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ヤバい奴が異世界からやってきました  作者: Puney Loran Seapon
第44章 ウェストナリア学院
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第44章幕間

 二月二日土曜日、午前十時。


 スッキリと晴れた空の下……ここは、ウェストナリア学院から西に行ったところにある霊園。


 霊園の中央に噴水があり、環状に花壇が作られている。色とりどりに咲き誇る花たちの中に、たくさんの墓石が並んでいるのが、この霊園の特徴だ。


「そうか。これが……これが、母の墓か」


 霊園の端の方の地面に突き刺さった、白い十字架。そして、その手前に設置された、平板状の石。


 これが、ナリアで最も広く用いられているお墓だ。その墓の前に、人間態のシャロン、そして雅が立っていた。他に人はいない。今日ここには、二人だけで来ている。


 本来、平板の墓石には名前が刻まれるはずだが、今は空欄だ。これを作った時は、誰の白骨死体か分からなかったためだった。


 因みに、雅の今の服装は、以前と同じ、ブレザー姿だ。右手の薬指には、アーツを収納するための指輪も嵌っている。一昨日、やっと雅の元に戻ってきたのだ。


「ええ。……それじゃあシャロンさん、これを」

「ああ」


 お墓に刻む名前は、専用のナイフが用いられる。硬い墓石を彫るために研がれ、彫刻の魔法が施されているのだ。ナリアでは、遺族がこれを使い、故人の名を刻む習わしとなっている。


「儂、そんなに字は上手くないのじゃが……」


 雅から渡されたナイフを持ったシャロンは、困ったような顔で雅を見つめる。その眼は、強く訴えていた。「お主が代わりに刻んでくれぬか」と。


 せめて、少しでも上手な字で刻んでやりたいという想いからの発言であろう。しかし、雅は首を横に振る。


「こういうのは、気持ちが大事です。きっと私より、シャロンさんに刻まれた方が、エスカさんも喜ぶと思いますよ」

「むぅ……まぁ、それもそうか……」


 そう呟くと、シャロンは緊張した面持ち、そして不安と真剣さがせめぎ合った瞳で、ナイフの先端を石に突き刺した。


 そして――


「……まぁ、良かろう。儂の、竜生で一番の字じゃ」


 言葉とは裏腹に、少し不満そうな目を、墓に刻んだ『エスカ・ガルディアル』という字に向けるシャロン。雅の目から見ても綺麗よりの字だが、シャロン的には、エの止めや、スやルの字の払いが気に食わない。


 こんなことなら、字の練習くらいしておけば良かったと後悔してしまうシャロンだが、今となっては余りにも遅すぎた。


「さて、本当はナリア式で行うべきなのじゃろうが……」


 そう言って、周りの墓を見渡し、シャロンは「失礼する」と告げて一礼すると、エスカの墓に向き直り、片膝を付いて手を顔の前で組んだ。雅も、それを真似る。


 これは、竜のお参りの仕方だ。このポーズで、故人への挨拶等を心の中で行うのである。


【ミヤビは、エスカさんに何か声を掛けなくていいの?】

(いえ、今はシャロンさんが話している最中でしょう。邪魔はしませんよ)

【そっか。……シャロンさん、何を話しているんだろうね】

(さぁ? 話したいこと、山ほどあるでしょうしね)


 きっと長いお参りになるだろう。そう思っていた雅とカレン。


 だが、


「……うむ。さ、終わった。帰るか」

「えっ? もう良いんですか?」


 一分程のお参りしたと思ったら、シャロンがそんなことを言ってきて、雅は目を丸くする。


「む? あぁ、もう充分じゃ。竜の墓参りは、お主らよりも短く済ませるんじゃよ」


 何なら、シャロン的には相当長くお参りしたくらいである。普通は、先程のポーズをして軽く言葉や想いを伝えたら、すぐに立ち去るものなのだ。


「えっと……じゃあ、ちょっと待っていてください」

「なんじゃ、お主はまだ終わっておらんかったのか」


 どこか拍子抜けしてしまい、雅も軽く挨拶だけすませてお参りを終わらせる。


 そして、皆の元へ帰ろうと、二人は墓石に背を向けて歩き出した――のだが、


「……シャロンさん?」


 突然立ち止まったシャロンに、雅が怪訝な顔で振り返る。


 シャロンは、ジッと地面を見つめ……深く息を吐くと、どこか躊躇いがちに口を開く。


「……儂は、竜の中ではまだ子供。そう思っておった」

「…………」

「じゃが、先日……クォンが、こんなことを言っておった。『年下の未来を守るのは、君達より長く生きてきたものの務めだ』と。……考えてみれば、儂はお主らよりも、ずっと年上なんじゃよな。お主らより、何十倍も年上……」

「シャ、シャロンさん?」

「もしかすると……儂は、自分でも気づかぬ内に、甘えておったのかもしれん。『竜の中では子供の方』という、自分の言葉に。そんなつもりはまるで無かったが……」


 ある種の、言霊だったのかもしれない。そう思いながら、シャロンは自分の足に着いたアンクレットに視線を向ける。雷球型アーツ『誘引迅雷』が仕舞われている、そのアンクレットを。


 シャロンは、何となく理解する。何故、誘引迅雷が自分にスキルを与えてくれないのか、を。考えてみれば当然だ。如何に実力があろうとも、子供だからと甘えている竜を、アーツは認めてくれないだろう。


「タバネ……儂は、もう自分を、竜の中では子供だとは思わぬ。もう竜は儂一人で……お主らの中で、一番の最年長じゃ。大人だと思うことにする。アルバイト、という形じゃが、働いてもおるしの。ただ――」


 シャロンはそこで言葉を切ると、瞳を揺らし、唇を噛む。


 しかし、しばらくして、再び口を開いた。


「一度だけ……大人だと思う前に、子供の竜として……情けない姿を晒させて欲しい。今から一つ、極めて無礼で、失礼で、お主のことをまるで慮らぬ愚かな質問をさせてくれ」

「…………」




「――本当に、助けることは出来んかったか?」




 シャロンの言葉の後、冷たい風が、二人の間を通り抜ける。


 凍り付いた空気を、さらに冷やすように。


「本当は、最善を尽くせば助けられたのではないか? 頼む、正直に答えてくれ。どうなんじゃ?」

「それ、は……」


 カラカラに乾いた口で、雅は言葉に詰まる。


 激しく打ち付ける胸の中の鼓動。雅の中でカレンが何か言っているが、それがノイズのように、頭の中に響いて頭痛がする。


 出来なかった、と、即答は出来ない。


 何故なら――


「……きっと、助けられた」


 震える声で、雅は正直に告げる。


 雅も、思っていたのだ。あの時、『逆巻きの未来』で数分前にタイムスリップすれば、もしかしたらエスカを助けることが出来たかもしれないと。


 だが、雅はそれをしなかった。エスカに止められたから。「歴史が変わってしまう。私はここで、死ぬべきだ」……そう言われたから。


 だが、本当にそれだけが、エスカを助けなかった理由なのだろうかと、雅は自問する。


 事実、その後で、雅はメタモルフォーゼ種レイパーの行いに激怒し、エスカの言葉に背き、過去のメタモルフォーゼ種レイパーを倒して歴史を変えた。


 どうして、エスカを助ける時は、歴史を変えないということを選択したのか。


 あの時、エスカはもう一つ、こう言っていた。「ここで歴史を変えてしまえば、あなたがここに来る歴史が無くなってしまうかもしれない」と。


 それを恐れなかったか? ……答えは、否だ。


 あの時、部屋の外にいた魔王種レイパーのことはどう考えていただろうか。十二人がかりでやっと追い詰めることが出来た奴の存在に、恐怖は無かったか? ……答えは、否だ。


「あの時……私は、自分の都合や気持ちを考えてしまった。本当なら、助けるべき命がそこにあったのに……」

「それは、罪では無い。じゃが、じゃが……」


 シャロンは目に涙を溜め、歯を喰いしばって、涙を浮かべる雅の胸ぐらを掴み、そこに顔を埋める。


 そして、


「それでも儂は……母を、助けて欲しかった……っ!」


 くぐもった声で、そう言うのだった。


 嗚咽と、恨み言……ある意味、霊園にふさわしいシャロンの声が、静かに木霊していた。




 ***




「……すまぬ。もう落ち着いた。……もう、大丈夫じゃ」


 ひとしきり泣き……雅の胸から顔を離して、シャロンは平静さを保とうとした声でそう呟く。


「あの時、お主に言った言葉は嘘ではないつもりじゃ。母も儂も、お主を恨んではおらぬ。じゃから、本当はあんなこと、聞くつもりも言うつもりも更々無かった。じゃが……母の名を墓石に刻み、お参りをしていたら……込み上げてきて、どうしても、我慢出来なくなって……。あれは、ケジメじゃ。子供な自分への、な」

「いえ、いいんです。責められて当然だし……」

「儂が言ったこと……気にするなよ。あんなものは、ただの八つ当たり未満の何かじゃ。……さぁ、今度こそ、帰ろう」


 シャロンは、雅の手を引いて歩き出す。


 シャロンの手は、ほんの少し、冷たかった。

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