第42話『鷲獅』
地上より五五○メートルの位置に佇む巨大な島。天空島。
そこに向かう途中、強風に煽られながらも、雅はライナに、ここに至るまでにあったことを話す。
「じゃあ、シャロンさんはドラゴナ島に……。竜がいるって話、本当だったんですね」
「ええ。ところでライナさんは、いつからここに?」
「今から一時間くらい前に到着したばかりです。それでミヤビさんと合流しようかなって思ってたんですけど、いなくて……。そしたらあの魔法陣が……」
「……そう、ですか……」
「――む? なんじゃあれは?」
二人の会話を聞いていると、シャロンは何かが自分達に近づいてくることに気がつく。
最初は黒い粒のような物で、シャロンも気にも止めていなかったのだが、何やら『それ』からは殺気が発せられているのを感じ、警戒心を強めるシャロン。
そんな中呟かれたシャロンの言葉で、雅達もその存在に気が付いた。
「あれは……翼?」
「――っ! レイパーです! 来ますよ!」
鷲のような頭に、獅子のような四肢。分類は『グリフォン種』とすべきだろう。
シャロンの半分程度の大きさしかないが、彼女達に向ける眼は鋭く、一切の怯みも躊躇も感じられない。
グリフォン種レイパーは金切り声を上げながら、急加速してシャロンの方に突っ込んできた。
鋭い爪を掲げ、攻撃の体勢をとるレイパー。
敵の姿を確認した瞬間からエネルギーを集中させていたシャロンの雷のブレスが放たれるも、軽々とそれを躱し、一気にシャロンの懐まで接近する。
しかしその動きは予想していたシャロン。レイパーが攻撃してくるよりワンテンポ速く、自らの前足を叩き付けにいく。
が――
「――っ! シャロンさんっ?」
雅とライナのところまで伝わる強い衝撃と、苦しむような低い唸り声。
レイパーはシャロンの今の一撃をさらに躱し、腹部に強烈な一撃を叩きこんでいた。
それでもシャロンは追撃しようとするレイパーを強引に払いのけると、ブレスを一発放ちそれを敢えて避けさせ、その隙にレイパーと距離を取る。
「タバネ! システィア! お主らを天空島に降ろす! 乗せたままでは戦えん!」
「くっ……すみません、シャロンさん!」
今の攻防でそう判断したのだろう。
必死な様子のシャロンの提案に、雅もライナも頷くしかない。
天空島に向かうシャロンと、それを追うレイパー。
「天空島の床ギリギリを飛ぶ! タイミングを見て飛び降りるのじゃ!」
「はい! ライナさん!」
「きゃ、きゃっ!」
本日二度目のお姫様抱っこ。
シャロンは天空島までくると、可能な限り下降する。床に体が擦れるまで、後数センチという、本当にギリギリのところだ。
大きく息を吸うと、雅はライナを抱えたままシャロンの背中から飛び降りる。
刹那、急上昇するシャロンと、それを追うレイパー。
両者の、互いを威嚇するような咆哮が轟いた。
***
天空島は、ガルティカ遺跡にあった階段ピラミッドの地下の一室の、床が飛翔して出来た島だ。
あの部屋は壁も床も茶色いレンガで囲まれており、神殿のような建物があった。今もそれは変わっていない……のだが、ドラゴナ島でエネルギーを蓄えたからなのか、様相が変わっているところがある。
レンガの隙間から雑草が伸びていたり、レンガの柱がいくつか立っていたり……というところだが、特に変わったのは神殿か。
以前見た際はやや天井の高い平屋だったのが、二階が出来ていた。形状も角ばっていたのが若干丸みを帯びている。
「ミヤビさん……」
「ええ。多分あの場所に、あいつが……」
新たに出来た二階部分を凝視しながら、雅は呟く。
「……シャロンさんは、結構遠くで戦ってますね。ここからじゃ援護出来ないし……」
「裏に回って見ませんか? 裏口があるかも……」
正面の入り口から入れば魔王種レイパーまで辿り着けるだろうが、たった二人で中に入るのは無謀過ぎる。
魔王種レイパーに奇襲を仕掛けられそうな、別の入り口を探すべく、雅とライナは歩き出した。
雅が先頭を歩き、その後ろをライナがついて行く。
ここは敵の陣地。突如何が出てきても不思議では無い。
二人は慎重に、神殿の周囲を探る。
そして神殿の裏手に回った時だ。
「あった、裏口……おや?」
雅はそう呟きながらも、首を傾げる。
神殿の裏側には別の入り口があったのだが、その付近に生えた雑草に踏まれたような跡があった。レンガには足跡も残っている。
それだけならレイパーが歩き回った跡だと思えるのだが……足跡はまるで人間が履く靴によって付けられたもののように見えた。
「こんなところに人なんか来るわけないし……一体、これは……?」
「えっ? 足跡……えっ?」
「どうしました?」
それを見て、目を見開いたライナ。
驚いた様子ではあるが、その質は雅の驚きとはどこかが違う。
「いえ、すみません……それより、ミヤビさん。そこにあるもの、なんか変じゃないですか?」
「えっ?」
雅に尋ねられ、慌てた様子でライナは別の方を指差す。
その場所は、足跡からちょっと離れたところの床。特におかしなものは無いように見える。
「変……?」
「は、はい……。何か今、不自然に光ったような……」
緊張したようなライナの言葉。それを聞いて、雅は一瞬固まる。
だが、すぐに頷いた。
「もしかしたら、何か見逃してましたかね……?」
そう呟きながら、雅はライナが指差したところへと慎重に近づいていく。
そして――
雅の右手の薬指が光り輝くと同時に、背後を振り向く。
響く金属音。
雅が振り上げた百花繚乱が、ある物を防いでいた。
それは、鎌。紫色の鎌。雅には見覚えのある鎌だった。
ウェストナリア学院とシェスタリアで雅を襲った、黒いフードの『何か』が操っていた、あの鎌だ。
叩き付けるようにそれを振り下ろしたその鎌の持ち主は、ひどく驚愕したような目で雅に向けていた。
その持ち主とは――
「やっぱり……あなただったんですね! 学院とシェスタリアで私を襲ったのは……!」
「なん……で……っ?」
鎌を振り下ろしていたのは、ライナ・システィアだった。
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