第401話『金人』
「はぁ、はぁ、真衣華! しっかりなさい!」
「うぅ……」
『二人とも、我々が到着するまで、何とか持ちこたえてくれ!』
希羅々の荒い息遣いに、真衣華の苦しそうな嗚咽。そしてULフォンから鳴り響く、優一の切羽詰まった声。
今、希羅々は真衣華を抱え、信濃川の方へと走っていた。
突然真衣華が苦しみだし、優一に助けを求めた希羅々。その優一から、そちらへと逃げるように指示されたのである。
真衣華がこうなったのは、恐らくレイパーの仕業。それも、先程優一達が捜査していた事件の犯人のせいだと思われる。
伊織が見つけた、監視カメラの映像。それを詳しく調べてみたところ、被害女性の近くに、妙な生き物のような影が映っていた。詳細はもう少し調べてみないと分からないが、その影がレイパーだった可能性は充分にある。
希羅々が見る限り、レイパーらしき影はどこにも無いが、近くで気配を潜めているかもしれない。そういう訳で、急いでその場から離れたのだ。
「ご、ごめ、ん……」
「ええい! 何を謝っているのですか! 気にするんじゃありませんわ!」
そう言いながらも、喋る余裕が出てきたことに、希羅々は僅かに希望を見出す。
敵が何をしたのかは分からないが、距離を取れば大丈夫らしい。ならば、走るまでだ。
そして、少しもしない内に、信濃川の方――やすらぎ通りを越え、川岸までやって来る二人。
静かに揺れる水面に、遠くに掛かる越後線の線路。冬の川沿いは手がかじかみそうになる程に寒いが、風は穏やかだ。
「よし、優一さん、こっちは何とか着きましたわ!」
『うむ! 通話はこのままにしてくれ! 今、皆でそっちに向かっている! 真衣華君の様子はどうだっ?』
「真衣華、気分はどう?」
「……う、うん。少し頭も冷えてきた。――ぃっ」
「真衣華っ?」
「ま、た……!」
「ちぃっ!」
真衣華を降ろし、慌てて周りを見渡す希羅々。右手の薬指に嵌った指輪が光り、その手に握られるは金色のレイピア、『シュヴァリカ・フルーレ』だ。
希羅々の眼は、荒れ狂う殺し屋が標的を探すそれの光を帯びている。
「ぃやだ……もぅ……」
(ま、また真衣華が苦しみだして……折角少し良くなりましたのに! ――はっ!)
段々と真衣華の苦しみが強くなっているところを見ると、こうなった原因を作ったものが近づいているということ。
この見晴らしの良い場所なら、隠れられそうな場所は限られる――そう思った希羅々は、見る。
堤防の上の道路……そこの木の陰に、何かがいるのを。
それに気が付いた希羅々は、何よりも早く、その影に向かってレイピアのポイントを突き出し――刹那、上空に巨大なシュヴァリカ・フルーレが出現する。
希羅々のスキル『グラシューク・エクラ』だ。
空気を激しく震わせ、空から地面へと降ってくる巨大レイピア。
木やコンクリートの地面が砕ける大きな音が響き、くすんだ煙が巻き起こる……が、直後、希羅々は舌打ちをする。
その煙の中には、誰もいない。
そして、直後。
「っ!」
背後に殺気を感じた希羅々が、咄嗟にその場を離れると同時に、今まで彼女がいたその場所を、長い得物が鋭く通り抜ける。
(ふん! やっと姿を見せました……わね?)
……のだが、
「……なんですの? あの姿……?」
攻撃が放たれた方を見た希羅々は、困惑する。
そこにいたのは、恐ろしくも奇妙な、全身鈍い金色の体をした人型の化け物。
レイパーなのは間違いないだろう。だが、凡そ、その分類が判別出来ない珍妙な容姿だった。
頭部には、蛇にもトカゲにも見える生き物の頭の形をした被り物を着け、全身には奇妙な模様の刺青を施している。足は細く、どこか昆虫の足のようにも見えた。
手に持っているのは、先端に蝙蝠の頭のような彫刻と、小さな青い宝石が付いた、黒い杖。先程希羅々を攻撃したのは、これによるものと思われた。
(肉弾戦を得意とするような体格ではありません。杖を持っているということは、やはり魔法使い系のレイパーですの? 何をしてくるか、全然読めませんわ。それに――)
希羅々は眉を顰めつつ、チラリと真衣華の方を見る。
(真衣華はあんなに苦しんでいますのに、私は何ともない。……何故ですの?)
真衣華が苦しんでいるのは、このレイパーの魔法か何かだろうというのは想像がつく。現にレイパーは、真衣華を見てニヤリと気味の悪い笑みを浮かべているくらいだ。
だがそれなら、それと同じ魔法等を、希羅々にも掛けないというのはおかしな話。希羅々も苦しませてしまえば、抵抗されることもないはずなのに、である。
(そもそも、真衣華は何をされているのでしょう? 頭痛に苛まれているようには見えますが、それだけではないような……)
その理由が分からないことでの気味悪さに、希羅々は奥歯を噛み締めた。
「ふ、ふん! どのみち倒してしまえば関係のないこと!」
そう叫び、希羅々は一気に地面を蹴り、レイパーへと突っ込んでいく。
能力等は不明だが、俊敏そうな見た目ではない。油断している隙に、一気に叩く……そう思っての攻撃だ。
希羅々の放った、レイピアによる鋭い突き。冷たい空気を、背筋も凍るような鋭い音を立てて貫き迫る一撃は、正確にレイパーの顔面らしき部分へと迫っていく。
だが――
「――っ?」
空しく空を切る、レイピア。
敵の姿が、一瞬にして消えてしまったのだ。予想だにしていなかったことに、何が起こったのかと、希羅々の思考が止まりかける。
刹那、
「っ?」
希羅々が自分の背後に気配を感じ、慌てて振り向くと、そこには消えたはずのレイパーがいた。
既に放たれていた杖による打撃を、レイピアで受け流せたのは僥倖と言って良い。
慌てて反撃の突きを放つも――
「消えたっ?」
レイパーは、再び消えてしまう。
しかし、今度は希羅々も、はっきりと見た。敵がどうやって、自分の攻撃を回避したのかを。
(こいつ……自分の影に潜れますのっ?)
まるで水に沈むかのように、このレイパーは影の中に消えていたのである。
(私の初撃を躱したのも、この能力っ? 厄介ですわね……!)
レイピアによる突き攻撃が主体の希羅々としては、自由に影に潜るこのレイパーの動きは、厄介なことこの上ない。点で敵の体を捉える都合上、どうしても狙ったところに攻撃を当てづらいのだから。
「くっ……どこに隠れて……っ?」
影に消えたレイパーを探し、素早くその場を跳び退きながら、辺りに視線を這わせる希羅々。
だが、
「っ!」
希羅々の後ろには、既にレイパー。奴は、希羅々から伸びる影から現れていたのだ。
(影に隠れるだけでなく、影から影へと移動も出来ますのっ?)
再び放たれていた杖による打撃を、振り返った希羅々はシュヴァリカ・フルーレの側面で何とかガードする。
それでも、レイパーの攻撃は終わらない。希羅々が反撃に出るより早く、杖による乱打で攻め立てていた。
その攻撃を何とかアーツで防ぎながら、希羅々は舌打ちをする。
このレイパーは見た目や雰囲気とは裏腹に、中々近接戦闘が得意なようだ。防戦一方の今の状況では、いずれ確実にやられてしまう。
どこかで攻勢に転じられれば――そう思っていた、その時。
「あぁぁぁぁっ!」
悲鳴にも近い声を上げながら、レイパーの横から誰かが跳びかかってくる。
エアリーボブの、なよっとした弱そうな体の女の子、真衣華だ。
その手には、紅の片手斧、『フォートラクス・ヴァーミリア』が握られている。
先程まで苦しんでいた彼女だが、レイパーが希羅々と交戦し始めたからか、少しだけ動けるようになったのだ。最も、頭痛は酷く、視界は霞み、腕は震えているという有様で、とてもまともに戦える状態ではないが。
それでも、希羅々のピンチに、真衣華は気力だけで身体を動かし、レイパーに襲いかかったのである。
希羅々との攻防に夢中だったレイパーは、真衣華の攻撃に気が付くのが遅れ――真衣華のスキルも何もない、ただの普通の一撃を体に受けて、よろめかされてしまう。
「良くやりましたわ!」
怯ませればこちらのもの。
レイパーが何かをするよりも早く、希羅々は大きく踏み込むと、その薄気味の悪い胴体に突きを叩き込む。
鋭い痛みに、怯むレイパー。
直後、希羅々の左手に嵌った指輪が光を放ち、右手に握られていたシュヴァリカ・フルーレが左手へと瞬間移動。
間髪入れずに、さらに強烈な威力の二撃目が、怯んだレイパーの鳩尾に直撃。鈍い音と共に、レイパーは大きく吹っ飛ばされた。
「真衣華! 具合はっ?」
「ご、ごめん……ちょっとキツいかも……! だけど……」
アーツを支えにしなければ、立つことも辛い真衣華。
その目は、希羅々の攻撃を受けた部分を手で抑えながら立ち上がる、レイパーへと向けられている。
「気を付けて下さいまし! あいつ、影に潜ったり、自分の影から人の影へと移動できますわよ!」
「ぅ……」
頭痛を堪えるような表情で呻く真衣華に、希羅々は彼女を守るように前に出る。
そんな二人を見たレイパーは、ニヤリと笑みを浮かべて、杖を構える。
またも杖の乱打が来る……そう覚悟した希羅々。
だが、レイパーが杖を振りかざすと、先端から不気味な光が発せられる――
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