第393話『隠忍』
「ハァ……ハァ……!」
ナリアパンサー種レイパーが爆発四散し、その際に発生した黒煙を、志愛は肩で息をしながらジッと見つめる。
亡霊レイパーは……いつになっても出てこない。以前優達が人型種ヤマアラシ科レイパーを倒した時にはすぐに現れたと聞いていた志愛は、少し拍子抜けする。
(……マァ、考えてみれバ、亡霊が出るようになったのは最近。出る方が珍しイ……のカ? いヤ、もしかするト――)
そう思いながら、志愛は自分の姿を見下ろす。チマ・チョゴリを身に着けた、自分の格好を。
「この力で倒せバ、亡霊は出現しなイ……のカ?」
そう呟くと、志愛の体が淡い光に包まれ、元の服に戻る。
だが、ただ元に戻っただけのようだ。この力の源とも呼べるような『何か』は、志愛の中に、今はちゃんと残っている。すぐに再変身出来るわけでは無いようだが、もう使えない訳ではないようで、志愛はホッとした。
「……っト、そうダ! ファム、ノルン、大丈夫カッ? シャロンさんハッ?」
慌てて背後を振り向く志愛。そこには、ゆっくりと地上に舞い降り、片膝を付いて荒く呼吸をするファムと、杖をつきながらヨロヨロと立ち上がるノルンの姿があった。
「わ、私は何とか。だけど、ノルンは足を……」
「だ、大丈夫。痛むけど、慎重にすれば歩けるし……。それより、シャロンさんは――」
「儂ならここにおる。すまぬ……」
ボロボロになりながらも、ヨロヨロと志愛達の元に、シャロンがやって来た。体の痛みも引いてきて、やっと動けるようになったのだ。
「クォン、遠くからお主の戦いを見ておった。タバネやマーガロイスのように、姿を変えておったが、あれは一体……? お主こそ、体はなんともないのか?」
「私にモ、詳しいことハ……。取り敢えズ、私は平気でス。あの力についてハ、ミカエルさんや優香さんニ、少し調べてもらった方が良いかもしれませン」
「それが良いじゃろうな。……アプリカッツァの手当や、騒ぎの後始末は儂がやっておく。クォンとパトリオーラは、今日は休め」
「デ、ですガ、シャロンさんモ……」
「心配するでない。……それより、話すことがあるのじゃろう?」
言いながら、シャロンの目がファムの方へ向く。
「うん。あっちの木陰なら、人もそんなに来ないし、ゆっくり出来ると思う」
「むー……」
シャロンとノルンの提案に、気まずそうに口を尖らすファム。
が、しかし。
「……ん。シア、こっち」
「ア、あア……」
ファムは控えめに志愛の袖を引っ張り、その場から立ち去るのだった。
***
そして、図らずとも二人っきりになった志愛とファム。
ファムに連れて来られた場所は木々に囲まれ、まるで穴場のようになており、確かにノルンの言う通り、人が来なさそうだ。
何とか二人っきりで話したいと、そう思っていた志愛。今は絶好の機会なのだが……二人の間に、会話は無い。
何せ、この状況は、あまりにも想定外のこと。
会ったらまず謝罪というのは決めていたが、それも戦いの最中にしてしまった。ここから先、何をどう話してコミュニケーションを取れば良いのか、まだ志愛は何も考えていなかったのだ。
そして志愛が何を話せば良いか困っているのと同じように、ファムもどう話して良いか分からない。志愛の顔を見るのが少し気まずくて、そっぽを向いてしまう。
表には出さないように努めているが、互いに、内心相当に焦っていた。会話が出来ないのも、当たり前だろう。
そんな中、
「……ファム。さっきハ、援護ありがとウ。それト……ごめン」
口火を切ったのは、志愛の方。
「君を傷つけるつもりなんて無かっタ。でも後で雅に指摘されテ、冷静になっテ……自分のやり方が悪かったこト、分かっタ。反省していル」
「いや、ちょ、待ってシア!」
土下座しようと膝を付いた志愛に気が付き、ファムが大慌てでそれを止める。
土下座というものを良く知らないファムにも、これは止めるべきだと、なんとなく直感したのだ。
「そ、そこまでしなくて良いよ……。私も大人げないところがあったっていうか……まぁ、うん。子供過ぎたし……」
「……?」
後半の台詞はゴニョゴニョとしていて、志愛にはよく聞こえなかった。
色々と誤魔化すように、わざとらしくファムは大きく咳払いすると、意を決して口を開く。
「……シアの言う通りなんだ。ヨツバのこと、まだ引き摺っているのはさ。ただ、その……やっぱちょっと、そっとしておいて欲しいって思った。年上の義務感とかそういうので、あんまり踏み込まれたくなかったんだ」
「すまなイ。もう無理に聞くつもりは無イ。話したくなるまデ、私はずっと待ツ。……だけド、一人で抱え込まないで欲しいんダ」
「……それは、出来ない。この気持ちは、私が抱え込むしかないんだ。私一人で、自分の中だけで上手く折り合いを付けなきゃならないから」
それは駄目だ――そう言いかけた志愛の口が、固まる。
ファムが少し震えていることに、気が付いたから。
「……苦しい気持ちとか、言える訳ないじゃん。そう言うこと吐き出して良いのって、多分ラティアくらいじゃないの? ラティアが自分の辛い気持ちとか言わないなら……私は言わない」
「ファム……」
「大体さ、シアもデリカシーが無いんだよ。ヨツバの話なんて、なんでラティアの前で言うのさ。……ヨツバが死んで一番辛いの、絶対ラティアでしょ。ヨツバと仲良かったんだから」
「…………」
「正直さ……最近、授業受けていると、色々忘れられるんだ。ヨツバのこととか、嫌なこと色々……。戦っている時だって、そんな感じ。戦いに集中しないとだから、変なこと思い出さなくて、少し楽。現実から目を背けているだけだって、自分でも分かっている。分かっているんだけど……」
どうしても溢れてしまった気持ちを吐き捨てるように、ファムはそう呟く。
呟いた後で、それを後悔するように、ファムは唇を噛んだ。
「……私が思っているよリ、ファムはずっト『お姉さン』だったんだナ」
「な、なにさ」
控えめに睨みつけてくるファムに、志愛はゆっくりと首を横に振る。
ファムは、ずっとラティアに気を遣っていたのだろう。自分の気持ちを打ち明けたりでもすれば、それがきっかけでラティアに嫌なことを思い出させてしまうかもしれない、と。
ラティアを差し置いて、未だに四葉のことを引き摺っているという事実さえ、ファムは恥じているのだろう。
だから黙っていることにしたのだ。それが仮に、自分の心を傷つける行為だとしても、ラティアを傷つけないために、我慢することにした。
志愛も唇を噛み、頭を掻く。
「すまなイ。本当ニ……無神経だっタ」
そして、
(そうカ。それで雅ハ……)
何故雅が、自分達のトラブルの仲裁をラティアに任せようとしなかったのか、志愛はここで気が付く。
雅も、ファムと同じようにラティアに気を遣っていたのだろう。この件に関して、あまりラティアを関わらせたくなかったようだ。
キャピタリークからこっちに直行しなければいけなかった都合でラティアもナリアに連れてきていたが、もしかすると本心では、ラティアは連れてきたくなかったのかもしれないと、志愛は思う。
ファムのことばかりが心配で、ラティアの気持ちを考えることが、志愛の頭から抜けてしまっていた。
つくづく、自分のデリカシーの無さに呆れると同時に、嫌そうな顔一つしなかったラティアに感心してしまう。
(ラティアにモ、後でちゃんと謝らないト……。いヤ、それもしない方が良いカ? 難しいナ……)
「まぁ、その……なんというかさ、もうちょっと私一人で抱えさせてよ。まだ少し、頑張れそうだし……」
「分かっタ。だけド……どうしても辛かったラ、やっぱり私には話してくレ」
「はぁっ? いや、そっとしておいて欲しいって――」
「無理に聞き出すつもりは無イ。だけド……言ったろウ? 年上だからって理由デ、君達を守ろうトすることは辞められないっテ」
その言葉に、ファムは口を僅かにモゴつかせる。
「今みたいに二人きりデ……そこで聞いたことハ、他言しなイ。忘れるようにすル。それでどうダ?」
「そ、それは……」
色々と言いたいことはあるが……しかし、やがて「あぁ、もう!」と叫んだ。
「……しょうがないなー! 私が、ちょっと大人の対応してやるか! 分かったよ、本当にヤバかったら相談する! それでいいね!」
そう言い放って、プイっと志愛に背中を向けるファム。
そして――
「……まぁ、ありがと」
「ン? なんか言ったカ?」
「何でもない!」
呟かれた小さなお礼の言葉は、志愛の耳には届かない。
だが、それでいい。
ファムは一度大きく空を仰ぐと、「ノルン達が心配だから、そろそろ様子見にいこう!」と志愛を連れていくのだった。
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