第403話『辛憶』
(あ、れ……私……?)
頭の中で駆け巡る、八年前の記憶。
大事にしていた忍者刀型アーツ『影喰写』が、レイパーによって壊されたあの時のこと……アーツが砕けた時の音や、その時の光景が蘇っていた。
決して消えない、真衣華のトラウマ。
湧き上がって来る底なしの無力感と絶望に苛まれる中、自分に近づいてくる死の熱源……そして何より、遠くで聞こえてきた希羅々の声が、真衣華をほんの一瞬だけ正気に戻す。
俯いていた真衣華が不意に顔を上げ、その視界に飛び込んできたのは――高圧のエネルギーボール。
その奥には、全身鈍い金色の体に、蛇にもトカゲにも見える生き物の頭の形をした被り物を着け、奇妙な模様の刺青をした人型の化け物がいる。手に持っているのは、蝙蝠の頭のような彫刻と青い宝石が付いた、黒い杖。
このレイパーは、影から影へと移動する能力を持っている。こいつは希羅々と交戦中、その能力で真衣華の背後へと移動し、エネルギーボールで真衣華と希羅々を纏めて攻撃していたのだ。
最も、今そのエネルギーボールに気が付いた真衣華が、そこら辺の流れを知る由は無い。分かっているのは、『死』が目前へと迫っているということだけ。
「真衣華ぁぁぁあっ!」
この場で動いていた者は、希羅々のみ。彼女は全速力で、真衣華の元へと走っていた。
このエネルギーボールの攻撃を防ぐために、何をどうするという考えは無い。咄嗟の行動だ。真衣華を守るための。防御用のアーツ『命の護り手』を使うという判断は、今の真衣華には出来ないだろう。
そんな希羅々の眼が捉えたのは、真衣華が抱いていた、大きな半月型の斧。片手斧型アーツ『フォートラクス・ヴァーミリア』だった。
一瞬の計算。真衣華と自分が生き残るための唯一の手段……酸欠になりかけた頭でそれを閃いた時、希羅々は覚悟を決める。
「真衣華! アーツを!」
「っ?」
己のアーツを指輪にしまい、希羅々はフォートラクス・ヴァーミリアにしがみつく真衣華を引き剥がし、懐に抱え込む。
それと同時に、フォートラクス・ヴァーミリアを地面に突き刺した。
フォートラクス・ヴァーミリアは、頑丈だ。ちょっとやそっとの衝撃では壊れない、強固な盾になるのだ。
真衣華が何かを叫ぶと同時に、エネルギーボールがフォートラクス・ヴァーミリアに命中。
響く爆音。
悲鳴を上げながら吹っ飛ばされた希羅々と真衣華は、地面に背中を打ち付け、ゴロゴロと転がっていく。
爆発の衝撃でフォートラクス・ヴァーミリアも吹っ飛び、それが二人の背後へ落下。鈍い音を立てて大地に刃が突き刺さった。
「ぅ……ぅぅ……」
「くっ……真衣華……!」
腕や足から血を流し、倒れる二人は、何とか生き延びている。
だが、希羅々は見てしまった。
倒れた二人に止めを刺さんと、レイパーが杖を向けていることに。
何とか真衣華だけでも逃がしたいと思っても、体が動かない。
(どうしたら……どうすれば……っ!)
と、その時だった。
「化け物め! こっち見やがれっす!」
「――ッ?」
横から鋭い声が轟き、そちらを見たレイパー。
直後、爆音を響かせ、小型のロケットが十発も飛んでくる。
レイパーは舌打ちをすると同時に、地面に着弾するロケット。
派手な爆発と共に、地面の土が巻き上がり、レイパーの姿を覆いつくしていく。
希羅々が、ミサイルが飛んできた方を見れば――
「さ、冴場さんっ!」
目つきの悪い、おかっぱの警官、冴場伊織がいた。
腕には、箱状の巨大な金属――ミサイルの発射台が装着されている。伊織の使うランチャー型アーツ『バースト・エデン』だ。
伊織の後ろには、他に四名もの女性警官がおり、いずれも槍やピストル型のアーツを構えている。
「遅くなってすまねーっす! 二人とも、早くここから逃げるっすよ!」
爆煙の方を油断なく睨みつけながら叫ぶ伊織。先程のミサイル連射でレイパーが倒れたとは欠片も思っていない。敵の姿を捉えたら、またすぐにでも攻撃をする心づもりだ。
だが、
「気を付けて下さいまし! そいつ、影に潜れる能力がありましてよ!」
「はぁっ? なんすかその反則技! ――ちぃっ!」
希羅々の警告のすぐ後、伊織の背後に伸びた影から出現するレイパー。希羅々の言葉にもあった通りの能力で、先程の攻撃は躱していたのだ。
伊織が殺気に気が付いて後ろを振り返るのと、レイパーが杖を叩きつけてくるのは同時。
バースト・エデンのランチャー収納ケースを盾にして敵の攻撃を受ける伊織だが、不意打ち気味に受けたそれによろめかされてしまう。
後ろにいた警官達が慌ててレイパーへと総攻撃を仕掛けるが、槍や警棒による打撃攻撃は杖でいなされてしまう。
ピストルやライフルによる射撃攻撃は少し効いているようだが、それでも決定打には至らない。
だが、こうにも多勢で来られると、レイパー側も杖による摩訶不思議な能力やエネルギーボールを放つ隙も作れないようで、戦い辛いのだろう。
少しばかり交戦したところで、立ちはだかる伊織達大和撫子を一通り見回したレイパーは、仕方ないと言わんばかりに鼻を鳴らすと、最後に、蹲る真衣華へと目を向ける。
「ラコリタナオルコ、トモトモラカヘアモッノ。コノロハゴヒニムイ」
そう告げると、レイパーは自らの影に沈んでしまった。
どこだと探す伊織と、警察所属の大和撫子達。
しかし、レイパーが再び姿を現すことはなく、気配も完全に消えていた。
「……ちっ、逃げられたっすね。――真衣華ちゃん! 希羅々ちゃん! 無事っすかっ?」
「え、ええ。私は、なんとか……。ですが、真衣華は……」
「私、も……だい、じょう……ぶ……」
「真衣華……っ」
スッと目を閉じ、意識を手放した真衣華。
希羅々の焦った声が、遠くへと消えていくのだった――。
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