第392話『年上』
「ノルン危ないっ!」
辺りに木霊する、ファムの焦り声。
ノルンの最大魔法を受けてもなお生きていたナリアパンサー種レイパー。
反撃に跳びかかっていたレイパーからノルンを守るように、ファムが前に出る。
翼型アーツ『シェル・リヴァーティス』を前面に折り曲げるのと、レイパーの爪の一撃が命中するのは、ほぼ同時。
轟音と悲鳴と共に吹っ飛ばされる二人。防御用アーツ『命の護り手』を発動させる余裕など、まるで無かった。
「う、うぅ……」
「ノルン……っ!」
「ご、ごめん……」
顔を歪め、謝るノルン。彼女の体を見たファムが、顔を強張らせる。
ノルンの足が、かなり腫れていた。今の攻撃で地面に体を打ち付けた際、痛めたのだろう。
幸い骨が折れているわけでは無さそうだが、これではもう、ノルンは立てない。
グルルと唸るレイパーの声が、ファムの背筋を凍らせる。
(ヤバい……ヤバいヤバいよ! どうすればっ?)
ファムの頭の中は、もう真っ白だ。
ノルンを抱えて逃げれば良いのか、単独でレイパーと戦えば良いのか、それとも他の選択肢があるのか……冷静に判断することは、もうファムには出来なくなっていた。
最早、今の二人は、レイパーにとってはただの獲物。
ナリアパンサー種レイパーは嗤うように口を歪め、そして大きく口を開けて二人に跳びかかる。
シャロンも倒れて動けず、絶体絶命の状況。
ファムもノルンも、恐怖に目を瞑る。
――が、その刹那。
ガン、という鈍い音が響く。
二人がゆっくりと目を開けた、そこには――
「……マ、間に合っタ……!」
ファム達を守るように前に立つ、少女の姿があった。
ツーサイドアップをした、ツリ目の少女。
その手に、銀の棍を握りしめた彼女は――
「シ、シア……!」
「シアさんっ!」
権志愛。彼女が、ここにいた。棍型アーツ『跳烙印・躍櫛』をレイパーの口に噛ませ、敵のパワーに圧されながらも、それでも負けじと踏ん張っていた。
ノルンの魔法が炸裂した爆発音を聞き、すぐにここまでやって来た志愛。既にファム達は大ピンチの状況に陥っており、ただひたすらに、我武者羅に、彼女達とレイパーとの間に自分の身を捻じ込んだのである。
猿轡のように噛ませた棍だが、レイパーが顎に力を入れれば、途端にバキリと音を立てて砕けてしまう。
しかし、次の志愛の行動は早かった。
敵のパワーが強大だから、こうなることは予想していた志愛は、服のベルトに捻じ込んでいたペンを素早く手に取ると、それを再び跳烙印・躍櫛へと変える。
他のアーツとは違い、棒状の物なら何でも変化させられるから、アーツが砕けるというアクシデントにも対応出来るのが、跳烙印・躍櫛の強みだ。
小さなペンが、急に長い棍へと変わり、その先端が敵の腹部に直撃。そして再び力比べが始まる。
そんな中、
「こんな状況だけド……ファムにハ、二つ謝らせて欲しイ……!」
全身に力を込めながら、絞り出すように、志愛は話し出す。
戦闘の最中……関係の無い話をするのは、命とりとなる危険な行為。
だがそれでも、志愛は話さずにはいられなかった。
どうしても、言わなければならないことがあるから。
「一ツ……私の無神経ナ発言、スまなかっタ……! ファムの気持ちモ考えズ、君を傷つけてしまったこと、どうか許して欲しい……!」
「ちょ、ちょっとシア! 今はそんなこと――うっ!」
志愛を助けようと動きかけたファムだが、途端に顔を顰める。全身に、鈍い激痛が走ったのだ。先のレイパーの攻撃で、ファムの体も、思うように動けないレベルの大ダメージを負っていた。
このままでは、志愛を助けられない。どうすれば……とファムが焦り出すと、
「デ、もう一個だけド……!」
「シ、シア! 危ないよ!」
「……私の意地と信条と我儘だけハ、どうにも曲げられなくテ……!」
力を入れているからか、それとも別の理由か……志愛の言葉が、微かに震える。
それでも、
「歳なンて大して変わらなイってファムは言うけれド……!」
志愛の声、その芯だけは、ブレない。
そこには確かな、志愛の信念があるから。
「私はナ――年上だかラって理由デッ! ノルンやラティア……そしてファム! 君達を守ろうとすることヲッ! やめられなイッ!」
そう叫ぶと同時に、レイパーの体が徐々に浮いていく。
棍を脇で抱え、額に汗を浮かべ、相当な体重があるはずの敵を、気合と根性で持ち上げる志愛。
「歳が下の者……君達の未来を守るこト――」
その時だ。
「それガ、君達よりモ長く生きてキた者の務めだかラ! そこハ、譲れなイッ!」
志愛の体が、紫色に発光し始める。
眩い光に、志愛以外の全員が、目を瞑りかける。
そして――何とかファムが目を開けた時。
「う、そ……」
彼女は、自分の目を疑った。
志愛の身に纏う服が、変わっていたから。
雅が音符の力を、レーゼが虹の力を使った、その時のように。
紫色の上着、巻きスカート。
韓国の民族衣装、チマ・チョゴリを思わせる服装。
それはまさしく、変身。
かつてカームファリアで、ミドル級ワルトレオン種レイパーと戦った時の、あの姿に、志愛は変身していたのだ。
「うアァァァァァァアッ!」
気迫の籠った声と共に、信じられないパワーが全身に溢れ、志愛は持ち上げていたレイパーを投げ飛ばす。
そして間髪入れず、勢いよく地面を蹴って、レイパーへと接近する志愛。
その瞬発力は――志愛本人でさえ、おどろく程の速度だ。
「ハァァァアッ!」
声を張り上げ、起き上がりかけていたレイパーへ、棍で乱打していく。
頭部を殴りつけ、足を払い、胴体にキツイ一発をお見舞いする。
鋼のように強靭かつ、しなやかな筋肉を纏うレイパーに、一撃の一撃のダメージは大きくは無い。
だが、効く。
志愛の我武者羅で、しかし相手の肉体の弱いところを的確に攻める乱打は、そのダメージを毒のように体に蓄積させていくのだ。
それだけ、志愛がこの姿になったことで、パワーアップしていることの表れだった。
加えて、先のシャロン達との戦いで負ったダメージも、完全に回復しきってはいない状態。それらの要素が、レイパーの動きを鈍らせる。
敵に反撃の隙は与えないと言わんばかりに、チマをはためかせながら苛烈に攻め立てる志愛。
だが、レイパーもやられっぱなしではない。
嵐のような乱打にも、攻撃と攻撃の合間に一瞬の間がある。レイパーは獲物を狙う時のように、その間のタイミングを計っていた。
そして――
「――ッ!」
攻撃に耐え続けたレイパーの、爪による反撃が志愛を襲う。渾身の一撃。
今までの志愛なら、これを受け流せずに吹っ飛ばされていただろう。戦況が逆転させられてしまうレベルの一撃だ。
だが――
「っ!」
「ッ?」
それを棍で受け止めた志愛のパワーは、もうレイパーに負けない。
鈍い音と共に重い衝撃が棍越しに志愛に伝わるが、足腰の踏ん張りはきく。吹っ飛ばされることは無い。
額に汗を浮かべながらも……それでも、跳烙印・躍櫛と、レイパーの爪が、まるで鍔迫り合いのように拮抗していた。
そして、
「すぅぅぅぅ……ハァッ!」
棍を握る手、それを支える全身の筋肉を振り絞り、志愛がレイパーを勢いよく押しのける。
遂に、志愛の力がレイパーに勝った瞬間だった。
パリィされ、よろめくレイパー。
まさか、先程は圧倒したはずの少女に力負けするとは思っていなかった。今の攻防は、このレイパーのプライドを、大いに揺さぶられた。
故に、焦る。
志愛に押し飛ばされたことで崩れた体勢が、充分整わない内に、志愛に跳びかかる。牙を剥き、チマ・チョゴリを纏ったその体を、ズタズタに噛み千切るために。
だが――
「ッ?」
レイパーの視界から、志愛の姿が一瞬にして消える。
志愛が、レイパーの攻撃を跳んで避けた……のだが、それを理解するには、レイパーの頭には血が上り過ぎていた。
刹那、レイパーの背中に、体重が圧し掛かる。
跳躍した志愛が、レイパーの背中を足場にし、さらに跳びあがる。
その先には――大きな木。
空中で体勢を変え、木の幹に足を着ける志愛。
「ハァァァァアッ!」
しなる幹の反動と、自身の脚力をフルに使い、声を張り上げてレイパーの方へと一気に迫る。足に加わった力を、腕力に変換するスキル、『脚腕変換』を発動させ、志愛は勝負に出る。
レイパーが志愛の居場所に気が付いたのは、この時。
咄嗟にその場から跳び退き、志愛の攻撃を躱そうとした、その刹那。
「――ッ?」
レイパーの体に、羽根が突き刺さり、小さく爆ぜる。
レイパーは、何が自分を襲ったのか、理解出来なかった。
……空から、ファムが、悲鳴を上げる体に鞭を打ち、肩で息をしながら、シェル・リヴァーティスの羽根で攻撃したことには。
羽根の爆発は小さい。この程度ならダメージは無い……が、レイパーの行動を僅かに遅らせるには充分だ。
この局面で、隙を見せたのは致命的。
志愛の、スキルによるパワーアップを乗せた渾身の突きが、レイパーの額に直撃。レイパーは、大きく吹っ飛ばされる。
レイパーが弓なりに飛んでいく中、棍で突かれた額を中心に現れるは、紫色の、巨大な虎の刻印。
普段の志愛の突きから出る刻印の、ざっと百倍。レイパーの体を完全に覆う程の大きさだ。浮かび上がった虎の刻印は、今の一撃の威力を表すように、しっかり、くっきり、はっきりと光を強める。
そして――
くぐもった唸り声と共に、ナリアパンサー種レイパーは爆発四散するのだった。
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