第394話『供給』
志愛とファムの喧嘩が収束した翌日。二月一日金曜日、午後二時四十三分。
ウェストナリア学院、アストラム研究室からは、何やらファムの大きな声が響いている――
「ペグ、お手!」
ペグは、そっぽを向いた!
「ぐぬぬ! ペグ、お座り!」
ペグは、言うことを聞かない!
「ええい、ペグ、伏せ!」
ペグは、欠伸をしている!
「あー! もう! こんにゃろー!」
「おいおイ、ペグは犬じゃないんだかラ……」
「いや、だってミヤビにはちゃんとお手とかするんだもん! なんか悔しいんだけど!」
真剣な顔でペグと睨めっこをするファムを、呆れ顔で見守る志愛。
カレンの飼い猫、ペグ。何とかゲージの中から引っ張りだしたは良いが、雅以外に不愛想なのは相変わらずのようだ。
「ファムだけじゃなク、私やノルンにも触らせてくれないんダ。随分と警戒心が強いんだナ。マァ、少しずつ交流していけバ、やがて心も開いてくれるだろウ」
「ぐぬぬ……ええい、絶対今日中に仲良くなってやる!」
心底悔しそうな顔で憤るファム。
そんな中、
「……ファムちゃん、思ったよりも元気そうですね。志愛ちゃんと揉めたって聞いた時は、正直生きた心地がしませんでしたけど……。ノルンちゃんに仲裁をお願いしないとと思っていましたが、必要無くなって良かったです」
「丸く収まって、私も安心しました。心なしか、ファムもシアさんに心を許したような気もしますし」
【溝が出来たらどうしようって思っていたけど、そんなこともなさそうだね。良かった良かった】
雅とノルン、そしてカレンが、二人には聞こえないように、こそこそとそんな会話をする。
因みに、ここにシャロンとラティアはいない。折角だからと、二人で学院内を散策していた。
研究室の主、ミカエルも不在だ。昨日のレイパー事件では、女子生徒が何人も殺された。ノルンとて足に深い傷を負って今も包帯を巻いている。歩くに一苦労だ。故に、教員が集められ、生徒の安全確保や、学園側のセキュリティの強化等の会議をしているのである。
なのだが、
「師匠、遅いですね。会議は午前中で終わるって言っていたんですけど……」
「会議の内容が内容ですし、長引くのも仕方無いんじゃないですか? でも、今日は四時から別の予定もありますし、それまでには戻ってきてもらわないと……」
【指輪の回収もまだだしね。ミヤビも、そろそろ本格的に不便になってきたでしょ?】
(ええ、常に持ち歩いている異世界の人達のこと、正直尊敬するくらいには)
ガルティカ遺跡の職員達と、ウェストナリア学院に行くはずだった雅とミカエル。それがレイパー出現により一旦中止となったため、今日の午後四時から再開する予定となっていた。
もうすぐ三時。少しヤキモキした気持ちで、雅とノルンが研究室の出入口を見つめた時――ドタドタとした足音が遠くから聞こえてくる。
そして、
「ごめんなさいっ! 遅くなっちゃった!」
慌ただしく戸が開き、ミカエルが入ってきた。
「あ、師匠! おかえりなさい!」
「ただいま! いや……中々話がまとまらなくて……はぁ」
デスクの椅子にドッカリと座り込み、天井を仰ぐミカエル。レイパー研究者のミカエルに質問や意見を求める声が集中し、相当にハードな会議だった。
これから別の用事もあるというのに、体力が持つだろうかと不安になっていると、ノルンがテキパキと淹れたお茶が差し出される。
「あぁ、ありがとうノルン。あなただけが癒しだわ」
「いえいえ、そんな。……ふふふ」
「……おーい、他に人もいるんだからなー」
ミカエルとノルンが二人だけの空気を創り出しかけたところで、横から不機嫌そうなファムの声が差し込まれる。
「あぁ、ごめんなさい! ええっと、シャロンさんがいないけど……まぁ時間も無いし、いっか。後で他の皆にもちゃんと説明するんだけど、ここにいる人には、先に話をしておくわ。実は、なんで最近になって亡霊レイパーが大量発生するようになったか、その理由が分かったの」
先程までの疲れ切った様子を押し殺し、ミカエルは真剣な顔になる。
「え? もう分かったの? 早くない?」
「ええ。正直、これが理由なんじゃないかと予想していたところもあって、それがドンピシャだったのよ」
目を丸くするファムに、ミカエルは少し得意気な顔になる。
「それデ、亡霊レイパー発生の理由とハ?」
「ミヤビちゃんが、お面を壊したからよ。ホオズキアワイちゃんに憑りついていた、あの四枚のお面をね」
「え、ええっ?」
思わず声を上げる雅。予想だにしていなかった理由に、雅の中にいるカレンも変な声を上げる。
「ミヤビちゃんが悪いことをしたとか、そういう理由ではないから勘違いしないでね。――この間、ミヤビちゃんからレイパーが輪廻転生する話を聞いてから色々考えたり調べたりしたんだけど、一つ疑問が出てきたの。『その輪廻転生のエネルギーを、どこから供給しているのか』ってことよ」
「んー? あの巨大なレイパーの持つ能力なんじゃないですか?」
「いえ、ミヤビさん。それが例えレイパーの持つ能力だとしても、それを使うなら、何か別のエネルギーが必要になります。魔法を使うのなら、魔力というエネルギーを消費するのと同じです。体を動かすのだって、そうでしょう?」
雅の言葉に、ノルンがそう言葉を返す。
「そう、ノルンの言う通りよ。だから、輪廻転生させるのなら、外部からエネルギーを供給する必要が、必ずあるはずなの。それで、人やレイパーからエネルギーを吸い取っていた存在がいたじゃない? そう……あの四枚のお面よ」
翁、般若、姥、火男……喜怒哀楽のお面。
「あのお面は、レイパーや、殺された女性に貼り付いて、感情を吸い取っていた。多分その一部は、自身が活動するためのエネルギーにしていたんでしょうけど……それにしては、結構な人数から感情を吸い取っていた気がしていたのよね」
さして大きくもないお面が活動するためのエネルギーにするにしては、集めていた量は多すぎる気がしていたミカエル。
詳しく調べてみたら、どうもラージ級ランド種レイパーに渡しているようだと分かったのだ。
「で、輪廻転生には、それを実行するだけのエネルギーともう一つ……輪廻転生させるための、死んだレイパーの魂も必要でしょう? あのお面は、それも一緒に運んでいたのよ。やられたわ。お面は小さくて、どこにでも隠れられる。私達が知らないところで、お面はひっそりと、レイパーという種が永久に存続できるように暗躍していたの」
「ん? じゃあ、ミヤビがお面を壊したわけだから……?」
「ええ。……今までエネルギーと魂を集める役割を持っていた存在が、いなくなった。だから、魂はそこに存在したままになって――それが、亡霊という形で表れてきた、というわけよ」
【お、おぉ……凄い。それなら、納得がいく!】
「さ、流石ミカエルさんです……!」
「そうです! 師匠は凄いんですよ!」
「頼りになりまス……!」
「おぉ……!」
感嘆の声を上げる雅達。
だが、そこでミカエルは「一方で」と付け加える。
「ミヤビちゃん達が最初に戦った亡霊レイパーは、コボルトのレイパー。ミヤビちゃんが初めて私達の世界に転移させられた時に戦った相手よね。それが、今やっと亡霊として現れた。……けど、ニイガタでユウちゃん達が戦ったヤマアラシのレイパーは、その場ですぐに亡霊となって現れたわ。このタイムラグがなんなのか……それは分からないわね」
「そもそも、エネルギーや魂の供給を、たった四枚のお面だけでこなせるのかという疑問もありますよね」
「まぁ、そこら辺はもう少し調べてみる必要はあるわね。……あぁ、そうだ。近い内に、またニイガタに行くわ。ユウカさんに会いに」
「優香さんに? ……あっ、もしかして!」
その理由に見当が付いた雅は、顔をパァっと明るくさせる。
「ええ。――ミヤビちゃんから頼まれていた、あいつの魔法の件だけど、攻略出来そうよ」
雅がキャピタリークで戦った、ネクロマンサー種レイパー。奴は転移の魔法で逃げることが出来てしまうため、どうにかならないかと、対策をミカエルに相談していた。
「調べてみたけど、転移魔法の構造はそんなに複雑じゃ無かった。魔法使いなら如何ようにも妨害出来るわね。ただ、魔法が使えないミヤビちゃん達がどうにかしようとするなら、それ相応の装置を作るとか、何かしらの工夫が必要なの。それで、ユウカさんと色々試してみようかなって」
「ありがとうございます。亡霊レイパーのことだけじゃなくて、転移魔法の対策まで、こんな短期間に……」
物腰柔らかで、少しドジなところがあるが、こういうところは流石レイパー研究者だと、雅は改めて舌を巻くのだった。
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