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ヤバい奴が異世界からやってきました  作者: Puney Loran Seapon
第45章 新潟市南区~中央区
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第45章幕間

 一方、オートザギア魔法学院。お昼休みの真っ最中にて。


 たくさんの本棚やラックが、通路を作るように並び、壁を覆い隠すように設置され、果てはふわふわと宙に浮いている。新旧様々な書物や雑誌、新聞等が置かれており、学生達が手に取ったり戻したりしていた。


 室内を走り回り、先生に注意されている学生もチラホラと見受けられるが、大抵の学生はきちんと椅子に座り、本を開いている。


 ここは、図書館。


 静かで、少し熱の籠ったここの隅には、学習用の勉強机スペースがある。そこに、三つ編みで長身の少女、篠田愛理はいた。


 彼女の手には、分厚い本。表紙はボロボロで、タイトルすらもう判別が出来ない。紙は少しでも乱雑に扱えば破れてしまいそうな程に弱っている。発行日は三百年も前で、こうして形として残っていること自体、奇跡に近い。


 これが日本なら、重要文化財にでもなりそうなものだが、生憎この本はオートザギアで山ほど発行されたもので、他の図書館にも普通に置かれていたりする。


 そんな古い本のページを、慎重に捲りながら、眉を顰めて読み進めていた愛理だが、


「……駄目だ、分からん」


 心底困り果てたようにそう言いながら、愛理は読んでいた本をゆっくりと机に倒した。コトンと鳴った音は小さく、周りの学生は誰も気にも留めない。


 この本は、どこぞの魔法研究者が書き留めた、魔法の基本について書かれた研究論文。


 机の横の方には、他の本が山積みになっている。全て魔法に関する書物だ。


 折角オートザギアの魔法学院に学びに来たものの、座学はさっぱりで、魔法を使った実習にも参加させてもらえない愛理は、昼休みにここに足を運び、せっせと自習に励んでいた。最も、自習の成果は今の愛理の呟きを聞けば、火を見るよりも明らかだが。


 愛理はギュッと目を閉じ、眉間を指で揉むと、脳内や目元に溜まった疲れが、僅かに抜けていく感じが少しばかり心地良い。


 電子書籍が一般的で、今や紙媒体の本なんてそうそうない現代日本。本の内容が難しいというのもあるが、ただでさえ慣れない行為で、余計に疲れてしまう。


(全く……キャピタリークで大量の本を読んだというのに、ここでも同じことをする羽目になるとは思わななかった。この間、束音から速読のやり方を習ったお蔭でマシにはなったが、肝心の内容が難しすぎるな)


 横に積んである他の本の山を見て、苦い顔になる愛理。泣き言を言っても始まらないとは分かっていても、果たして本当に魔法は使えるようになるのだろうかと不安になってしまう。


 さて、どうしたものか……愛理が心底困っていると、


「シノダ、何しているの? 魔法のお勉強? 悪戦苦闘中かしら?」


 後ろから突然、そんな声が掛けられて、愛理は若干微妙な顔になる。


 振り返ると、そこにいたのは金髪ロングの少女。紫色の眼をした彼女は――この国の第二王女、スピネリア・カサブラス・オートザギアだ。


 ファムやノルンよりも少し年下だが、愛理と学年は同じで、さらに愛理と相部屋の学生でもある。


 王女様が来たからか、図書館も少しばかり騒がしくなっていた。それに気が付かないくらい集中していた己のことを、愛理は少しばかり恨む。


「ええ、見ての通りです。分かっておいでなのに、お戯れを……」


 目をキラキラとさせ、どこか揶揄うように尋ねてくるスピネリアに、愛理はげんなりとした表情と気持ちを押し殺してそう返す。


 この第二王女様は、事あるごとに愛理に構ってきていた。


 スピネリアは「隣、失礼するわね!」と言って、愛理の返事もまたずに椅子に座る。こういったところは、我儘なお姫様だ。声も大きいのに、誰も注意しない辺りも、王女という肩書故か。


 スピネリアは、愛理が先程まで読んでいた本を見ると、小さく口笛を吹く。


「あら、カルベリアム・マーチェンの魔法構造研究の論文じゃない。魔法の素人が読むものじゃないわね」

「ええ、私も読んでみて、そう思いました。何を述べているのか、もうチンプンカンプンで」

「まぁわたくしは、学校に入学する前には完璧に理解しましたけどね! ふふ、ちょっと待っていなさい!」


 得意気な顔でスピネリアは立つと、本棚へと向かっていく。座ったり立ったりと、忙しないお姫様だと思うと同時に、愛理は今自分が読んでいた本へと目を向けた。


 タイトルが掠れ、パッと見では何の本だか分からないこれの中身を、彼女はすぐに言い当てた。恐らく本当に何度も読んだのだろう。


 性格や行動は少しやんちゃな時はあれど、魔法の実力や知識は王族に恥じないものを身に着けているということかと、愛理は改めて舌を巻く。


(……どうする? アストラムさん達に、例の件を王女に話して良いか相談するか? 問題無ければ、彼女に魔法の手解きをしてもらえるが……いや、だが迂闊に話して混乱を招いてしまうと……うぅむ)


 ラージ級ランド種レイパーの件は、流石に各国のトップには伝わっている。オートザギアの国王も例外ではないだろう。レイパーの輪廻転生の話までは、確たる証拠が雅の持つ映像だけである以上、どうだか不明だが。


 だが、スピネリアにはその件が伝えられていないということは、国王がそう判断したからということ。自分の目的のためにスピネリアに事の次第を話してしまえば、下手をすると日本とオートザギアの外交問題にもなりかねない危険があった。


 愛理があれこれ悩んでいると、


「……シノダにも分かりやすく説明している本というと、この辺かしら?」


 スピネリアが、何冊かの本を持って戻ってくる。何をしに行ったのかと思えば、愛理のために本を探しに行ってくれていたのだ。


「ええっ? も、申し訳ありません! 王女様にそのようなことを――」

「ちょっと、そんなに畏まらないでよ」

「す、すみません、ありがとうございます」

「まぁ、いいですわ。……ところで、悪戦苦闘していると言っても、何も成果がないわけはないでしょう? 何か掴めた?」

「まぁ、多少の知識は。体内に巡る魔力を、どのように変化させるとどんな魔法になるだとか、どんな変化のさせ方が魔力消費の効率が良いだとか、そのくらいは」


 結局のところ、魔法を発動させるシークエンスは単純なのだ。


 異世界の人間の体の中には、血液に混じって魔力が流れている。それを体内でコントロールし、体内の酸素や白血球等の物質と混ぜて変化させ、体外に排出する。この輩出されたものが、例えば『通話の魔法』や『攻撃魔法』という形となっているのである。


 この魔力を体内でコントロールするという行為自体は簡単で、それこそ幼い子供でも可能だ。攻撃系の魔法は複雑な構造をしているが、日常生活で役立つ便利な魔法は構造が単純なので、少し訓練すれば誰でも使えるというわけだ。


 だが――


「問題は、その魔力が自分に無いということなのですよ」


 愛理が魔法を使えないのは、これに尽きる。そもそもコントロールする魔力が体内に無ければ、頑張ったところで魔法は使えない。


「だから、魔力を生み出す方法を色々探していたのです。しかし、そういったことに関する文献は見つからなくて……どこかから――例えば、他の人から魔力を借りるとかも考えてみたのですが……」

「成程。うーん……難しいわね。魔力というのは、人それぞれで少し構成が違うことが分かっていますの。仮にわたくしの魔力を抽出してシノダに渡したとしても、あなたが使うことは出来ないわ」

「じゃ、じゃあ魔法道具とかから借りるというのは?」


 苦し紛れの提案をする愛理だが、スピネリアは首を横に振る。魔力というものがそういうものである以上、人でも物でも変わらない。


「……最も、シノダの体に合うような構成の魔力が見つかれば、そこから借りられるとは思うけどね」

「……はぁ」


 最後にボソリと呟かれたスピネリアの言葉に、愛理は顔を傾ける。


 スピネリアは「じゃあ、また部屋で!」と言って、頭に『?』を浮かべる愛理を置いて部屋へと戻っていくのであった。

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