第404話『水溺』
午前九時三十分。ここは、新潟万代病院。
レイパーとの戦いが終わった後、体の診察と怪我の治療のために、希羅々と真衣華はここに運ばれていた。伊織が救急車を呼んでくれたのだ。
そしてここは、そんな病院の通路。その壁に、希羅々は寄りかかっている。頭にはガーゼ、腕には包帯を巻いている有様だ。とは言え、見た目は重症のように見えるが、実際はそこまで酷い怪我では無い。希羅々的には、医者や看護師が大袈裟に騒ぎ過ぎだと思っているくらいである。
レイパーの魔法の影響をモロに受けた真衣華は診察が続いているが、希羅々はすぐに処置も終わり、そして……
「それで、どうでしたか?」
『ああ。希羅々君の想像通りだった。調べてみたら、あの被害女性も、トラウマを抱えていたらしい。昔、プールで溺れかけたことがあったそうだ』
希羅々は、相模原優一と通話していた。
レイパーの情報……特に、真衣華の身に起きたことを中心に、警察官の彼に情報提供していた希羅々。その際、調べてみて欲しいと頼んだことが一つあった。
真衣華がそうだったように、今朝見つかった被害者も、何か大きなトラウマがあるかどうか、についてである。
その調査結果を、現在優一から聞かされていた。
「プールで溺れかけた?」
『うむ。生死の境を彷徨った程だったと、被害者のご家族が仰っていた。それ以来、海やプールといった水辺には、なるべく近寄らないようにしていたそうだ。被害女性は死ぬ直前、自分で自分の首を掴んでいた。恐らく、溺れている時の記憶を呼び起こされてパニックになったのだろう』
「自分で自分の呼吸を止めて窒息、というわけですか……」
『ミカエルさんに調べてもらったところ、あの光は、見た者の恐怖の記憶を引き起こす作用があるようだ。最も、トラウマになる程の記憶でなければ、真衣華君達のようにはならないみたいだが……』
「成程、私に効果が無かったのは、やはりそのせいですのね。私には、真衣華が持っている程の嫌な記憶はありませんし。それにしても、恐怖の記憶……」
言われてみれば、あのレイパーはどことなく異様な姿をしていた。何となく、見ているだけでSAN値が減っていくような、そんな不気味さがあったのだ。
分類は、敢えて付けるのなら『テラー種』といったところか。
『取り敢えず、現在奴を捜索中だ。まだ見つかってはいないが……とにかく君達は、なるべく安静にしているように。間違ってもリベンジしようなんて考えないこと。いいかね?』
「善処いたしますわ。情報提供、ありがとうございます」
優一の忠告を聞き流しながら適当に返事をして、希羅々は通話を切る。
(……真衣華、遅いですわね)
ここで治療を受け始めてから、随分と時間が掛かっている気がする希羅々。レイパーに怪しい魔法を掛けられたとは言え、そろそろ検査も終わっていていいはずだ。
(……何かあったのかしら?)
嫌な予感が頭を過ぎて、希羅々は真衣華が治療を受けていた部屋へと向かうのだった。
***
九時四十九分。
病院に駆け込んでくる、四人の大人達の姿があった。
光輝に照、蓮に春菜……希羅々の両親と、真衣華の両親だ。
希羅々と真衣華がレイパーに襲われたと優一から連絡が入り、慌てて飛んできたのである。二人とも生きているということは聞いているが、病院にいるからか電話を掛けても出ないということもあり、本当に無事なのか気が気ではない。
「すみません、こちらにうちの娘達……桔梗院希羅々と、橘真衣華が運ばれたと聞いたのですが」
「しょ、少々お待ちください」
大勢の大人が息を切らしてやって来たからか、受付の人も目を丸くしていた。
口にはしないが、光輝達からはどこか急かすような雰囲気も醸し出している。少し身が竦んでしまいそうな迫力があった。
希羅々は治療が終わったが、まだ真衣華は終わっていないということを聞かされた四人は、足早に治療室の方へと向かったのだが、
「なら、もう勝手になさいっ!」
その場の誰もが体をビクンと震わせる程の声が、大きく響く。
とても聞き覚えのある声に、光輝達は表情を強張らせ、声のした方に向かう。
廊下の角を曲がると――案の定、そこには希羅々がいた。
「き、希羅々っ! 何が――」
「どいてくださいましっ!」
声を掛けた光輝を突き飛ばし、希羅々は肩を怒らせ、早足で去っていく。
「ちょっと希羅々! どうし――」
「煩いですわっ!」
小さくなっていく背中に、照が声を掛けても、希羅々は怒鳴り返すだけで後ろを振り返ることなく、そのまま病院を出て行ってしまう。
何事かと、他の患者さんや看護師、医者の人もこちらに集まってくる始末だ。
「き、希羅々ちゃん、どうしたんでしょう? あんな声出すなんて……」
「真衣華ちゃんと何かあったのかしら? 私、ちょっと行ってくるわ。あなたは事情を聞いておいて頂戴」
「わ、分かった」
「真衣華、入るぞ?」
照が希羅々を追いかけ、他の三人は治療室へと入る。
そこには、ベッドに腰掛けたままの真衣華と、治療を担当していた看護師が一人。看護師は、ひどく困ったような顔で、助けを求めるように、入ってきた光輝達を見た。
真衣華は入ってきた三人を見ることもなく、ただジッと、床を見つめて唇を噛んでいる。
「お、おーい? 真衣華……?」
蓮がおずおずと声を掛けるが、反応は無い。
誰もがどうしてよいか分からなくなっていた中……しばらくして、真衣華はゆっくりと口を開く。
そして、
「……希羅々と喧嘩になった」
ボソリと、そう呟くのだった。
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