第407話『苛立』
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午前十一時四十二分。
新潟市中央区柳島町。やすらぎ堤から信濃川沿いに北上したこの地域の、とある物陰。
やや見通しの悪い通りの、塀から伸びる影が揺らめいた。
そこから浮上するように現れ出でたるは、全身金色の、人型の化け物。おどろおどろしい金色の鈍い光を煌めかせ、不気味な刺青を施し、蛇だかトカゲだか分からぬような頭部と、昆虫のような細い足をしたそいつは――真衣華と希羅々を苦しめた『テラー種レイパー』である。
このレイパーは一度逃走した後、西堀通を経由して古町、西湊町を過ぎ、この辺りまで来たのである。その間に、お得意の魔術で二人の女性を殺害。次なる得物を探している最中であった。
視線の先には、老人ホーム。入口の辺りに介護士の女性がおり、それを見たレイパーがニヤリと口角を上げる。
次なるターゲットを定めたレイパーが、動き出そうとした――その時。
「――ッ!」
背後から鋭い殺気を感じ、思わずその場を跳び退く。
刹那、今までレイパーがいた場所を、鋭い音とともに刃が突き抜けた。そして共に舞う、ふわりとした茶髪のロングヘアー。
レイパーを後ろから突き殺しにきたその人物は……桔梗院希羅々である。
その手に握られているのは、金色のレイピア。『シュヴァリカ・フルーレ』だ。
奇襲が躱されたものの、希羅々の瞳に焦りやブレはない。
即座に左手に嵌めた指輪が光を放ち、『アーツ・トランサー』が起動。右手に握られたレイピアが一瞬で左手に移動し、すぐさま回転斬り放つ。
あまりにも一瞬の行動の変化、そして攻撃。流石のレイパーも仰け反るという回避行動を取ることが精一杯だ。
「ちぃっ!」
レイピアの切っ先は、僅かにレイパーの肌を擦っただけ。期待していた手応えが無かったことに、今回は希羅々も舌打ちを鳴らした。
レイパーは刃が掠ったところを手で押さえながら、「何故ここにお前がいるのか」と言うような視線を希羅々に向ける。
移動の際は、今日はあれからずっと、影から影へと移動する能力を用いていた。表に出ていたのは、獲物を殺すときだけだ。
そんなレイパーの視線の意味に気が付いた希羅々は、鼻を鳴らして口を開く。
「最近、状況が悪くなると逃げ出すレイパーが多くて……少し、対策を取らせて頂きましたわ。特に影に潜って移動するあなたのような臆病者には、良い方法でしたわね」
小型のGPS発信機。シールで貼り付けられるようになっている、ボタンくらいのサイズのそれを、先の戦闘で希羅々はレイパーに貼り付けていた。それを頼りに、ここまでやって来たのである。
影から影へと移動する能力を使っていても、GPSがきちんと電波を発信していたのは、レイパーにとっても完全に予想外のことであった。
「最も、追いつくには少し時間が掛かりましたが。これは次回の課題かしら」
言いながら、希羅々は老人ホームへと視線を向ける。レイパーの行く手にこの施設があることに気が付けたため、もしやと思って先回りしたのだ。それがドンピシャで当たったというわけである。
最も……当たったことは嬉しいと思う反面、別の感情も湧き上がるのだが。
「それにしても、老人ホームですか……。長生きしている方なら、あなたの大好きな『トラウマ』を抱えている方に会える確率も上がりましょう。それとも、介護士の方が狙いかしら? 反吐が出るような考えですこと」
言いながら、シュヴァリカ・フルーレの刀身を撫でる希羅々。
彼女の言葉の端々からは、言いようのない重苦しい圧が発せられているよう。
レイパーは思う。この女は、ここで殺さねば、何時までもずっと追いかけてくると。
このレイパーにとって、希羅々は獲物にはならない。レイパーの魔法は、相手のトラウマを強制的に呼び起こさせ、当時の恐怖や苦痛を何倍にもして再現するだけでなく、このレイパー自身にも、対象の記憶や感情を味わえる。それが、レイパーにとって何よりも楽しいことなのだ。そういったトラウマがない希羅々は、テラー種レイパーにとっては何も面白味がないのである。
しかしレイパーは、ここは戦うべきだと判断した。自分の楽しみを続けるために、邪魔になる存在を消さねばならないから。
レイパーの影から湧き出るように出現する、黒い杖。蝙蝠の頭の彫刻と、青い宝石が付いたその杖を、レイパーは希羅々へと向ける。同時に、辺りを警戒することも忘れない。
だが、
「あぁ、ご安心を。今は私だけですの。他に援軍はいませんわ」
希羅々はそう言い放ち、静かに腰を低くする。
この言葉に、嘘は無い。希羅々は、誰にも知らせずにここに来た。伝えればきっと、自分を止めようとしてくると思ったから。
合理的に考えれば、自分の行いが愚策であるというのは百も承知だ。優一や伊織達警察、そうでなくとも優やセリスティアには伝えておくべきことだろう。
仲間達に、このレイパーのトラウマ攻撃の餌食になって欲しくなかったからというのも、無論理由としてはある。
が、しかし、
「さぁ……邪魔はいませんわ。存分に殺りあいましょう。あぁ、そうそう……」
希羅々にこれをさせた一番の理由は、別にあった。
「悪いですけど、今、私――」
シュヴァリカ・フルーレを握る手に、鈍い音がする程の力が籠る。
「無性に機嫌が悪いんですの。ここできっちり殺してあげますから、覚悟なさい」
直後、希羅々は地面を蹴ってレイパーへと突っ込んでいく。
その眼は、復讐に燃えた殺人鬼のような色を帯びていた。
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