第402話『怖光』
「いやぁぁぁぁあっ!」
「真衣華っ? しっかりなさい!」
レイパーの持つ杖から発せられる光を見た直後、突如真衣華の絶叫が響く。
膝を付き、アーツを落とした真衣華は、頭を抱え、ただひたすらに苦しむのみ。
(また真衣華だけっ? 私は何ともありませんのにっ?)
何をされたか、まるで分からない。
ただ同じ光を見ただけで、希羅々は何ともなく、真衣華だけがこんな風になっている。
一体何が……と、駆け寄りながらも困惑する希羅々。
すると、
「やだ……やめて……! 返してよぉ! 影喰写、壊さないで……っ!」
「っ? ま、まさか……! 真衣華! あなた、影喰写が壊れた時の記憶を……? あの光は、人のトラウマを呼び起こす能力があるんですのっ?」
杖から発せられた光は、殺傷能力を持っていない。真衣華の様子から、希羅々はそう思う。
事実、希羅々自身は何ともないのだ。これは、希羅々が『トラウマ』と呼べるほどの嫌な記憶がないためだろうと思われた。
「この……っ! あれが真衣華をこんな風にした原因ですわね!」
そうと分かれば、話は早い。
希羅々はレイピア型アーツ『シュヴァリカ・フルーレ』を片手に、敵へと突撃していく。
(光を遮るだけでは、きっと意味がありませんわ! あの杖を壊せば、なんとかなるかも!)
ここまで逃げてくる途中、あのような不気味な光はどこにも無かった。となれば、恐らくあの光はきっかけに過ぎないのだろう。標的のトラウマを呼び起こし、苦痛を与えるための、ただのトリガー。
学校へと向かう途中、希羅々が気が付かない内に、真衣華はどこかであの光を見たのだろう。それで苦しみだしたのだ。
光源である杖を破壊するため、希羅々は一直線に、猛スピードで一気にレイパーへと接近し、レイピアを振るう。
弧を描くように迫る斬撃は、鋭くレイパーの持つ杖へと迫る……が。
「――ちっ!」
鳴り響く、高い金属音に、希羅々は舌打ちをする。想像以上に、杖が丈夫なのだ。
敵がお返しと言わんばかりに、薙ぎ払うように振られる杖をバックステップで躱し、再度攻撃を仕掛けるも、レイパーは巧みな杖捌きで希羅々の攻撃をいなしていく。
(くっ……安易に『グラシューク・エクラ』を使ってしまったせいで、決め手がない……っ!)
負けじと責める姿勢を維持しながらも、奥歯を噛み締め苦悶の表情を浮かべる希羅々。レイピアの突きや斬撃だけでは、どうにもジリ貧だ。
希羅々のスキルは強力だが、それ故に一時間に一度しか使えないという制約がある。最初に焦り、考え無しに使ってしまったことを、希羅々は激しく後悔していた。
こうなれば、何とかレイピア捌きだけで、あの杖を破壊するしかない。
(今の私に打てる手は『アーツ・トランサー』だけですが、これで何とかするしかありません……!)
斬撃等で破壊出来なくても、例えば敵の手から杖を叩き落し、他の誰かに破壊してもらうという手もある。何なら真衣華を担いで逃走し、『グラシューク・エクラ』が使えるようになったらそれで破壊したっていい。
とにかく、まだ終わりではないのだ。
それでも、
「ぁぁ……っ!」
「くっ! このっ……!」
焦る。
離れたところで蹲り、苦しむ真衣華の声が、希羅々の動きを雑にしていく。何とか一秒でも早く真衣華を助けたいという想いが、希羅々の戦いの勘を鈍らせてしまう。
(っ? 今ですわっ!)
だから気が付かなかった。
レイパーが、やや大振りに杖を振り上げた際に出来たその隙。――それが、実は敵がわざと見せたものであることに。
「はぁっ!」
声を張り上げ、大きく一歩、敵の方へと踏み込む希羅々。
杖の柄に、シュヴァリカ・フルーレを当てれば、弾き飛ばせそうだ……そう思って、勝負に出た。
しかし、
「――っ」
希羅々のその動きを予想してレイパーは、体を捻って上手く希羅々の放つ突きを躱し――希羅々の腹部に、杖の柄を抉り込むように叩き込む。
腹や肺の中の空気を全部吐き出し、痛みと息苦しさに襲われる希羅々。
完璧なフェイント。この一撃は彼女を怯ませるには充分だった。
大きく後退した彼女に、レイパーは杖の先端を向ける。
そこから放たれる、紫光の球。魔力によるエネルギーの塊だ。
ヤバい――そう思う間もなく、希羅々にエネルギーボールが直撃する。
爆音と共に聞こえてくる希羅々の悲鳴に、レイパーはニヤリと笑みを浮かべ――真衣華の方を向く。
もう、邪魔者はいない。
無抵抗の女性を苦しめるのは、このレイパーの楽しみの一つだ。
レイパーはニタニタと笑いながら、杖を……地面に落ちた、真衣華のアーツ『フォートラクス・ヴァーミリア』に向ける。
何をするつもりなのかは、明らかだ。
「ゃ……ゃだ……やめて……っ」
真衣華がそれに気付き、怯えた様子でアーツを拾って抱え込み、恐怖に目を閉じる。
この反応が見たかったと言わんばかりに、笑い声を上げるレイパー。
その時だ。
「させませんわっ!」
「――ッ?」
退けたと思っていたはずの希羅々が、横から跳びかかってくる。
彼女は先のエネルギーボールが命中する本当に寸前のところで、防御用アーツ『命の護り手』を発動させていた。展開された光のバリアが、敵の攻撃を少し弱めてくれたお蔭で、ダメージは大きいものの、何とか無事だったのだ。
真衣華にばかり気を取られていたレイパーは、流石にこれには驚いた様子をみせたものの、
「くっ! また影に――」
希羅々の奇襲が決まる前に、影に吸い込まれて消えてしまう。
どうせまた自分の背後にいる――そう思って振り返る希羅々は、目を見開く。そこに、敵の姿は無かったから。
刹那、希羅々は悟る。敵の気配……奴がどこにいるのか。
――自分が飛び出てくる前、奴は何をしようとしていたのかを考えれば、明らかだったから。
「真衣華ぁっ!」
慌てて真衣華の方を見た希羅々だが、もう遅い。
レイパーは、真衣華の背後に伸びる影から、ゆらりと昇り出ていた。
既に、魔力が集中させられた杖の先端は真衣華の背中に向けられている。真衣華と希羅々が、何をするにも間に合わない。
希羅々の声に、真衣華が後ろを振り返った時――
レイパーは真衣華へと、紫色の光珠を放ったのだった。
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