第43話『不抜』
受け止めた鎌を力一杯に押し返し、ライナを吹っ飛ばす雅。
両者との間に少しばかり距離が生まれ、互いに武器を構えて相手を見つめる。
「一体、いつから私だと気が付いていたんですか……?」
「ガルティカ遺跡に向かう、馬車の中……」
消え入るような声で、雅は答えた。
そして続ける。
「ライナさんに抱きついた時、思ったより筋肉があるなって……。『戦う人間の体』って感じがして、なんかおかしいなって思いました。アーツを持っている様子も無い。戦う力も無いって言っていたのに、どうしてかなって。それでふと思ったんです。自分を襲った黒いフードのあいつは、ライナさんだったのかな、と。レイパーにしては殺気が弱くて、背丈も同じくらいだし……一度、私の肩を踏み台にした時がありましたよね? そんなに重くないって感じがしたから。ライナさん、華奢だし」
「じゃあ……ずっと、疑われていたんですね、私」
しかし、ライナの言葉に、雅は強く首を横に振る。
「ずっと、自分の考えが間違っていて欲しいって思ってた……。ライナさんと一緒にいる時に、黒いフードのあいつに襲ってきて欲しいって、ずっとずっと願ってた……。でも、ついさっきライナさんと出会って、もう確信することから逃げられなくなってしまったんです」
吐き出すように言葉を紡ぐ雅。
ライナはそれを、黙って聞いていた。
「ライナさんと会ったあの付近には、まだレイパーがいたはずです。対抗手段を持っていない人が近づいて無事でいられる場所じゃありません。でも、ライナさんには傷一つ負った様子が無かった……。ライナさん、あなた、倒したんですよね。襲ってきた奴らを」
「…………ええ」
ライナが頷く。
ポロリ、ポロリと、雫が床に落ちる。
雅は泣いていた。
「本当は戦える力があるのに、ライナさんはそれを隠していた。その理由は……戦っているところや、使う武器を私に見られると困る事情があったから。その事情に思い当たるのは私には一つしかありません。あの黒いフードのあいつ……その正体がライナさんだった。それだけです」
そして今日ライナと会ってから、彼女はどこか様子がおかしい事にも気が付いた雅。
故に直感したのだ。何か仕掛けてくる、と。
何も無い床を指差して「何かある」と言ったことで、背後から攻撃してくることは読めた。
そして今に至ってしまった、という訳である。
「どうしてですかライナさん……! 昨日戦った時、あなたは、間違いなく私を殺す気だった……! レイパーを倒せたってことは、その鎌、アーツですよねっ? さっき、レイパーを倒したんですよねっ? なら……私達、味方同士のはずです! 争う理由、無いじゃないですかっ! ずっと、仲良くしてきたはずなのに……っ!」
雅は叫ぶ。
今ならまだ、ライナを止められると思ったから。
悲しげに歪めたライナの顔を見て、まだその可能性があると信じていた。
しかし、そんな考えは甘かった。
ライナは、僅かに雅から目を逸らし、口を開く。
「ごめんなさいミヤビさん……。襲う理由は言えません。でも、あなたは殺さないといけないから……。ごめんなさい……」
「ライナさんっ!」
手を伸ばすように言葉を投げかける雅だが、視線を戻したライナの目は、今まで雅が見た事もない程、冷たい物だった。
きっと、自分を襲う時は、ずっとこの目をしていたのだと雅は直感する。
百花繚乱を握る雅の手に、力が入った。
最早、言葉だけでは説得は出来ないと悟ったのだ。
「私……諦めません!」
「やめて下さい。私はミヤビさんをずっと騙して、ミヤビさんはずっと私を疑っていた……。友情も信頼も絆も、最初から何も無かったんです」
雅は涙を拭って叫んだ雅に、ライナは非情な声でそう言い放つ。
それでも、雅は首を横に振った。
「違う……ライナさんと一緒に過ごした時間も、私に見せてくれた笑顔も、全部が私を騙すためのものだったなんて思わない! 確かにライナさんを疑っていたけど……それは信じていたから!」
騙して疑って……そんな中でも、本当の『ライナ・システィア』を感じる時は確かにあった。
だから雅は否定する。彼女の言葉を。
「教えてもらいますよライナさん! なんで私を襲うのか、その理由を! あなたがそれを教えてくれるまで、何度でもぶつかります! それを乗り越えたら……きっとあなたと、本当の友達になれるって思うから! もう――」
雅はアーツを上段に構えるため、百花繚乱の剣先を頭上へと勢い良く振り上げた。
「もう二度と……ライナさんに『何も無かった』なんて言わせない!」
「――っ、私は……!」
一瞬だけ顔を歪めるライナ。
しかしすぐに、表情を消す。
刹那、彼女の体から溢れ出す殺意。
雅とライナは、同時に地面を蹴る。
互いのアーツが、大きな金属音を立てて衝突した。
瞬間、雅は自身の背後から気配を感じて、ライナを突き飛ばしてすぐにその場を飛び退く。
そして今まで雅のいた場所に、鎌の刃が振り下ろされる。
攻撃してきたのは、もう一人のライナだ。
普通なら驚くところだが、雅にその様子は無い。昨日ライナと戦った時、似たような状況に陥っていたからだ。
素早く周囲を確認すれば、今戦っていた二人のライナの他に、五人のライナが雅に襲いかかってきていた。
見れば、神殿から伸びる影から、黒い塊が飛び出てきて、ライナへと形を変えていた。新たに生まれたライナも、雅へと飛び掛ってくる。
「スキル……!」
ライナが持つ紫色の鎌。それは雅の言った通り、『ヴァイオラス・デスサイズ』という鎌型のアーツだ。
そしてアーツである以上、使用者に与えるスキルが存在する。
ライナがヴァイオラス・デスサイズから与えられたスキルは、『影絵』。影から自分の分身を創り出すスキルである。
多方向から同時に襲いかかってくるライナ。
しかし雅は冷静に、襲い掛かってくる分身を一体一体確実に斬っていく。
攻撃を受けた分身は、あっけなく霧散する。あっという間に、彼女達は消え去った。
分身では無い、本物のライナは、それを見て一瞬目を見開く。
昨日は分身を捌くのに苦労していた様子だったのに、今回はあっさり対処されたことは予想外だった。
雅も、これが初見なら厳しかっただろう。しかし、今回は二回目。
雅は見破っていた。分身は、あまり複雑な動きをしないことを。
実はライナがスキルで創り出す分身には、単調な動きしか出来ないという欠点があったのだ。
分身による人数でのごり押しは、もう雅には通用しないと理解するライナ。
彼女は鎌を下段に構えながら、雅へと突進していく。
鎌の射程圏内に雅を捕らえた瞬間、アーツを振り回し、素早い三連撃を繰り出した。
それが全て躱されれば、攻撃の流れを止めることなく続けて二連撃を放つ。
だが、ライナが振り回す鎌の刃が、雅に命中することは無い。
全て、ギリギリのところで避けられてしまうのだ。
そして――
「――っ!」
逆に、雅の百花繚乱の刃が、ライナのヴァイオラス・デスサイズの柄を捕らえる。若干大振りになった隙を付かれたのだ。
下側から跳ね上げられるようにして叩き付けられたことで、大きな音を立てて弾き飛ばされ、雅の背中に落ちるライナのアーツ。
雅はそのまま、間接を極めて動きを封じようと、ライナの腕に手を伸ばす……が、腹にライナの蹴りが炸裂し、体が『く』の字に曲がる雅。
ライナはジャンプすると、その背中を踏み台にして雅の背後を取り、飛ばされたアーツを拾い上げた。
二人は同時に振り向き、武器を構えて睨み合う。
その時だ。
互いの間に流れる、緊迫した空気がピークを迎えた頃。
パチパチパチと、拍手をするような音が二人の耳に届いた。
顔を強張らせ、音の方を見る雅とライナ。
てっきり魔王種レイパーが騒ぎを聞きつけやってきたのかとも思ったが、そこにいたのは予想だにしない存在。
人間の男だ。神殿の裏口の前に立ち、穏やかな表情で二人に拍手を送っていた。
年は、四十代前後半くらいか。銀色の短髪で、顎の下に無精髭が生えている。
彼を見た瞬間、ライナは驚愕と怯えの入り混じった表情で、何故か後退った。
そこで、雅は気が付く。
目元の辺りや髪の色が、男性とライナでよく似ているという事に。
「……お……お父さん? なんで……?」
消え入りそうなライナの言葉が、やけに大きく木霊した。
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