第41話『同道』
ドラゴナ島より飛び立った天空島を追い、シェスタリアへと向かう影がある。
全長三メートルもの山吹色の竜だ。
その背中には、桃色の髪の少女が一人乗っていた。この世界に似つかわしくない、ブレザーとスカートを身に付け、ムスカリ型のヘアピンが、太陽の光を受けてキラキラと輝いている。
シャロンと雅であった。
つい先程まで大雨だったため、二人の体はびっしょりだったが、今はちょっとマシになっている。
二人は焦った様子で、天空島を必死に追いかけていた。
理由は一つ。
シェスタリアに、いくつもの巨大な魔法陣が出現しているからだ。
その魔法陣は、レイパーを召喚するための物である。雅は以前、ガルティカ遺跡で同じ物を見たから、どういうものなのか、誰が出現させたのかすぐに分かった。
「タバネ、今更じゃが、本当に良いのかの……? 儂が人前に姿を見せれば……」
「混乱はあるかもしれませんが、今はシャロンさんの力が必要です。……きっと大丈夫!」
不安そうなシャロンの声に、雅はそう返す。
竜には人間を見捨てた過去があり、シャロンはそれを気にしていた。
しかし雅は思う。
竜の話は偶に聞くものの、誰も竜を悪くは言わない。竜の中には人間を守ろうと最後まで奮戦した者もいるため、逃げ出した竜の事を気にする人はほとんどいなかったのではないか、と。
シャロンの不安を解消するのは簡単だ。シェスタリアには降りず、そのまま天空島を目指し、魔法陣を発生させた根源である魔王種レイパーを倒せば良い。
だが二人にその考えは無かった。何故ならば、割とシェスタリアから距離があるにも関わらず、天空島の移動と魔法陣発生により住民が騒いでいる様子が伝わっているからだ。
一部の建物からは、煙も上がっている。
大量のレイパーが出現し、女性を襲っている姿が容易に想像がついた。
このレイパーを放っておくことなど出来るはずも無い。
故に二人は、シェスタリアに一度着陸するつもりにしていた。
そんな中で、二人の視界に映るもの。
それは、大量のレイパーと、応戦するバスターの姿。
数は多いが、見た目はほぼ同一の個体だ。暗い緑色の肌に、小鬼のような歪んだ顔。手に持つのは鉄製の棍棒で、血で汚れている。分類は『ゴブリン種』といったところか。
シェスタリアのバスターが市民を守りながら必死に戦っているが、多勢に無勢といった様子。
体から血を流して倒れた市民やバスターの姿が映り、胸が締め付けられる二人。
「シャロンさん! あそこに降りましょう!」
「承知した!」
雅が指差した場所は、昨日雅が立ち寄った、海が一望出来る広場。
そこならシャロンが着陸できるだけの広さがある。
しかし同時に、そこには大量のレイパーもいた。
バスターの数は少ない。防戦一方がやっとという様子。他の場所で市民を避難させていることもあり、人手不足なのだ。
バスターもレイパーも、近づいてくる竜の存在に気が付く。レイパーは新たに出現した敵の存在にニヤリと顔を歪め、バスターは驚きの声を上げる。
シャロンが空中で顎門を開けてエネルギーを集中させ、雅は百花繚乱を出してライフルモードにすると、二人は雷のブレスと桃色のエネルギー弾を一斉に放ち、一気に高度を下げていく。
大抵のレイパーは今の攻撃を躱して散り散りになるが、一部のレイパーは躱しきれずに攻撃を受けて爆発四散する。
シャロンが広場に着陸した刹那、雅が剣銃両用アーツ『百花繚乱』をブレードモードにしながら彼女の背中から飛び降りた。
雅もシャロンも気合を入れるように叫ぶと、それぞれレイパーへと攻撃を仕掛けるべく突撃する。
突然現れた伝説の生き物に唖然とするバスターだったが、シャロンがレイパーを攻撃するのを見て、味方だと判断してくれたらしい。
ゴブリン種レイパーは数も多く、個々の力を見ても決して弱い相手ではない。一瞬たりとも気を抜けば殺されてしまうだろう。
それでも、一体一体確実に倒していき、三十分もすれば生き残ったゴブリン種レイパーは撤退していく。
「タバネさん!」
一先ず窮地を脱し、別の場所に向かうバスター達。ただ一人だけ、雅に近寄ってきたバスターがいた。
彼女とは実は、昨日バスター署に訪れた際に雅と話をした女性である。先程までいたバスターを取りまとめる、リーダーだ。
「生きているという報告は受けていたが……実際に目で見て安心した! 良かった!」
「お騒がせしたみたいですみませんっ! この通り、無事です!」
「いや、そんなことはいい! ところでこの生き物はまさか……」
バスターの目が、シャロンに向けられる。
「シャロンさんです! 大丈夫! 味方ですから!」
「シャロン・ガルディアルじゃ」
「りゅ、竜が……。喋れるのか……」
そして、雅とシャロンが事情を掻い摘んで説明する。
魔王種レイパーに追い詰められた雅が、シャロンに助けられた事。
出現したミドル級ワイバーン種レイパーは撃破した事。
先発隊が全員レイパーや島の生き物に殺されてしまったことだけは伏せておいた。今話をすべきことではないと思ったからだ。
「逃がしたレイパーを追って天空島まで行こうとしたら、シェスタリアに魔法陣が一杯出現したのが見えて……それで今に至るという訳です」
「成程……。いや、本当に助かった! 礼を言う!」
バスターは雅とシャロンに向けて頭を下げる。
「こっちは近隣のバスターに応援要請をしてある。間もなく到着するはずだ。我々だけで何とかしてみせる。タバネさん達は――」
「私達は先に天空島に行ってます! 逃がしたレイパーを放っては置けないし、あいつを倒せば、あの魔法陣を出されることも無くなりますから!」
「すまない! 任せる!」
そう言うと、バスターは他の場所へと走っていく。
そして彼女の姿が見えなくなると、雅は口を開いた。
「シャロンさん、ちょっと動揺してますか?」
「う、うむ……。存外、あっさりと味方として受け入れられたのでな……。最初こそ驚いた様子じゃったが……」
「まあ、そんなものですよ。ね? 大丈夫だったでしょう?」
「むぅ……」
拍子抜けしてしまっていたシャロンの口から、何とも言えない声が漏れる。
そんな時だ。
「ミヤビさん!」
そう声を掛けてくる者がいた。
聞いた事がある声である。そちらの方に顔を向けた雅は――
「ライナさん!」
銀髪のフォローアイに、紫の瞳。赤いワンピース姿の彼女は、なんとウェストナリア学院で別れたライナ・システィア。
「どうしてここにっ? セントラベルグに向かったはずじゃ……っ?」
「本当はそのつもりだったんですけど……こっちにも図書館があることを思い出して。こっちにはまだ来たことが無かったので、新しい情報が見つかるかなって。それより……」
ライナの視線がシャロンに向けられる。
彼女も竜の存在に驚いた様子だ。
「シャロン・ガルディアじゃ。敵では無いので安心せい」
「は、はぁ……」
「ライナさん、ここは危ないです! 早く避難を……」
ポカンと口を開けたライナに、雅はそう言った。
しかし、彼女は首を横に振る。そして視線を、空中に佇む天空島に向ける。
「ミヤビさん、きっとあそこに向かうんですよね? なら……私も行きます!」
「なんじゃとっ? お主……戦えるのかっ? 危険な場所じゃぞ!」
「……どうしてですか?」
驚きの声をあげるシャロンとは対照的に、雅は冷静にそう聞いた。
「あの天空島はガルティカ遺跡から現れた物です。私、これでも考古学者の卵だから……行けば何か役に立てる事があるかも。ずっと気になっていたんです。凄く手ごわいレイパーが、何であんなところにいたんだろうって……。戦う事は出来ないけど、足手まといにはならない、と思います」
「いや、お主……」
「分かりました」
「タバネっ?」
ライナの申し出を受け入れた雅に、シャロンは抗議するような声を上げる。
だが、雅はそんなシャロンに意味深に頷いた。
「ライナさんは私が守ります! 今は議論している時間はありません……!」
「ミヤビさん……ありがとうございます! ――きゃっ!」
雅はライナをお姫様抱っこして、シャロンの背中に乗る。
「ミ、ミヤビさんっ!」
「お……お主……」
「さぁ! 行きますよ!」
そうして、三人は天空島に向かって飛び立つのだった。
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