第396話『弊竇』
さて、七時五十分。ここは新潟市西区にある、新潟県警察本部……その科捜研。
「――で、どうだ? 何か分かったか?」
「うーん……」
話をしているのは、二人の男女。
渋い相貌に、厳つい目つきをしている男性は、相模原優一。捜査一課の刑事だ。
そしてもう一人、肩口辺りで髪を切りそろえていた女性の方は、相模原優香。科捜研の職員である。
優の両親二人は、朝のまだ業務が始まっていない時間から何やら真剣に会話しているが、部屋にいる他の科捜研の職員達は、特に気にした様子もない。さして珍しくもない、良くある光景だから。
特に優香か優一のどちらかが警察署に泊まり込みで勤務した後等は、話すことも多いのだろう。事実、今日は朝の六時を少し回った頃から、二人の会話はずっと続いていた。
話の内容は、先程までは別の事件の調査についてのあれやこれだが、それがひと段落して、新しいものに変わっていた。
優一と優香の前に広げられた、無数のウィンドウ。そこに映っているのは――雅にレーゼ、そして志愛の三人だ。
しかし、彼女達の服装は、いつものものではない。
雅は、桃色の燕尾服の、まるで指揮者のような格好。
レーゼは、空色の鎧や小手を身に着けた、騎士のような姿。
志愛は、韓国の民族衣装、チマ・チョゴリに似た服を纏っている。
三人がパワーアップした時の姿、その写真や画像だ。優一と優香が話しているのは、このパワーアップの件である。
「同じような話を、雅ちゃんと志愛ちゃんにもしたのだけど……今も、やっぱり分からないのよね」
「彼女達のこれは、まるで『変身』だ。似たような事例が、過去に僅かだが存在していることは私も知っている……が、流石にこれは異常だと思うんだ。レアケースの現象が、こんな身近に三人。それも、自在に変身出来るようになったというのがな」
特に、雅と志愛は、今まで自分の意思で変身出来なかったのが、自由に変身出来るようになっている。
「雅君曰く、彼女の中にいる人物……カレン・メリアリカさんだったかな? 彼女と心を通わせられるようになってから、自分の意思で変身出来るようになったようだが……」
「ええ、そう言っていたわね。でも、そのカレンさんも、どうして雅ちゃんがこの姿になれるのか分からないとも言っていたわ」
唯一分かっているのは、雅とカレンが心を合わせた時だけ、変身出来るということ。
しかし、
「レーゼさんと志愛さんは、自分の意思だけで変身出来ると言っている。何故、雅君だけ、カレンという人が関係してくるのだろうか」
「うーん……雅ちゃんの話だと、この力はカレンさんのものらしいし……カレンさんの中の力を引き出すのに、二人が心をシンクロさせる必要があると考えるのが妥当だと思う。詳しい原理は分からないけど……」
「むむむ、考えれば考える程、分からないことが増えていくな。……何故志愛さんが、急に変身出来るようになったのかも疑問だ。カームファリアで一度変身して、それからつい先日までは使えなかったそうだし……」
技量が絡んでくるのか、精神的な成長が鍵となるのか。色々とそれらしそうな理由は浮かぶが、今一つしっくりとせず、優一は唸る。
「今のところ、レーゼちゃんだけよね。最初に変身した後から、自由にこの力を使いこなせたの」
「うむ。それも不思議だ。レーゼさんは確かに精神、肉体のどちらも優秀な人間だが、雅君や志愛さんと比べて大きく跳び抜けているかと聞かれれば、流石にそこまでではない。異世界人だというのが理由なのだろうか?」
「うーん……どうかしら? そもそもの話、世界を広く見渡せば、この三人以上に強い大和撫子やバスターはたくさんいるはずよね? なんで他の人達は、あなたの言う『変身』が出来ないのかしら?」
「君の疑問も最もだな。となると……肉体や精神の強さとは、無関係のところに、変身出来る理由があるのかもしれない。しかし、それが何なのかというと、皆目見当もつかないな」
何せ、そもそもこういった現象の事例が少ない。何かしらの共通点を探そうにもヒントが少なく、妙だと思える点を挙げればキリがないのだ。
「それにしても、随分とこの力のことを気に掛けるのね」
意外だわ、という顔になる優香に、優一は「まぁな」と答える。
「強大な力を得たということは、喜ばしいことだと思う。だが、理由が分からないというのが不安なんだ。もしかすると、この姿に何度も変身することで、何かデメリットがある可能性だってある。それに、理由が分かれば、他の人もこの力を手に入れることが出来るかもしれない」
「そこは同感よ。ただ、デメリットの部分については、私は深刻に考えていないけど」
「む? 何故だ?」
「時間制限があるじゃない。この姿になれるのは、一日一回。それも、三十分くらいで元に戻ると言っていたわ。多分、これがセーフティなんだと思う。彼女達の体に、悪影響が出ないための」
「成程。……考えてみれば、このような時間制限、本来であれば不要ではあるか」
と、そんな話をしていると、優一のULフォンに着信が入る。
「おっと、失礼。電話が来た。――もしもし」
『あぁ、相模原警部! うちっす。冴場っす! 殺人事件っすよ!』
相手は、部下の冴場伊織。
何やら尋常じゃなさそうな様子の伊織から話を聞いた途端、優一は「悪い! 優香、話はまた後で!」と言って、大急ぎで部屋を出ていくのだった。
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