第397話『怖顔』
八時二分。
伊織から連絡を受けた優一がやって来たのは、新潟市中央区白山浦一丁目の住宅街。
殺人事件とのことだが、伊織曰く『気味の悪い死体が発見された』らしい。
優一が現場に到着し、パトカーから降りると、
「おーい、相模原警部ー!」
現場を調べる警察官や鑑識の人達、何事かと騒ぐ野次馬達。その中で、おかっぱで目つきの悪い女性……冴場伊織が、優一に「こっちっす!」と叫びながら手招きをする。
「すまない、遅くなった。ガイシャは?」
「この路地の奥っす。ただ、少し覚悟した方がいいっすよ」
その警告を不審に思いながらも、優一は路地の奥に行く。
横たわり、ブルーシートを掛けられた女性。優一が手を合わせてからそれを少しはぐり――眉間に皺を寄せた。
「これは……」
恐らく二十歳くらいの女性だろうが、その顔は何か恐ろしいものを見たかのように歪み、二十歳は老け込んだような風貌だ。普通に殺されれば、こんな顔にはならない。
「まるで、お面を着けたレイパーに殺された被害者だな。しかし……」
険しい顔で、首を傾げる優一。
見たところ、被害者に外傷がない。顔はこの有様だが、体は綺麗な状態だ。
「死因はなんだ? 唇が紫だから、窒息のようだが……」
「鑑識も同じ見解っす。死後、十時間以上経つみてーですよ。でも、妙なんすよね。窒息にしては、首を絞められた後もねーですし……。魔法でも使われたんすかね?」
伊織の言葉に、苦笑いを浮かべる優一。何を馬鹿なことを、と一蹴出来ないのが困る。
「……異世界の存在がある今、その可能性はまるで否定出来んな。いずれにせよ、レイパーの仕業だと思うが……それにしても、死後十時間以上? となると、それまで誰も、この死体に気が付かなかったということか?」
「ええ。今、捜査員で聞き込みしてるんすけど、悲鳴とかも何も無かったらしーです。第一発見者が、変な臭いがするってんでここに見に来て、それでやっと見つかったそうで……」
「窒息なら、悲鳴も上げられなかったとは思うが……それにしても、誰も気が付かないというのは妙な話だな。騒ぎの一つでもありそうなものだが」
と、二人があれこれ推理していた、その時。
「――すから、ここから先へは――せんと言って――」
「何があったか――ではありませんか」
「――分からないと――なるし――」
「……む? この声は……?」
現場の外から聞こえてくる、警官と揉める声。二人の女性の声だが、それには聞き覚えがあり、優一と伊織は困ったように顔を見合わせた。
「仕方ねー子らですね……」
「我々が出た方が、話は早そうだな」
溜息を吐いて路地を出る二人。
案の定、立ち入り禁止のテープを挟み、警察官と騒いでいるのは……桔梗院希羅々と、橘真衣華の二人だ。
希羅々は優一と伊織に気づくと、「ちょっと! この刑事さん、何とかして下さいまし!」と助けを求めてくる。
「失礼、この子達は我々の知り合いだ。後はこっちで何とかしよう」
やれやれと優一が警察官にそう告げ、バトンタッチ。
伊織が早速、「何やってるんすか、二人とも」と呆れた声を上げる。
「君達……何故ここに?」
「通学の途中で、この警察官の方々の集まりを見かけまして。そしたら、その中にお二人の姿もありましたし、少し気になりましたの」
「レイパー事件なら、知っておきたいしね。自衛するにしても何にしても、情報は仕入れておきたいし」
それで、二人に合わせてくれと先程の警察官に要望していたらしい。全く困ったものである。
「はぁ……。捜査中の事件に、一般人が首を突っ込むんじゃない。まぁ、確かにレイパーが絡んでいそうな事件だが……」
「ちょ、相模原警部、教えちゃうんすか?」
伊織の驚いた声に、優一は小さく頷く。
レイパーが絡んでいることはほぼ間違いない以上、自衛のために情報が欲しいというのは最もだ。
それに、さっさと教えれば、二人もすぐに立ち去るだろう。双方にとってメリットがある。
そういう訳で、今回発見された『不気味な死体』について説明する優一。
すると、
「ふぅん。……ねえ、近くにはアーツは無かったの? アーツに付いた血とかから、敵の正体って推測出来そうだけど……」
真衣華がそう質問してきて、伊織が目をパチクリとさせる。
「アーツ? ……あぁ、そういや無かったっすね」
「何? ということは、被害者は抵抗しなかったということか?」
そんなはずないだろうという顔で、優一は伊織に視線を向ける。
レイパーが現れれば、戦うにせよ身を守るにせよ、アーツを出すのが基本だ。
死者はアーツを仕舞えないから、近くにないということは、そもそもアーツを出さなかったということになる。
「レイパーに殺されたわけじゃないのか? いや、人の手による犯行には思えないが……」
「背後から奇襲されたんすかね? それなら、アーツを出す前に殺されるっす。魔法で殺されたのなら、遠距離から攻撃されたってのもありえるっすよ」
「仮にそうだとすると、被害者が路地にいたという説明がつかない。まさか、わざわざ殺した被害者を路地に隠したわけでもなかろう。遠距離から殺したのに、死体に近づく意味はないだろうし……。それに、あの死体の、妙な顔も気になる」
死体は、何か酷く恐ろしいものでも見た、という顔だった。奇襲されたのなら、ああはならないだろうと、優一は思う。
「余程レイパーが怖かったんすかね?」
「恐怖でアーツが出せないなんてことにならないよう、私達は指導を受けておりますわよ? まぁでも、事実そうなら、そうなのでしょうか……?」
考えれば考える程、敵の正体や能力、そして行動の意図が分からなくなってしまう。
「……調べてみないことには、何とも言えないか。さて、そういうわけだから、もう話せることは何もない。君達は学校だろう。ほら、もう行きなさい」
優一の言葉と共に、伊織が「さぁ、行った行った!」と希羅々と真衣華を押していく。
二人は文句を言いながら、現場から強制退去させられたのであった。
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