを。よもやそれを、ただの少しも自分に悟らせないようにしていたこと……そして何より、その人物がまだ自分に歯向かえていることに、レイパーは酷く動揺していた。


「あぁっ! もう!」




 悔しそうにそう叫んだのは、二挺の半月型の斧を持った、エアリーボブの髪型の少女。




 自分が一度沈めたはずの彼女……橘真衣華が、そこにいた。その手に、『フォートラクス・ヴァーミリア』を握って。




 希羅々が、逃げるレイパー対策として用意していた小型のGPS発信機は、実は真衣華から渡されたもの。つまり、真衣華もその信号を受け取ることが出来る。


 希羅々はきっと、テラー種レイパーに戦いを挑みに行っているだろうと思った真衣華も、それを辿ってここまで来たのだ。……よもや、こんなピンチになっているとまでは思っていなかったが。


 まともに戦えば、きっとまたやられてしまう……そう思って奇襲を仕掛けたのだが、残念ながら失敗してしまった。


「真衣華! あなた、何でここに来ましたのっ?」

「仲直り……しようと思って、さぁっ!」


 スキル『鏡映し』により、両手に構えた二つの斧。それを振り回し、未だ体勢が整いきらないレイパーを攻め立てながら、真衣華は叫ぶ。


「色々……伝えたいこともあるし……! ――っ!」


 やや大振りの一撃。それをバックステップで避けられてしまう。


 刹那、レイパーが杖を掲げる姿を、真衣華は視界に捉える。


 咄嗟に目を閉じる真衣華。


 杖から発せられる光に、対象のトラウマを呼び起こす作用があるということは聞いていた。それが自分にはどれだけ効果てきめんなのかは、身をもって知っている。


 戦闘中に自ら視界を塞ぐなんて、自殺行為も良いところだ。それでも、あの攻撃への対策は、他に無かった。


 しかし、


(っ? なんっ、で……っ)


 真衣華の脳裏に浮かび上がる、過去の映像。


 真冬の豪雪の中……倒れた自分と、目の前に仁王立ちして狂気の笑みを浮かべるレイパー。


 その口には、黒光りする小刀が、バチバチと悲鳴を上げるような音を立てている。


 これは間違いなく、幾度となく見た、真衣華の忍者刀アーツ『影喰写』が、レイパーによって壊された時の記憶だ。


 真衣華は知らなかった。杖の光によるトラウマ誘発、その条件は……光を見るだけでなく、浴びることでも達成するということを。


(やだ……やめて……もう、見せないで……っ)


 レイパーに叩きのめされ、全身に駆け巡っていたあの激痛。雪が、己の体温を奪っていく感覚。痛みを伴うあの寒さ。自分の体から広がっていく血が示す、死のサイン。


 そして……アーツが砕ける、あの音。


 それら全てが、鮮明に蘇ってくる。まるで、その時にタイムリープしたかのような、そんな感覚が、またしても真衣華を襲う。


 現実では、あっという間に膝を付く真衣華。だが彼女は、それが正しく認識出来ていない。それ程までに、レイパーのトラウマ攻撃は、相手の意識と思考を叩きのめすのだ。


「ゃ……あぁぁぁっ!」

「真衣華っ! 駄目ですわっ!」

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!」


 蘇るあの日の苦痛、恐怖……絶望。


 それから逃れたくて堪らなくて、真衣華は辛うじて残っていた正気を振り絞り、這いつくばりながらも、握っていたフォートラクス・ヴァーミリアを振り上げる。――己の手首を斬り落とし、その激痛を以って敵のトラウマ攻撃に打ち勝つために。


 真衣華本人にとっては、必死で辿り着いた敵の攻略方法。だが希羅々から見れば、完全に自暴自棄になった人間の行動のそれであった。


 希羅々の制止の声は、真衣華の耳には届かない。真衣華の僅かに残ったまともな意識と神経は、自らを奮い立たせることに、全部集中せざるを得なかったから。


 盛大な自傷行為が見られると、口角を上げるテラー種レイパー。


 親友の悲惨な末路の未来に、悲鳴を上げる希羅々。


 希羅々とレイパー、そして真衣華の中で流れる時間は、三者三様ではあるが、一様にスローモーションだ。


 だが。


 いざ、真衣華の振り下ろしだしたフォートラクス・ヴァーミリアの刃が、彼女の体を斬り落とす――その直前。


 本当に紙一重。ギリギリのところで、腕が止まる。


 動かない。自分の意思では。真衣華は……何故か、動きを止めていた。


 希羅々とレイパーも、真衣華のそれに、大きく目を見開く。寸止めが出来る状態ではまるで無かった。完全に真衣華が自分の腕を斬ると確信できる勢いだったはずだったから。


(なん……で……?)


 呆然とする真衣華の目に飛び込んできたのは……フォートラクス・ヴァーミリア。




 それが、黒い光を帯びているところだった。




 こんな現象、真衣華は見たことがない。


 しかし、


(……あったかい?)


 この黒い光は、決して禍々しいものでは無かった。全てを吸い込む、黒い光……それはまるで、真衣華の全てを受け入れ、包み込んでくれる……ある種の包容感を覚えるような、優しい光。


 アーツにも、生き物のように、自分の意思がある。


 コア。


 アーツの核となるそこに、確かにそれは存在する。


 フォートラクス・ヴァーミリアには、それが二つ……フォートラクス・ヴァーミリア自身のコアと、もう一つ、真衣華が昔使って、大事にしていた影喰写のコアがあった。


 影喰写のコアの方は、もう破損していて機能を果たさないが……それでも、そこにはまだ、少しだが意思が残っている。


(……止めて、くれた……?)


 アーツが放つ、ぼんやりとした光。それが、真衣華の腕にまで覆われている。


 もしもこの光が人型の姿をしていれば、きっと真衣華の腕を、手で掴んで止めていたのだろう……そう思わせる光の揺らめきだった。


 何かを訴えかけるように、揺らぐアーツの光。


(あぁ、そうか。私……)


 自分がいかに愚かなことをして、それをアーツが止めてくれたという事実を……真衣華は理解した。助けられたのだ。アーツに。


 この黒い光は……きっと、影喰写の光。


 レイパーから真衣華を守る機能は果たせなくても、真衣華の暴走を止めることくらいは、残ったエネルギー全てを使えば、出来たのだろう。


 真衣華の眼から、温かい液体が零れ落ちる。


「希羅々……ごめん、私、やっぱり女々しいや。壊れた自分の大事な物(影喰写)のこと、忘れられそうにない」


 ゆっくりと立ち上がり、そう呟く真衣華。


 その目は、もう虚ろでは無い。


 頭の中で湯水のごとく湧き上がっていた、濁った過去のイメージ……不思議と、それも薄れていた。


 真衣華は思う。自分はきっと、あの時のことを忘れることは出来ないのだろうと。何時までも引き摺り、時に辛くなって苦しくなる日もあるのだろう、と。


 しかし、




「だけど……ちゃんと向き合う。もう避けたりしない。だから見てて。私……今、凄く頑張るから……っ!」




「ま、真衣華……?」


 その刹那。


 真衣華の下に出来た『影』が広がり――真衣華を覆った。

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