第45章閑話
「……おっしゃぁっ!」
午前九時半。束音家に、セリスティアの心底嬉しそうな声が響く。
セリスティアの目の前には、ULフォンにより空中に表示されたウィンドウ映像。その真ん中に、デカデカと『合格』という文字が映されていた。
「あっぶねぇ! 後一問間違っていたら、また不合格になるところだったぜ……!」
興奮の冷めきらない表情で、額の汗を拭うセリスティアは、体の中に籠る熱気を吐き出すように、そう言葉を漏らす。
何故彼女はこんなにも喜んでいるのか。……それは、朝一番に受けた、バイクの仮免許取得のための学科試験に合格したからである。
技能講習は既に終わり、そちらの試験も前に合格していたセリスティア。これでめでたく、仮免許取得となったわけだ。
「たく、長かったぜ……ほんとにマジ意味分かんねぇ問題もあったしなぁ。五回くらい試験受けさせられたっけ? まぁいいや」
試験を受けては不合格になり、憂鬱な気持ちにさせられたあの日々は、もう終わり。
やっと面倒な座学のお勉強が終わったと思うと、晴れ晴れとした気持ちになるセリスティア。
……実は仮免取得後も、引き続き学科講習はあるし、試験もあるのだということを、セリスティアは忘れているのだが。この喜びが絶望へと変わるのは、そう遠くない未来である。
「アイリの奴もオートザギアで頑張っているしな。俺も少しは成果が出せたってとこか? あっちはユウカさんの方で色々作ってくれているし、この調子でサクッと免許取ってやるぜ。はっはっは!」
セリスティアが躍起になってバイクの免許を取ろうとしているのは、愛理が魔法を覚えようとしている理由と同じ。自身のパワーアップのためだ。そのための準備は、着実に進んでいた。
「あぁ、そうだ! イオリにも報告しとかねーとな。あいつにも世話になったし。……おっと、もうこんな時間じゃねーか。いっけね、確認確認と……」
根気強く勉強に付き合ってくれた伊織にもお礼を伝えなければと思い、ULフォンを操作しだしたセリスティア。現在時刻の表示が目に飛び込んできて、やることがあったと思い出す。
仮免取得の喜びで、ついうっかりしていたと自分を小突き、セリスティアは足早にリビングを出た。
向かう先は、雅の祖母、麗が生前に使っていた部屋だ。
その床下に打ち付けられた、ラージ級ランド種レイパーの片割れを封印している杭。その様子を確認する時間になっていた。
何度も入っているせいで、今はイ草の香りが薄れてしまった和室。部屋の中央の畳は剥がされ、下の荒板には穴が空き、地面がむき出しになっている。
その地面から六十センチ程顔を覗かせている、鉄の棒。柔らかな光を帯びたそれが、雅がランド種を封印するために使った杭である。
「……うん、特に異常無しってところか?」
杭を一周ぐるっと眺め、セリスティアはそう呟く。
言葉とは裏腹に、その声には自信が感じられない。
それもそうだろう。これで本当に大丈夫なのか、今一つ彼女には判断が付かなかったのだから。
杭に罅が入っていないか、発している光に変化が無いか、確認出来るのは精々それくらいだ。この杭の仕組みをきちんと知らない以上、他に判断出来る材料が無い。
とは言え、仕組みが分からないからといって何もしないわけにもいかず、セリスティアなりに一応何とかチェックしてみている、という状態だった。実は密かに、知らないところで何か問題が起きているのではないかと、セリスティアは気が気ではない。
なにせこの杭が抜けたり、封印の力が無くなってしまえば、待っているのは世界の破滅だ。責任はあまりにも重大である。
緊張の面持ちで、セリスティアはULフォンを操作し始める。
何か見逃しや変化が無いか、後からでも調べられるよう、念のため写真と動画を撮った上で、皆に送るようにしていた。
「――よし、上手く撮れた。……しっかし、本当に大丈夫なのか、これ?」
ちゃんと記録として残しておけたことに安堵した後、セリスティアは眉を顰めてそう呟く。
家の中とは言え、特にセキュリティがあるわけでも、結界やバリアの類が張られているわけでもない、ただの一室。そんな場所に、レイパーからしてみれば重要な杭が置いてあるという事実に、セリスティアは無性に不安になる。
もし万が一、ここに杭が打ち込まれていることをレイパーに知られてしまえば、束音家が戦場と化してしまう。念のため窓をダンボールや発泡スチロール等で塞ぎ、カーテンを閉め、外から見えないようにしているが、ひょんなことからバレてしまうという可能性も無視できない。困ったものである。
とは言え、まさかこの杭を抜くわけにもいかないが、それでも何とか上手いこと、もっと安全な隠し場所に移せないかと考えだすセリスティア。
「……ん?」
そこで、セリスティアは気づく。自分のULフォンに、メッセージが来ていたことに。
時刻は、今から一時間以上前だ。仮免取得の試験中だったため、今の今まで気が付かなかったのである。
「えーっと、ここがこうで……? ここ押せば良かったか?」とブツブツ言いながら、セリスティアはウィンドウの画面と格闘し、何とかメッセージ画面を開くことに成功。
そして、文面を見ると――顔を青褪めさせて、麗の部屋を飛び出した。
(な、なんで気が付かなかったんだ俺は! 畜生!)
希羅々からのSOSメール。
とっくに遅いと本能が告げる中、それでもセリスティアは彼女達の元へと向かうのだった。
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